shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年5月14日

○美味しい水

 もう随分前のことになりますが、長男が大阪の専門学校に入学した数日後、「お母さん、水の匂いが臭くて鼻について飲めない」と電話をかけてきました。妻は「慣れるまではペットボトルの水を買ったら」と話したそうです。それからというもの息子は大阪の暮しを続けた2年間も、ご飯を炊いたりする炊事用の水もペットボトルの水を使い続けたのです。「何でそんなことするの?、勿体ない」妻は叱ったそうですが、田舎から都会に出て最初に気がつくのは水の違いのようです。そのことは私にも経験があり、もう45年も前に宇和島水産高校に入学するためふるさとを離れ、宇和島の地で始めて飲んだカルキ入りの水が何とも鼻についたものでした。それまで私はカルキ入りの水など飲んだことがなかったのです。こうしてみると、上水道が完備した都会の暮しに比べ、まだ今の時代にさえ簡易水道に頼っている私たちの暮らしが「遅れている」と片付けられない部分もあるようです。

 最近、車にポリ容器を沢山積んで山水を汲みに行く人の姿をよく見かけます。こんな田舎の私の町の人でさえ汲みに行くのですから、松山の人が1時間余りもかけて久万の山奥の湧水まで汲みに行くのは分るような気もするのです。しかし私たち古い人間は、水をポリ容器に入れるとポリ容器の匂いがまた鼻に付くような気がして、やはり水道水を飲める幸せを感じるのです。

 私の親父は浄水器を付けています。妹が農協へ勤めていた頃キャンペーン中とかノルマだとかいって親父につけさせ、年に2回カートリッジを交換しているようですが、その水が「美味いから飲め」といって私に勧めていた親父も、最近は言わなくなりました。確かに浄水器は悪くはないし、何もしていないものよりはましだと思うものの、どこがどう違うか分らぬままの状態なので、手放しでは信じ難いようです。軟水と硬水の違いさえも分らず、また毎日自分の飲んでいる水がどれ程安全か考えることも殆どなく63年間も無意識のうちに飲み続けている水に、ふと思いをめぐらせてみるのです。

 私は生水をよく飲みます。特に寒の水は歯に染みるくらい冷たくて美味しいと思います。多分都会の人なら、「えっ生水を飲むの?」と言うかも知れませんが、アオコも湧くようなダムの水を、カルキで消毒した都会の水よりは余程綺麗で美味しいと思うのです。生水を飲んでいるお陰かどうか分りませんが私の内臓は雑菌に強くなっているのでしょうか、少々な物を食べても腹が痛くなるようなことは殆どないのです。昨年一年だけでも腹はまったく快調で下痢もまったくしませんでした。

 先日旅先で買った水は何と輸入品であるカナダの水でした。メイド・イン・ジャパンのこれほど美味しい水を持った国が、何故メイド・イン・カナダの水を輸入して呑まなければならないのでしょう。これも不思議といえば不思議な話です。わが町に住む長命のある人が人間は自分の生まれた場所に住み、自分の暮らしている町で獲れた魚や野菜を食っていればそんなに病気にはならない」という話も一利あるような気がします。外国産の肉や野菜、外国産の水を飲むことは、千年を超えて進化してきた日本人のDNAに合わないのかも知れないと思いました。ポリ容器で汲みに行く山水も美味しいかも知れませんが、私は自分の町の水を飲み、自分の町の水で調理したものを食べ、自分の町の水で沸かした風呂に入れる幸せをかみ締めて暮らして行こうと思っています。

  「生水を 飲める日本に 暮らしてる 外国出かけ しみじみ実感」

  「今頃に なって実感 水大事 畑荒れるが ある意味安堵」

  「一時間 かけて毎週 水汲みに 出かける人も 水にこだわり」

  「生水で 雑菌対応 出来る腸 お陰で腹は すこぶる快調」