shin-1さんの日記

○保内幼稚園を訪ねる

 昨日は雲ひとつない上天気で快晴というにふさわしく、空にも海にも一点の曇りもないもない長閑な一日でした。午後から八幡浜市保内町にある保内幼稚園を訪ねました。私は田舎者ながら色々な顔を持って生きていますが、この日は金融広報委員会の金融広報アドバイザーとしての仕事です。今年から2年間保内幼稚園は金銭教育研究校の指定を受け、私がその担当となったため年間計画の樹立のための訪問です。

 双海町から長浜町を通って保内町に抜ける国道378号は交通量も少なく、ましてや信号が双海町に3ヶ所、長浜町に2ヶ所、保内町に入って1ヶ所と、他の国道に比べ断然走りやすいのです。昔は曲がりくねった道も今は海沿いを走る快適な道になって、佐田岬半島の付け根を貫通したゴゼヶ峠の長いトンネルのお陰で、あっという間に瀬戸内海側から宇和海側へ抜けれるのです。

 昨日は久しぶりに時間的余裕があったので、長浜町の青石の海岸に下りて見ました。

(見事な青石)
(透明度抜群の海)
(伊方原子力発電所も遠望できる海岸)

 日頃は車で走っても殆ど見向きもしない海岸ですが、私は海沿いに育ったためこの景色が大好きで、時折時間があれば車を降りて一人物思いにふけるのです。は海岸は緑色片岩、通称青石で埋め尽くされ、その色が瀬戸内の海の風情にマッチして見事な風景を見せていました。海の透明度も抜群でクラゲが沢山浮かんでいましたし、ワカメも沢山生えていました。

(保内幼稚園

 保内幼稚園は国道378号と国道197号の合流する直ぐ近くにあり、園長先生から電話で聞いていた通り一発で到着です。少し早いと思いながら園の外に車を止め中へ入ってゆくと職員さんが優しく迎えてくれました。少し時間が早く応接室で園長先生はじめ5人の職員さんと話し合いに入りました。5月9日に開かれた連絡会で打ち合わせ済みなので、会議の進行もスムースで約1時間余りで計画づくりの話し合いは終りましたが、いい雰囲気で事業が進みそうで一安心です。


 金銭教育はトラブルの多い時代だからこそ必要な教育です。ややもするとお金や経済は、これまでの子育てや教育では避けて通っていたようにも思います。働いてお金を得る⇒お金を使う⇒お金を貯める、時にはお金を借りる事だってあります。多分お金は人間が生まれて死ぬまで使うものですから、うまく使えるよう指導すれば、転ばぬ先の杖になるはずです。幼稚園教育を通して先生が変わる、先生集団が変わる、子どもが変る、幼稚園が変わる、親が変わるとステップアップすることが大事だとお話しました。理解力のある先生たちばかりなのでこれからが楽しみです。7月には私の講演会も予定されているしアンケートも取る計画だそうです。頑張って下さい。出来る限りの応援をしたいと約束し元来た道をわが家まで引き返しました。

  「何気なく 通りすがりの この道も 青石見事 心休まる」

  「金銭と 名が付く研究 指定校 難しそうな 雰囲気解きに」

  「双海町 知ってる見てる 夕日でしょ いつの間にやら 知名度増えて」

  「俺一人 女職場に 乗り込んで 嬉し恥かし 十の瞳が」 


 

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shin-1さんの日記

○関奉仕財団

 松山に関印刷という四国で最も大きい印刷と用紙、それにタウン情報誌発行を扱う総合会社があります。その会社の会長であり財団法人関奉仕財団理事長である関宏成さんに一昨日お会いしました。元をたどれば関さんと私の出会いは、愛媛県の元民生部長を務めていた藤原茂さんの導きから始まりました。これももう随分古い話になりますが、その藤原さんから呼び出しがかかり、関さんが私に会いたいというのです。関さんは愛媛県の教育委員長を務めるほどの人物で、私のような一介の役場職員に、しかも見ず知らずの男にどんな用事があるのだろうと不思議ながら出かけたものです。

 関印刷の会長応接室に通された私に、関会長さんは百万円の小切手を渡そうとしました。驚いた私は喉から手が出そうな流行る気持ちを抑えながら、一応もらう理由を尋ねたのです。聞けば私が主宰している21世紀えひめニューフロンティアグループが毎年実施していた「無人島に挑む少年のつどい」などの青少年件健全育成活動がかなり注目を集めていて、奉仕財団からその活動の一部にして欲しいというのです。勿論その裏には藤原さんの助言が決め手になったようでした。そのことは私が書きフロンティアグループが出版した、「今やれる青春」という本に「米百俵ならぬ百万円の小切手」という小見出しで詳しく書いているので割愛しますが、当時の百万円は私の度肝を抜く金額だったことを覚えています。その後もう10年を超えて毎年30万円の援助をいただいているのですから、後戻りも停滞も許されなくなり、そのことが励みになって人間牧場を作ったり人間牧場を場とした様々な活動へと発展しているのです。

(右前が関会長さん、左前が藤原さん)

 昨年3月27日私は創設された第一回「関奉仕財団教育文化奨励賞」という、これまた大そうな賞と副賞をいただき、賞の趣旨に沿って副賞全額で「赤とんぼ創作館」を作らせてもらいまいた。そんなこんなで関会長さんには足を向けて寝れないほどの大恩があるのです。

 一昨日は藤原さんと私、それに大野事務局長を伴って関会長さんを訪ねました。忙しい方なので気兼ねをして早々に立ち去ろうと思いましたが、延々一時間も時間を割いていただき、積もる話や近況について意見を述べさせてもらいました。

 私たち21世紀えひめニューフロンティアグループも、昭和56年に結成以来もう26年間も活動を続けてきました。私が教育長に就任した前後3年間だけ大野事務局長に代表職を譲っていましたが、私の退職と同時に復帰し現在に至っています。仲間からは活動を続けている間は終身代表をといわれていますが、終りが近づいていることも実感しています。

 関会長さんと会っていると何かパワーが湧いてくるような気がします。今日は人間牧場へ来ていただきたいと招待しました。ホタルが見たいともいわれていたので6月の初旬には、その計画をしなければなりません。多分人間牧場へ通じる狭い道に驚かれるでしょうが、それでも水平線の家からの眺望も見て欲しいし、人間牧場の活動について紹介したいと思っています。藤原さんとともに関会長さんは私にとってもグループにとっても大恩人なのです。

  「大恩を いただき活動 続けられ ここまで来たと 認識新た」

  「金のない グループ率い 四苦八苦 資金援助 大きな力」

  「百万を 米百俵になぞらえて 越後長岡 小林学ぶ」

  「久しぶり 生きる世界の 違う人 出会っただけで 心晴れ晴れ」

 

 

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