shin-1さんの日記

投稿者: | 2009年6月11日

○大きな音のしない落し物

 私たちが毎日の暮らしで使っている物には、食べ物や水、空気などの様々な物がありますが、その殆どは何の意識もなく使っています。空気はその最たるもので、起きて活動したり寝ている間も、生きるために無意識に生まれてからこの方、吸ったり吐いたりし続けているのです。「ああ今日の空気は美味しい」とたまに訪ねた旅先で深呼吸したり、起きて朝一番戸外に出て、朝日に向って思いきり空気を吸いながら体操をした時も、空気の存在に気づかされたりはしますが、殆ど毎日は味わうこともなく吸っているのです。

 水も同じで、野菜や果物に含まれた水分を体内に取り込みながら、水やお茶を特段飲まなくても水分が補給されて生きています。しかし梅雨に入って明くる日に多少のお湿りがあっても、「雨不足、水不足で断水間近」とか、「ダムの貯水率低下」という話を聞く度に水の存在を意識し始めるのです。人間は勝手なもので毎日何のためらいもなく水を無造作に使っているのに、断水の話が出れば自衛手段として貯水タンクを買い求め、まず自分の暮らしを守ろうと、ホームセンターに行って貯水タンクを買い求め、水の備蓄に走るのです。ホームセンターではその影響がもろに出てぽ良木の売り場は品薄となっています。売り手もこの時とばかりに大量に品揃えして、「市民の暮らしをサポートします」とまことしやかな理由をあげて儲け話に一口乗るのです。昨日新型インフルエンザが初めて確認された広島では、下火になっていたマスクがたちまちドラッグストアーや薬屋の店頭から姿を消したというからうなずけます。

 私たちが意識はしていてもまるで無意識のように使っているものにお金があります。電気代やガス代や電話代などは殆どが自動引き落としになり、給料や年金までも自動振り込みとなりました。気をつければ通帳管理でお金の出しれが、まるで家計簿的に確認できるようになりましたし、現金を持ち歩くてもカードがあれば用がすませるキャッシュレス時代なので、昔ほど実感は少なくなりましたが、それでも世の中は経済で動いているのでお金の話は何かと多いのです。

 私は自称貧乏人ながら金融広報委員会から移植を受け金融広報アドバイザーを長い間しています。時折私のような者に研修会でお話をするよう頼まれますが、先日ある研修会で「大きな音のしない落し物」という話をしました。特に子どたちへの金銭・金融教育で大切なのは親の金銭感覚と暮らし方です。子どもにとって親の生き方や暮らし方は見本だからです。金銭感覚の鈍い親からは金銭感覚の鈍い子どもしか育たないのです。そういう意味ではもう一度親は尾け根の大切な存在に気づき、しっかりとした気持ちでお金の使い方を考えてみる必要があるのです。

 お金には一円はアルミ硬貨、五円銅貨、五十円・百円・五百円銀貨、千円・二千円・五千円・一万円札(百円や五百円札はまれに出回る程度)などがありますが、五百円までの硬貨を落とすと一円玉を除いて殆どの硬貨は「チャリン」と音がします。多分草むら以外に落とせば殆どの人は落としたことに気づき振り返ります。ところが千円札や一万円札を落としても音がしないため落ちたことに気がつかないのです。

 「大きな音のしない落し物」というのは、比較的小さく安価なものの存在には目配り気配りできても、大きな公かなものの存在を忘れている例えなのですが、拳拳服膺してその意味を考えてみたいものです。

 子どもの存在もそれに良く似ています。毎日の暮らしや学校の宿題など小さなことには案外気づくのですが、その子どもの将来を考えてどう育てるのかといった視点は中々分かりにくいもので、気がついた時には後戻りできない所に子どもがいたりするのです。鳥の目と虫の目の複眼で見れるように、日頃から気お付けてほしいと願っています。


  「五円玉 落としチャリンと 振り返る うっかり一万 落とし気づかず」

  「声もなく 気づかぬことは 多々あるが 声なき声に 気づくかどうか」

  「貯金箱 何時の間にやら 重たくて 小さき物も 溜まれば重く」

  「一円も 一万円も お金なり どちらも大事 どちらも大事」