shin-1さんの日記

○若者は何を目指すのか

 昨日えひめ地域づくり研究会議の事務局長を務める宇和島市津島町の森田さんから電話が入り、「会わせたい若い人が来ているので明日時間を取ってほしい」とのことでした。私は今日の予定を頭に浮かべながら、「朝早くて、短い時間だったら可能」と返答し、彼もそのことを了承して「朝7時、時間は1時間」で約束しました。聞けば車で一夜を過ごすらしく、安上がりの旅とはいいながら泊めてやりたいという自責の念にかられましたが、朝7時に身支度を整え待っていました。約束の時間になったころ教えていた私の携帯電話が鳴り、少し遅れるとのこと、「時間を守れないような人間はつまらん」と常々言っているものの、不案内な場所なのでやむを得ないかと思いながら待っていると、再び携帯電話が鳴り、役場前、宮田歯科医院前、レディー美容室前と目の前の目印を足掛かりに彼はやってきました。

 友廣さんという一見華奢な若者を私設公民館煙会所に案内し、囲炉裏を囲んで面対し色々な話をさせてもらいました。時間が遅れたため話は一時間弱となりましたが、¥東京からヒッチハイクなどで全国の限界集落を訪ねる日本一周の旅をしている友廣さん」と毎日新聞県民福井の朝刊で紹介されている新聞の切り抜きコピーを名刺代わりに渡されました。

若松進一ブログ

 妻の入れてくれた温かいお茶を飲みながら聞かれるままに約一時間、地域づくりについてお話をしました。そういえば最近、私の元へ毎日のように若者たちが訪ねて来るのです。歳の差有に40歳というのにです。ある若者はわが家を訪ね、ある若者は人間牧場を訪ねるのです。2~3日前に大阪からやってきた和食調理師上田さんや食育ステーションまきのの卯生さんも若者でした。彼や彼女らと話をすると希望に燃えていたかつての私のように、夢や理想をどんどん喋ります。夢や希望がしぼみつつある私などは、その言葉が羨ましい気もしますが、確かに若者を取り巻く現代社会は地滑り現象を起こしているように思いました。学歴がものをいう時代が終わっていること、夢や希望を持って仕事がしたいこと、地域や人様のお役に立ちたいこと等など、現実離れしていて実現は不可能に近いものの、社会のひずみに果敢に挑戦し何かをやりたいというエネルギーは強く感じるのです。

 「若いなあ、若さっていいなあ」と思いつつ、意見を求められるままに話をしてやりました。名刺も持たない彼や彼女の飾らない態度に随分癒されながら、逆に若いエネルギーを今朝も存分に味わうことができました。

 

 今朝はあいにく雨でした。あいにくというより恵みの雨です。九州・四国が昨日、例年より遅れて梅雨入りしました。水を差すどころか水を得た魚のように今朝は友廣さんにパワーをいただき、再会と人間牧場への再来を約束して見送りましたが、彼が帰って外出の準備をしながらメールを見ると、今朝のメールで大学生と高校生からそれぞれメールが入っていました。「今週の予定で会える日があったら時間を合わせるので会って欲しい」というお願いメールでした。縁もゆかりもない若者が私の門を何故叩くのか、「叩けよ、さらば開かれん」とはけだし名言ですが、私の門は果たして何を意味する門なのでしょう。そこが問題なのです。

 35年間勤めた役場をリタイアしてから既に4年余りが過ぎました。大学の講義もそうですが、本来なら遠ざかるはずの若者との距離が凄く縮まって、私の周りで若者がうろちょろしています。それは迷える子羊かも知れないと思うと無性に愛おしく、それできて今の社会が迷える子羊に何の手だてもしない姿に多少の憤りを感じつつ、私は若者たちのメールに返信を打ち出かけました。


  「この歳に なっても会おうと 人が来る 幸せなのか 訳も分からず」

  「今の世は 若者たちが 叫べども われ関せずと 無視して終わり」

  「何故なのか 妻が不思議に 思うほど 若者多く 俺の周りに」

  「若者と 囲炉裏囲んで 座布団に 座りとにかく 意見聞きつつ」 

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shin-1さんの日記

○妻の体を揉んでやりました

 昨晩、少し疲れたという妻の体の指圧をしてやりました

 指圧といっても何の知識もなく、ただ揉んだり手で力を入れたりするだけのサービスです

 このところ遠のいているぎっくり腰の時、2~3日続けて通った整体院で整体師が

 うつ伏せになった私の体を、まるで実験台のような細長い台の上に乗せ

 右手の肩口から背中、腰、足、腰、背中、左手の肩口と順番に巡り

 痛い腰を我慢して仰向けにさせられて再び今度は左手の肩口から

 同じような順番を辿り揉みほぐして行くのです

 一定のリズムで最初は優しくしかしだんだんと強くなる整体師の力を

 体中に感じながらツボに入ると、時には気持ちよく

 時には苦痛で体全身に衝撃が走り、苦痛で冷や汗をかきながらも

 整体師の軽快な世間話にうなずきつつ「どうですか」の問いかけに

 「気持ちいいです」とか、「少し痛いです」と言葉で反応し

 それでも手を緩めない時は体を硬直させて反応し

 約20分の揉みほぐしを経て、最後はボキボキと荒治療で終わるのです

 私はまるで整体師になったような錯覚で

 整体師が私にやったと同じような真似ごとで、妻の体を手と肘で

 うつ伏せにさせた右肩口から背中、腰、足と揉みほぐして行きました

 妻はその都度、「気持ちいい」とか「痛い」とか文句を言いながら反応し

 お互い目線はテレビのドラマを見ながら進むのです

 15分余りを長く感じる私と、短く感じる妻との会話のやり取りが続き

 「はい千円」と冗談を言いながら終わるのです

 「ああ気持ち良かった」と首を回して感謝する妻に

 「ああ疲れた」と恩着せがましい言葉をかけて指圧は無事終わりました

 昔なら妻も私も体を触れば「こそばゆい」かったり「ムラムラ」したでしょうが

 お互いその敏感さも失せて、今は肩こりや体のだるさからの解放のみで

 加齢とともにお互いがいたわり合う老夫婦へと変身しているのです

 そういえば妻には苦労をかけたと、手や肘から伝わる妻の体の

 硬さを感じながら懺悔するような気持になるのです

 結婚して40年、思えば縁もゆかりもないこの女性と

 ほんとに長い間苦労を共にしてきました

 時は喧嘩をしたり、時には同調したりしながらとにかく二人三脚で

 歩いたり立ち止まったり、時には走っありしながらここまで

 どうにかたどり着いたのです

 ふと気がつくと4人の子どもは古巣を去って

 いつの間にか私たち夫婦と歳老いた親父の三人だけとなりました

 もう若くはないし少し楽をしようとお互い言いつつも

 それでも根っからの貧乏性は直らず

 やれ節約第一、やれ健康第一、やれ勿体ないと言葉を交わして生きてます

 ああ人生とは一体何ぞやと、先に逝った友の死の度に

 自分たちの暮らしを反省して生きているのです

 これから先も、とにかく健康第一と確認しながら

 更けゆく夜を過ごしている月並みな夫婦です


  「疲れたと 言う妻寝かせ 整体師 真似しつ体 揉みほぐしやる」

  「手と肘を 通し伝わる 妻苦労 感謝しつつも 目はテレビ向き」

  「昔なら 変な気起こす ことあった 今は鈍感 何の変化も」

  「気がつけば 腰痛体操 お陰かな ぎっくり腰に しばらくならず」 

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shin-1さんの日記

○有害鳥獣の害から守る仕掛け

 わが家には家のすぐ横に約一反の家庭菜園があります。普通は静かな糧菜園ですが、種をまく時期と収穫の時期は注意をしなければ折角播いた種は芽が出ず、また折角実った収穫物も有害鳥獣の餌になってしまうのです。これまでにも有害鳥獣に目をつけられたことが度々あり、その都度悲しい思いをしたのです。一番の大物はイノシシです。主にサツマイモを狙ってやってきます。そのためまるで人間が網で囲われているのではないかと見まがう程に家庭菜園の周りは網を張り巡らせているのです。お陰さまでイノシシはこの4~5年来なくなりましたが、次に多いのはハクビシンです。ハクビシンには主にトウモロコシを狙われます。今年は親父と相談してトウモロコシを沢山植えました。既にスーパーなどでは早生系のスイートコーンなどが出回っていますが、わが家ではそんなに早く種を播いた訳でもないので、早くても7月の収穫だと思うのです。トウモロコシは虫に弱く根や新芽に虫がつくと枯れてしまうので一回消毒をしましたが、もう一回消毒をして完璧にしたいと親父は意気込んでいますが、今のところ順調に育っています。これから収穫の時期が近付くとハクビシンが出没するので親父は網を張って守ろうと準備を進めているのです。

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(今のところ順調に育っているトウモロコシ)
 野ハトの被害も多いのです。特に豆類は種をまくと必ず野ハトがやってきて食べてしまうのです。今年も金時豆やトウロク豆を植えた時、頭からすっぽり被せるように網をかけましたが、敵もさるもので、網の隙間から入って食べられました。野ハトが一匹網にかかりましたが親父は、可哀そうだからと逃がしてやったそうです。動物愛護の観点からいうと親父の行動は正しいのですが、はてさて人間と動物の共存は中々難しいようです。

 数日前から待望のブルーベリーの実が色づき始めました。鳥目を患っているかも知れない鳥たちにとって、目にいいブルーベリーの実は格好の餌のようで、既に虎視眈々狙われて何粒かは被害に遭いました。

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(早くもブルーベリーが色づき始めました)

 そこで昨日親父の力を借りてブルベーリーの周囲に鳥除けのための脅しを付けました。金武徐の金物屋さんに出かけて少し大きめの鉄筋を2本買ってきました。その鉄筋を1.33mにグラインダーで切断し、ブルーベリーの周囲に鉄槌で打ち込みました。本当は網を張ればいいのでしょうが、網を張ると大がかりになるので、釣竿用のテグスを張りました。鳥たちには目に見える脅しよりも、目に見えにくいテグスは意外と効果があって、先日播いたトウロク豆でもその効果は実証済みなのです。親父はテグスに加えて金色と赤色が風になびく脅しのビニールテープを張ってくれました。さあ昨年のようにとりに食べられずに済むかどうか、楽しみと不安が交錯しています。

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 親父はこれ以外にも、庭に自分が作った池の上にも、水鳥から金魚を守るための網を被せています。今年の春先大きな水鳥がこの池の金魚を狙って飛来し、半分近くが被害に遭いました。網を張ってからは水鳥も諦めたのか来なくなりましたが、今は腕白盛りの孫たちが池に落ちるのを防ぐ役目に変わったようです。何はともあれこうして長閑なわが家でも自然界との様々なバトルが繰り広げられているのです。

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(水鳥から守るために庭の池には網が張られています)

  「近づくな 看板出すも 字の読めぬ 鳥や獣 何の効果も」

  「万全と 思っていても 向こうさん 生きるためとて 一枚上を」

  「防鳥の ために鉄筋 二千円 無駄な出費で ベリーを守る」

  「人間と 鳥や獣 共存の 道ゆえここに 来ないようにと」

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shin-1さんの日記

○勿体ない朝の2時間半

 アメーバブログを使ってブログを書いている私にとって、今朝は憂うつな朝でした。というのもブログのトップ画面マイページ上段に、「メンテナンスのお知らせ」という予告記事が載っているのを、うっかり見落としていたからです。一ヵ月に一回程度の頻度でやってくるメンテナンスは、多分統計的に一番利用の頻度の低い早朝を狙っているのでしょうが、朝に弱い現代人と違って私は朝方なので、早朝4時には毎朝起床する古いタイプの人間なのです。今朝もメンテナンスを知らずに書斎のパソコンの電源を入れました。そしてメールを見たり確認した後、ブログを書くべく画面を呼び出しましたが、「ただ今メンテナンス、メンテナンス時間は午前2時から午後8時ころまで」と書かれているのです。せっかく早起きしたのに眠るに眠れず、結局は受信や発信のメールを整理しながら必要のないメールや処理したメールをゴミ箱に捨てて行きました。中には捨てきれないメールもあって、迷いながら時の過ぎるのを待ちました。それでも時間がたっぷりあるので、一昨日送れれてきていた公友会の機関誌に乗せる原稿を書き始めました。ブログメンテナンスのイライラで少し落ち着かない心での原稿書きは中々筆が進まないものです。それでも①時間余りで3500字程度の記事を一本書き終え、県公連にメール添付して送付しました。送付しながら写真のことを思い出し、私の似顔絵も添付してしまいました。

 普通の朝であれば午前4時から6時半までの2時間半は私のブログに1~2本のブログの記事が書き上がるのですが、昼食を食べ終わった7時半になってやっとメンテナンスが終了しブログ画面が現れました。私にとって今朝の2時間半は、メールの大掃除や原稿を一本書けてそれなりに充実はしていましたが、未だに「2時間半が勿体なかった」という思いなのです。

 私の生活のリズムは前の晩に大体組み立てられます。寝る前に明くる日の予定表を見て、朝4時に起床して夜12時に眠るスケジュールが頭の中へインプットされるのです。このリズムが狂うと一日中モヤモヤするのです。今日は2組の来客が午前と午後にやってくる予定で以外はとりたてて仕事がなかったし、県公連へ原稿を書いて送る予定も既に終わって、損失は最小限度に抑えられたため、すっかり正常な状態に戻りましたが、今日もいい一日でありたいと願っています。


 今朝は6月末に埼玉県北本からやってくる予定の親友工藤日出夫さんのブログを読みました。工藤さんは北海道出身で、社会教育関係の出版社に勤めたり自らも出版会社を起こして活動していましたが、推されてきた元市議会の議員になり現在2期目です。無人島に北本の子どもを連れて来て一緒に活動した仲間なのですが、彼は私が目指している数少ない「書けて喋れて実践ができる人」なのです。最近ブログを使って現代風な議員活動をしていますが、中々鋭いタッチの記事を書いています。

 船井幸雄の言葉に「人生八変化」というのがありますが、今朝読んだブログにそれが紹介されていました。

 自分が変われば 相手が変わる

 相手が変われば 心が変わる

 心が変われば 言葉が変わる

 言葉が変われば 態度が変わる

 態度が変われば 習慣が変わる

 習慣が変われば 運が変わる

 運が変われば 人生が変わる

 味わい深い言葉として自分の読んだ船井幸雄の本を書棚から取り出し今一度読んでみました。


  「メンテする 注意の文字を 見忘れて 朝からドタバタ 注意散漫」

  「二時間半 モヤモヤしつつ 過ごしたが お陰で少し 整理ができて」

  「友人の ブログも同じ メンテ中 気に入り登録 ブログの梯子」

  「何処となく 消化不良の 朝迎え 心の弱さ 垣間見たよう」

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shin-1さんの日記

○一斉清掃と草刈り作業ですっきり夏が迎えられそうです

 昨日は町内一斉清掃の日でした。都会では考えられないように田舎の朝は早く、6時になると時計が動き出すのです。わが家は海に近いため夏の朝などは4時ころから夜の漁を終えて帰港する漁船のエンジン音が鈍く聞こえてきますし、涼しい間に農作業をしようとする人たちが6時には畑へ向かうのです。

 毎朝体内時計によって早起きする私は毎朝4時起床で一日が始まりますから、朝の人々の暮らしは手に取るように分かるのです。昨日は朝6時に作業ができるようにしてして戸外へ出ました。組内の年配者はもう既に作業を開始していて、側溝などの蓋を開けて掃除をしていました。私も朝の挨拶もそこそこに持参した鍬で溝をさらえて清掃作業に加わりました。

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(一番長くて高い菜園横の畦畔)
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(家の裏の畦畔もこんなにすっきりしました)

 2年前までは灘町区の区長をしていて一斉清掃の指示を出したり、借りたトラックを走らせて町内のゴミや汚泥を集めて処理する役目でしたが、それもなくなって今は自分の組内のエリアを掃除するのみになったので早々に引き揚げ、組長さんからいただいた消毒液を数倍に薄めて側溝に流し消毒を終えました。

 汚れついでにと、草刈り機を取り出し家の裏の畦畔の草刈りを始めました。一番草は既に刈っていて今年2回目の草刈りなので、雨不足もあって少し早い感じもしましたが、一気に100メートル以上の畦畔の草を刈りました。古い人間牧場用の草刈り機ですが昨日は調子も良く一気に作業がはかどって、まるで散髪をしたようにすっかりきれいになりました。その後刈った草を熊手で集めてキャリーに入れ、昨日播いたトウロク豆とサツマイモの間の畝間に敷き積めました。こうすることで草が生えるのを抑えるだけでなく、土地の乾燥を防ぐのです。

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(トウロク豆を播いた両横の溝に青草を入れました)

 この作業は2時間ほどで終わりましたが、強い日差しと作業で汗をかいたため少し疲れました。昔だったら汗をかいた分水分補給と称して缶ビールを飲んで昼寝を楽しんでいましたが、酒を止めたこともあってシャワーを浴びテレビを見ながら休むはずなのに、孫の相手が忙しく休むどころか畑へ蝶を取りに付き合わされました。

 庭の隅で栽培しているブルーベリーの実が熟し始めました。孫たちはブルーベリーの甘酸っぱさが大好きなようで、楽しみにしていた初取りもいつの間にか孫と妻が楽しんだようで、鳥が食べたのではないかと思ったほどでした。

 これまで忙しさにかまけて家の周りの掃除や草引きなどそんなに手伝っていませんでしたが、日ごろの不義理を詫びるように最近は少しずつ家の周りの美化に心掛けています。お陰で妻は大喜びで、私の株も少しずつ上がっているようです。

  「その歳に なったか俺も 草を引く 家の周りに 目と気配りつ」

  「久し振り 隣近所で 大掃除 夏を迎える 準備着々」

  「刈りし草 匂いぷんぷん いいものだ 畑の溝に 優しく入れて」

  「散髪を したよに畦畔 刈りそろえ 気分爽快 気持ちよさそに」 

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○孫万歳

 ただ今のわが家にとって、「とにかくうるさくてやんちゃで手間がかかる動物は?」と聞かれたら、一週間に一度のペースで週末にやって来る、「孫」と即答できるほどの孫たちが、まるで嵐が去ったように帰って行きました。わが家に来ていた24時間は、寝ても起きてもまるで台風のように私たち夫婦を巻き込みながら動き回るのです。私は「うるさいから少し静かにしろ」と平気でいいますが、妻の世話たるや尋常ではないのです。

 まあこの顔を見てください。いかにもうるさい、いかにも悪ガキといった感じでしょうが。

 
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(2歳の孫尚樹君はまだ単語しか話せませんが、自分のことを尚といい、私のことはじいちゃんといえるようになりました)
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(今年ピカピカの小学一年生になった孫朋樹君は、前歯が一本ぬけて、どことなく締まりがありません)

 昨日は好天に恵まれて、サッカーや虫取りですっかり汗だくになった孫たちが、お風呂にしつらえたビニールのミニプールで初泳ぎを楽しみました。シャワーで少しぬる目の温水を入れてさあ水遊びです。水を得た魚とはこのことで、プールの中で大はしゃぎです。最初は静かに遊んでいましたが、洗面器で水の掛け合いをして、下の尚樹は泣いたり笑ったりでした。私も娘も妻もズボンをめくって対応していましたが、水をかけられずぶ濡れになりました。私たち大人は肌寒くても孫たちにとってはもう真夏なのでしょう。狭いプールの中へ自分で空気を入れた浮輪まで持ち込んでいました。

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 土曜日が仕事のため、日曜日しか休みのない妻もこれでは一週間気の休まる暇がないと少々心配していますが、娘は平気で日曜日の夕方まで居座り、風呂に入って、ご飯を食べて、まだ旦那の弁当まで妻に作らせてちゃっかり持って帰る図々しさです。昨日は最近お産をして日帰りだった長男家族がいない分静かと、いえなくもありませんが、孫が帰って私たち夫婦の食事が始まったのは、日曜日だというのに午後8時近くでした。それでも昨日は釣りに行った砥部町の友人稲葉さんが夕方釣果の三年物のあじを三匹おすそ分けだと言って持って来てくれ、美味しい刺身を味わったのが救いでした。


 孫が帰ると急に静かになってどこか拍子抜けがしてしまい、ふと我に返ると妻も私も無口でテレビを見ているのです。「お父さん、孫がいて忙しいけど幸せね」と言われますが、帰った矢先の静けさゆえに、週末や間近に迫った夏休みが思いやられると二人で話をしました。

 孫たちはペットではなく、成長に合わせて色々なことを経験させてやらなければなりません。妻は絵本の読み聞かせや御絵描きなど、私はスポーツや自然観察など、もうしばらくは孫に視点を置きながら、孫とともに楽しい生き方をしたいと思った昨晩でした。


  「孫が来て 二十四時間 大騒ぎ 神経疲れ 昨夜ぐっすり」

  「うるさいと 思った孫が 帰り行く  どこか寂しい 爺じと婆」

  「また来るね 好き好きチューと サービスし 去りたる孫も 帰りたくなし」

  「残りしは カメラ収めた 写真のみ 画像取り出し 思わず笑みが」

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shin-1さんの日記

○孫奏心君の初めてのお国入り

 昨日は伊予市商店街今年最初の土曜夜市や、双海町恒例のほたる祭りがあって、それぞれの会場に沢山の人が訪れたようです。例年だ双海町のほたる祭りは翠小学校をメイン会場に行われるのですが、今年はエコ改修で翠小学校の運動場が使えないため、グリーンツーリズムの中心となっているピザ釜広場が会場となりました。会場が狭かったり駐車場が確保しにくい事情を察知して、私は車で行くのを断念しました。

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(娘の家族と友人の家族)

 それでも娘の子どもの孫たちは昼過ぎから々マンションに住む家族と一緒にシーサイド公園へやって来て、ほたる祭りが開かれる夕方まで、雨の上がった砂浜で思う存分遊んだようです。 昨日のシーサイド公園は初夏を思わせるような陽気で、少し強目の西風が吹いていたため心地よく、孫朋樹は水しぶきとまでは行かなくても、ズボンを濡らしながら渚で一足早く夏を体感していました。携帯電話が入り孫のお守のために呼び出されてシーサイド公園に行きましたが、砂浜は子どもの歓声が賑やかでした。

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(孫尚樹君)

 2歳になったばかりの尚樹はまだ海には近づけないため、鯉の沢山泳ぐ池周辺で遊びながらソフトクリームやじゃこ天に舌鼓を打っていました。

 夕方家に帰ると、5月19日に生まれ奏心と名前が付けられた孫を連れて長男家族が来ていました。孫奏心にとっては、内孫としては初めてわが家へやって来たので、本人も含めてみんな戸惑うばかりでした。生まれて17日経ちましたが、母乳のため少し生まれた時より体重が落ちたようですが、まあ順調に育っているようで一安心しました。

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(初めてわが家に帰ってきた奏心君)

 17日前にお兄ちゃんとなった希心は、弟の誕生でお母さんの関心がそちらへ行くため、どこか割り切れない感じがしているようですが、お父さんと二人で夕食を済ませてからほたる祭りへ出かけたようです。二組の家族が集まると4人の小さな孫がまるで蜂の巣をつついたように賑やかで、みんなの食べるものを作る妻も買い出しに行ったりしながら、仕事から帰って慌ただしい一日を過ごしたようです。

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(長男の長男希心君)

  「孫が来て どこを向いても 孫孫で マゴマゴしてる 爺と婆」

  「四人目の 孫がわが家へ やって来た 私の姿 どんなに見えた?」

  「世の中は 何故にこうして 偏って 男ばかりが 生まれるのだろう」

  「泣く笑う こぼす転げる 絆創膏 孫が来ただけ わが家戦争」

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shin-1さんの日記

○時ならぬ叔母の家の消毒騒動

 ほんの目と鼻の先の近所に住む親父の妹が昨日突然やって来て親父に、「兄ちゃん、庭に植えている槇の木の様子が変なんのでちょっと見てほしい」というのです。丁度居合わせた私も一緒になって歩いて一分の叔母の家へ出かけてみました。見ると玄関先に植えた槇の木の新芽に虫が発生して、見るからに無残な姿をさらけ出しているのです。「環境を悪くするから消毒は嫌いだ」と日頃から言っている叔母なのですが、この槇の木だけには特別な思い入れがあるらしく、何のとしても守りたいので消毒をして病害虫を駆除してほしいと、私たち親子に頼むのです。

 この叔母は左官業をしている叔父の元へ嫁ぎました。叔父は町の消防団長も務め叙勲まで受けた立派な職人なのですが、数年前に仕事先で数年前脳卒中で倒れ、その後の入院生活で治りかけたように見えましたが、残念ながら回復することもなく、今は近くの特別養護老人ホームに入所してお世話になっているのです。叔母は近所のホームなので毎日見舞いに行くのが日課となっていますが、左官業を営む息子に家督を譲って隣に建てた隠居でつつましく暮らしているのです。

 問題の槇の木は本宅の玄関に植えられていますが、松の木だと剪定作業が大変だからと、家を新築した時夫婦で相談して庭師さんに頼んで少し張り込んで槇の木を3本植えていました。いわば家督を譲ったと言いながらこの槇の木は夫婦にとって思い入れのある木なのです。左官をしている息子は仕事に出てあいにく留守でしたが、槇の木の異常を偶然にも発見した息子嫁は姑の時ならぬ指摘を受けて戸惑い、仕事先へ電話をかけたようでしたが、相前後した私たち夫婦の応援を受けて、消毒薬のスミチオンも消毒道具も、そして歳老いた親父に代わって消毒をする私も全て外注し、害虫の駆除を行うことになったのです。

 最近は便利な消毒道具ができていて、消毒液を溶いたバケツに細いホースを差し込み、手でポンプ式の動議を押すと、消毒液が噴霧状になって出てくるのです。


 消毒は10分ほどで済みましたが、叔母の少し興奮したような状態も元に収まって、感謝されつつ親父と一緒にわが家へ帰って消毒道具を水洗いして作業を終えました。

 私はこの時まで、書斎で締め切りの近付いた原稿をパソコンに向かって書いていましたが、すっかり緊張の糸が切れて筆が進まなくなったため、思い切って家庭菜園に出て、親父と一緒に畑を耕してツルなしトウロク豆と、ツルなし金時豆の種をまきました。5月初旬に播いたトウロク豆も金時豆も既に2~3日前から収穫が始まり、食卓にのぼって旬の味覚を味わっていますが、こうしてずらし巻きすれば最初の豆類が終わってから収穫できるのです。

 今年は春先から初夏にかけて降水量が極端に少なく、松山市では既に断水や時間給水で騒がしくなり、夏の渇水期への備えをしているようですが、わが家では幸い庭に掘った井戸からの散水施設が整っていて、親父の世話で今のところ順調に野菜類が育っています。キウリもピーマンも収穫ができるようになって、朝晩家庭菜園に入るのが楽しみな季節を迎えているのです。

 時ならぬ叔母の家の消毒騒動に巻き込まれましたが、わが家の菜園は手塩にかけて育てているためまだ消毒はしていません。多分牛糞などによる地力があるためでしょうが、口に入る野菜類だけにできるだけ減農薬を実践したいと思っています。


  「消毒は 嫌いといつも 言っている 叔母は背に腹 変えて消毒」

  「玄関に 植えし槇の木 思い出が ある故病床 夫気遣う」

  「近所住む 故に何かと 巻き込まれ 親類よきも 悪しきもあって」

  「水不足 夏の予感が よぎるけど 節水程度か 出来ぬ人間」

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shin-1さんの日記

○早くも記事を88本書きました

 愛媛新聞社がシニア世代を対象に「自悠くらぶ」というサイトを立ち上げ、ゆとりを楽しむシニア世代の素晴らしき人生を応援しようと二年前に始めた企画に、最初から参画して請われるまま「感性を磨く」というコーナーに、「人間牧場だより」というエッセー風の記事を書き始めて足かけ三年になりました。50回とか100回とか、何を持って区切りと考えるかは分かりませんが、バックナンバーで調べ数えててみると今回の記事が88回目のようで、四国遍路流に考えれば一つの区切りとも思えるのです。

 「感性を磨く」というコーナーには私の推薦した清水さん、西川さん、真鍋さんなど個性的な生き方と考え方を持った執筆陣が、違った切り口で毎回楽しい話題を提供してくれていて、私の記事など赤面のそしりを免れないものと多少反省しつつ毎回記事を送っているのです。

 他の3人は一ヵ月に2本のペース、つまり2週間に1本の約束で書いていますが、私は折角だったらと毎週1本のペースで書いているため、他の人の倍の記事量なのです。

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(シニアサイト自悠クラブのトップページ)

 自悠くらぶの記事を書き締切日までに送る作業は、この2年近くの間すっかり私の暮らしに慣れ溶け込んで、今のところ何の苦労もなく、時折送ったはずの添付写真が届いていなかったりのハプニングはありますが、まあ何とか88回まで続けてこられました。記事を見ながら人間は一日、一週間、一ヵ月、一年という周期を繰り返して生きているものだと実感せざるを得ないのです。というのも無造作に書くと慣れというのでしょうか、去年書いたと同じようなテーマや筆タッチになってしまうのです。まあ人間ですからそれもある部分は仕方がないのでしょうが、読む人が前年のことをいくら忘れていると思っても、バックナンバーから検索すると、過去の記録が引き戻されるだけに、少し視点を変えなければと思うようになっているのです。お陰さまで記事の視点が少し広がったような気もするのです。

 私は毎回記事を送るのですが、受け手たる新聞社の担当者の顔はまったく見えず、「原稿が届いた」とか、「ここはどうでしょう」と問い合わせが来るのも全てメールのため声さえも聞こえない世界なのです。これこそがデジタル世界なのでしょうが、アナログな私はそのことがいつも不安で、少々戸惑いながら記事を送っているところです。

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(感・人間牧場だよりのコーナー)

 それでも「塵も積もれば山となる」の例え通り、アップされた記事をプリントアウトして綴っていますが、1冊目は分厚くなって2冊目になっているのです。最近は読み手たるシニア世代を意識して極力写真を載せるようにしていますが、デジカメで撮影した写真を取り込んで相手に送る手法も実は「自悠くらぶ」に写真を送るために息子に教えてもらってマスターしたのです。

 シニア世代が今どんな状況に置かれ、どんな情報を求めているのか、そのことを理解しなければ送り手と受け手のコミュニケーションは成立せず、「自悠くらぶ」の存在意義もないのです。そのためにはもっと聞きたい、欲しい情報を探がさなさなければなりません。シニア世代真っただ中の私故に考えることをもう少し書いてみようと、88回という区切りに考えてみました。

 私の「shin-1さんの日記」というブログを読んでいる皆さん、一度「自悠くらぶ」というサイトを開いてみてください。

  「八八を 一つ区切りと 考えた さてこれからは 何を書こうか」

  「塵積もる 同じようだと 綴り見て 八十八本 よくも書いたり」

  「当面は 百を目標 しようかと バックナンバー 数え逆算」

  「頼まれて 自悠くらぶの 記事を書く これを自由と いうのでしょうか」

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shin-1さんの日記

○再生は可能なのでしょうか

 私の書斎でこの2~3年間、まったく使われなくなったものにラジカセ用のテープとVTR用テープがあります。いずれもデジタル時代になるとアナログ的な性格が強いため廃棄される運命にあるのでしょうが、かつてはラジカセもVTRも全盛を築いた時代があったものだけに、どこかさびしい感じがするのです。

 先日息子がやってきて、私の机の上にデジタルな小道具を並べて回線で結び、何やら作業を始めていました。私の持っているVTRのテープをデジタル化しようと試み始めたのです。私の書斎や倉庫にはとてつもなほど多くのVTR用テープが眠っています。それらには双海町という合併前の町に関するテレビ放送がダビングされていて、私のボランティア活動に関するテレビ放送のダビング記録が残っているのです。

 これらを何とかデジタル化してCDに保存できないか相談したところ、やってみようということになったのです。今はそういうソフトや道具が開発されていて、一般人の息子でも手引書を読めばそれなりにできるのです。

 しかしやり始めて思わぬアクシデントに見舞われました。カセットになっているので汚れないだろうと思っていましたが、長年の保存でカセットの中はカビが生えているようで、画像がうまく取り込めないのです。何度か挑戦しましたが比較的新しいテープは可能なのに10年も前のものはクリーニングしても画像が乱れてしまうのです。息子は何度かチャレンジしていましたが何本かのテープは再生したものの、クリーニング専門の業者に出さないと不可能という結論に達しました。早速インターネットでそれらを行う会社を見つけましたが、洋服のクリーニング屋さんならいざ知らず、テープのクリーニング屋さんがあるとは知りませんでした。その会社ではテープのクリーニングだけでなくテープをデジタル化する作業も行っていますが、私のように量が多いと金額的に折り合わないので、とりあえずテープのクリーニングを試験的にしようという結論に達したのです。これも予算的な面もあるのでどうしても残したいテープだけをセレクトしてとりあえずクリーニングしようと思っていますが、はてさて書斎や倉庫から引っ張り出して選ぶにはかなり時間的余裕が必要なので、もう少し先に延びそうなのです。

 アメリカでは対応の遅れから一度延期した経緯がありますが、日本より早く今月でアナログ放送からデジタル放送に切り替わるらしく、まだその対応ができていない5パーセント余りの国民に対しオバマ大統領がデジタル化を促す声明を直接出しているようです。

 私の沢山のVTRテープの中でどうしてもデジタル化したいテープが数本あります。中でもNHKが全国放送してくれた人間マップ「夕日を売り出せ」です。またラジカセではこれもNHKがラジオ深夜便心の時代で2夜連続2時間にわたって放送したものです。今見ても、今聞いても、若いころの映像や声の語り口はスピード感抜群で、どうしても記録にとどめておきたいと思っているのです。しかしよくよく考えてみれば記録に残したところで、所詮それは若松進一というワールドだけに限定され、多分私の葬式にでも使って周りの家族が一時懐かしむだけではないのかと思うと、少しばかばかしい気もするのです。

 アナログとデジタルという激しい時代の流れに翻弄されながら生きてる、デジタル時代の古いタイプの私のような人間は、川島英吾が歌って大ヒットした歌の題名と同じく「時代遅れ」なのです。

 フーテンの寅さんの名セリフ、「それを言っちゃあお終いよ」ではありませんが、VTRテープやラジカセテープさえ古くなった時代の中で、私という古い人間はどう生きたらよいのでしょうか

  「過去記録 所詮私の ワールドと 冷めてしまえば 生きる価値なし」

  「Vテープ ラジカセテープも 古くなり ゴミに出す日が 間近に迫る」

  「俺もゴミ ならぬようにと 思うけど どこか古くて ため息出ちゃう」

  「親父見りゃ 俺はまだまだ 最先端 車乗れるし パソコンだって」 

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