shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年5月16日

○縁起がよい

 「今日はカラスがやけに鳴くから縁起が悪い」とは親父の言葉。

 「昨晩嫌な夢を見たから縁起が悪い」とは親父の言葉。

 「今日は大安だから縁起がいい」とは親父の言葉。

 「今日は朝から茶柱が立ったから縁起がいい」とは親父の言葉。

 私も時々同じようなことを思うことがある。

 「今日は自動販売機でジュースを買ったらもう一本当ったから縁起がいい。」

 「今日アイスクリームを食べていたら箸にもう一本と焼印が出てきたので縁起がいい。」

 「今日は仏滅だから縁起が悪い。」

 毎日毎日、親父も私もこんなささいな現象や出来事に一喜一憂しながら生きている。妻だって・・・・。

 「縁起って何だろう」と時々思うことがある。

 「縁」と「起」で「縁起」ならば「縁起」は「縁が起きる」のだ。

 「縁起」には悪い「縁起」も、よい「縁起」もある。


 じゃあ心の持ちようで「悪い縁起」は「いい縁起」に変わるのだろうか。

 そう思って昨日の朝、茶柱の立たないお茶を飲んだが縁起は一向に悪くなかった。

 昨日の朝カラスが鳴いたが、何も起こらずむしろ楽しい一日で縁起は悪くなかった。

 明日の日めぐりカレンダーは仏滅だが、縁起が悪いと思ったら仕事にならない。

 そうだ今日から「縁起のいいこと」を見つけて、自分に宿る他力本願な心を打ち破ろう。

 カラスが悪いのではなく悪い夢を見たから縁起が悪いのではない。

 仏滅が悪いのではない。

 縁起はポジティブに考えれば楽しく生きられるのだ。


 今朝起きると親父が元気だった。おう今日は縁起がいいぞ。

 今朝散歩していると、日頃は難しそうな顔をして声をかけない近所のおじさんが「お早うと声をかけてくれた。

 野良犬だって吠えるどころか、尻尾を振って近寄ってくる。

 今日は天気がいいぞ。縁起がいいような予感がする。


 「縁起」ということは縁によって起こることで、物事は他との関係にによって生じ、存続し、変化し、滅します。

 私たちはいつの間にか、ささいな迷信めいたものを信じて「縁起」を担いできました。しかしそれは人間の心が何かにすがって生きていかなければならないほど、弱いことを物語っています。神仏に祈り神仏の力を信じるのもその現われです。「自分が強くなる」「自分に強くなる」。激動を生きた人、逆境を跳ね返して成功した人はみんな自分というもう一人の自分と正面から向き合い、弱い自分に打ち勝とうと努力するのです。

  「おっ今日は 縁起がいいぞ 茶柱だ たったこれだけ いいことありそう」

  「椿宮 縁起笹買い 神棚に 三拝四杯 拝み祈りて」

  「いいことが ありますように 祈るけど 結果実力 それでも祈る」 

  「カラスさえ 縁起のせいで 悪者に 何のことない 今日も一日」