shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年5月10日

○今日は讃岐へうどんを食べに行きました①

 讃岐といえば「うどん」と言われるくらい香川県のうどんは有名です。映画や雑誌に度々取り上げられて、今はスターダムにのし上がりましたが、最近はブームに乗り過ぎた感じも否めず、また外国からの輸入小麦が高騰し、「安さ」が売り物のうどんを直撃しているようです。それでも今日は讃岐へ行くというので、何処でどんなうどんが食べられるか考えながら讃岐路を走りました。運のいい事に車の中で「うどん屋と呑み助」の落語のCDを聴きながらでしたから、うどんをすする絶妙な話芸が喉を鳴らせていました。

 高速を降り、カーナビの指示するまま高松市三谷を目指しました。今日は三谷地区のコミュニティ協議会の招きで講演です。講演は夕方19時30分からなのに、12時までに会場へ来るようにとの指示です。ご前中予定されていた別の会議がキャンセルになったこともあって、のんびりを決め込みました。

 コミュニティセンターではセンター長の溝渕雅子はじめ市会議員である三好義光事務局長たちが出迎えていただき、早速手づくりの昼食をご馳走になりました。期待していたうどんも、生姜焼き定食も全て美味しくいただきました。

 13時からは三谷町内史跡めぐりへの同行でしたが、あいにく雨足が強くて、八幡宮拝殿で講話を聞きました。そして滅多に見れない名工の誉れ高い左甚五郎作と伝えられている狛犬の彫刻を見せてもらいました。

(左甚五郎作と伝えられている狛犬の彫り物)

(狛犬の保存されている木箱)
(木箱の裏書)

 左甚五郎といえば日光東照宮や京都知恩院の造営、眠り猫彫刻、その他多くの竜の彫刻で有名な人物です。

左甚五郎は七歳で父と死別、十三歳まで飛騨高山の伯父の家で過ごし、京都伏見で修行後江戸に出ています。高松藩との結びつきが深く、香川の四国村にお墓まであると聞きました。それにしても史跡めぐりの道中でとんでもない秘物に出会い大きな驚きでした。古いものの好きな私としては目の正月といったところでした。

(左甚五郎に関するルポ)

 あいにくの雨にたたられ、史跡めぐりは中断となり、事務局長さんの車で八幡宮の直ぐ側の三郎池へ行きました。香川で3番目に大きなため池だそうですが、土手には活性化のために伝説にちなんだステンレス製のドラゴンの設置せられていて、雨に煙る湖面ゆえに神秘をかきたてるような雰囲気でした。

(威風堂々ドラゴンのモニュメント)

 土手に菜の花を植えようとして失敗した話や、周囲4キロの駅伝大会の話など、面白い話をいっぱい聞き、夜の講演会のネタ話にしようと思いましたが、残念かな総会が少し延びて私の時間に食い込んだため、その話はお預けとなってしまいました。ともあれ楽しい三谷での一日でした。

(総会は時間を超過するほど熱気に包まれていました)

  「甚五郎 彫りし狛犬 取り出して あれやこれやと 歴史紐解く」

  「名工の 誉れも高い 甚五郎 こんな田舎で めぐり合うとは」

  「ドラゴンが 小雨に煙る ミステリー 知恵さえ出せば 資源いっぱい」

  「白熱の 議論重ねる 総会は 俺の時間を 食い込むほどに」

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