shin-1さんの日記

○庭のシノブの芽吹き

 夏の緑茂り、秋の紅葉と何度かブログで紹介してきた書斎の窓から見えるシノブですが、殺風景だった冬の季節が終り、やっと芽吹きの頃を迎えました。私の背丈ほどもある大きな石にまるで蜘蛛の巣のようにへばりつき、雨水だけで年中を生きているシダ類のシノブは、まさにその名に相応しく耐え忍ぶように生きているのです。

 へばりついた先端から綿帽子を被った新芽が伸びだしていますが、根とも枝とも思える古い部分からワラビのようなこれまた新芽が、数日前から顔をのぞかせ開き始めました。秋の落葉から約半年ぶりの変化です。これからどんどん葉芽を出して石の部分が見えなくなるほど覆い尽くして夏の涼しさを演出してくれるのです。

 最近ガーデニングでコケ玉がすっかり人気となって愛好者が増えてきましたが、この石つきシノブはまさに大型のコケ玉といってもいいようなボリュームなのです。家にいる時は無意識のうちに殆ど毎日眺める書斎からの風景ですが私は結構気に入っているのです。

(殺風景な庭石に生え始めたシノブの新芽)
(気がつけば石にへばりつくように寄生したシノブにこのような新芽が沢山伸びていました)

 このシノブの元々の出所は双海町の黒山という730mの山頂付近に自生していたものを一株持ち帰り、木炭に巻き付かせていたものが次第に増えてあちらこちらにおすそ分けされ、この石に根付かせるためには相当古老しました。まず切取ったシノブの穂先を魚網で固く縛っておきます。2~3年すると石のくぼみに根を張るようにくっついて屋泥義のように寄生し伸び始めるのです。シノブには色々な種類があるそうで、トキワシノブなどは年中青々とした葉っぱを茂らせていますが、わが家のシノブは落葉型で秋に紅葉し、まるで落ち葉のように元からポロリと落ちてしまうのです。その分季節感があって私としては好きな種類なのです。

 窓から何気なく見える日々の景色も、季節によって、また自分の日々の気分によって随分違って見えます。今頃は陽足もすっかり長くなって、時折開いたままの室内に吹き込む爽やかな風がとても気持ちよく、遠くで近くですっかり上手くなったウグイスの鳴き声が聞こえてきます。また最近まで咲いていたサザンカや椿に変わってさつきが咲き始め、もうすっかり初夏の装いです。
 早いもので今日から5月です。「このところ月日の経つのが早くなったように感じるのは歳のせいかしら」と妻が言うように私たちも知らず知らずのうちに初老の坂道を下ろうとしているようです。

  「何時の間に 石に生えたる ノキシノブ 新芽が伸びて 初夏の装い」

  「もう五月 月日経つのが 早いねと 一つ違いの 妻に同調」

  「行く春を 惜しむが如き 一輪の 残りし椿 今朝は地上に」

  「何を食べ 生きているのか 石の上 今年も新芽 伸ばして初夏を」

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shin-1さんの日記

○お茶を作ってみました

 昨日は人間牧場のトラブルで散々な目に会いました。どこか心の霧が晴れぬままでしたが、気を取り直して辺りを見渡すと畑の隅に背丈ほどのお茶の木が3本あって、季節を象徴するように新芽が沢山伸びていました。ふと子どもの頃に習った歌が思い浮かびました。

 ♭夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉がそよぐ あれに見えるは茶摘じゃないか 茜だすきにすげの傘♯

 まさにこの頃を歌った歌なのでしょう。人間牧場へ入植?以来三年が経ち、毎年この茶の木を見つめ、来年こそはと三回もお茶作りを決意しながらこれまで一度も挑戦していないのです。「そうだ、お茶を作ってみよう」と急に思い立ちました。

 早速水平線の家に置いてる紙袋を持ち出し、一番新芽を指先で器用にむしりとって袋の中に入れてゆきました。新芽は柔らかく、むしりとると指先からほのかなお茶の香りが漂い何ともいえない香ばしさです。お茶の木を三本渡り歩きかなりの量を確保したので、早速家に持ち帰って製茶の準備です。

 まず大きなボールに水を張り、新芽を少しずつ入れてゴミを取り除き洗います。洗った新芽をザルに移し、倉庫から取り出したセイロに入れて蒸すのです。どの程度蒸すのかも分らぬままものの五分も蒸しました。

 仕事から帰ってきた妻が、「何をしているの」と興味深そうに覗き込みました。妻は嫁いできた頃近所にお茶を自家製で作る家があって、珍しかったので見覚えがあるそうで、茹で終わったら熱いうちに手で揉むよう助言をしてくれました。さあそれからが大変です。ザルに上げた湯気の出ているお茶を手で揉んで行くのですが、これが中々上手く行かず、多分蒸し過ぎて柔らかくなり過ぎたため多分失敗したのではないかと思われるのです。それでも妻は「もっと揉んで」掛け声をかけ、自分も手で揉んで見せました。やがてお茶は丸くなってきましたが、見るからに美味しそうではないようです。


 「お父さんお茶は陰干しなのよ」と口を出すので、「そんなこと分っている」と、さも知っているような口ぶりで突っぱねました。

 かくして生まれて始めての製茶作業は無事でなく見音に失敗をして終わりました。それでも手揉みのお茶は数日後できる予定なので、人間牧場へ持って行って全国から来る人たちに、「これはこの人間牧場で作ったお茶です」と自慢しながら接待に使いたいと思っているし、来年こそはお茶の産地である四国中央市新宮で製茶業を営んでいる友人大西さんに引けとを教えてもらってレシピを作りたいと思っています。

 農薬もかからない自然の、しかも自分が作ったお茶の味ははてさてどんな味か、今から楽しみです。

  「夏近く 茶摘み作業で 摘みし芽を 蒸すとほのかに 香り漂う」

  「蒸し過ぎて しっ茶かめっ茶か 茶にならぬ 茶々入れ妻が 側でうるさく」

  「何気なく 毎日飲みし お茶にさえ 作る苦労が 隠されいるとは」

  「失敗も いい経験と 慰める 妻の一言 やはり同伴」 


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