shin-1さんの日記

○市販のお茶や水は何故腐らないの?

 今年の夏はスーパー猛暑という名前がつくほど暑い夏でした。そのため熱中症が話題になり、水分補給と称して水やお茶を沢山飲みました。お陰で熱中症にはならなかったものの、過度の水分補給で少し体調がおかしくなったような気がするのです。

 体内の水分は細胞内に含まれている「細胞内液」と、血液や細胞間液などの「細胞外液」に大別されますが、細胞を構成するたんぱく質や核酸などが安定するうえで、水分は重要な働きをすると同時に、血液として常に体内を巡り、水に溶解した栄養素、あるいは新陳代謝によって生じる老廃物などの物資を輸送する役割を担っています。また体内の水分は発汗で熱を放散することによって、体温を調節する働きもしています。

 人間の身体は成人では体重のおよそ60パーセントが水分だといわれています。体重55キロの私の場合は33キロが水分なのです。体内の水分量は年齢や男女によって異なるそうで、丸々太った赤ちゃんは80パーセントが水分なのですが、成長とともに水分は減少し、高齢になると50パーセント、つまり半分しか水分はなくなってしわくちゃになるのです。しわの原因は水分減少だからといって、高齢者が水分を補給してもしわは戻ってこないのです。

 一概には言えませんが、人が一日に飲食する量の65パーセントは水分です。量にしてだいたい2,5リットルだそうで、一日に同量の水分を呼吸気や汗、小便などの排泄物として体外に排出していますが、人間の体内の水分は絶えず入れ替わりながら一定の割合に保たれて、人体の生命維持活動を支えているのですから凄いことなのです。

 こうした生命の維持システムによって水分を多少取り過ぎたり不足しても別に問題はないようですが、極端過ぎると水分バランスが崩れて病気になるので用心しなければなりません。

 最近水やお茶を飲む時々、心配になることがあります。それは自動販売機で打っている水やお茶が果たして身体にどういう影響を与えるかということです。野菜や肉や魚、それに加工品などは栄養素やエネルギーについて、また農薬などの安全について産地、製造者まで特定して細かく注文をつけるのに、水やお茶はその中身にまでは余りにも無関心なのです。

 わが家では夏になると妻が毎日麦茶を沸かしたものを冷蔵庫で冷やしたものを愛飲しますし、水も煮沸したものを冷やして飲みます。しかし市販されているお茶や水は効能書きはあるものの、果たして?と疑いたくなるのです。

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 健康を守るための医薬品や補助食品を売っているドラッグストアーの店先には2リットル入りのペットボトルに入れられたお茶や水が信じ難いほど安値で特売されているようです。自宅で作った麦茶はせいぜい1日か2日しか持たないのに、売っているお茶や水は1ヶ月置いても何故腐らないのかというのも偽らざる私の疑問です。私の友人が言うのには、市販のウーロン茶に釘を入れて実験すると、一日で真っ赤に錆びると言うのです。また外国のミネラルウォーターも本物かどうか疑うべきだとも言っていました。

 今年の夏、私の体内に大量に入った水分は、汗や尿として大量に対外排泄され、体重も瓦随時出来ていますが、水が運んだ栄養分もさることながら、身体に悪いものはどのように蓄積しているのでしょう。考えれば水やお茶も落ち落ち飲めない時代ですが、会合では相変わらず何の疑いもなく机の上に市販のペットボトルが配られ、何の疑いもなく人はそれを飲んでいるようです。

 

  「分からない 市販の水や お茶などが 何故に腐らず 長持ちするか」

  「何処ででも 水筒吸い付く 子どもたち 水分補給 ルールないのか」

  「健康を 売ってるはずの 店先に お茶水特売 ドラッグストアー」

  「お茶水を 鱈腹飲んだ 夏終わり 味覚の秋は 鱈腹食べる」 

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○運転免許証の更新

 昭和48年に免許証を取得していますから、車に乗り始めてもうかれこれ37年が経ちました。幸いにも命を落としたり大怪我をすることもなく、また相手に怪我を負わせることもなく、今日まで運転が出来たことを嬉しく思うのです。運転免許を手に入れたころはおおらかな社会で、酒を飲んで運転してもビール一本くらいなら大目に見てもらうような時代でした。ところが相次ぐ飲酒にが原因と見られる悲惨な事故が相次ぎ、最近では飲んで運転した人は当然のことながら、飲ませた人も飲んだ人と同乗しただけでも罰せられる厳しい刑罰を受けるのです。

 私の誕生日は10月3日ですが、誕生日の一ヶ月余り前の先日、一通の免許証更新を知らせるハガキが届きました。これから1ヶ月の間の都合の良い日にと思っていましたが、善は急げとばかりに今日出かけることにしました。8時30分から受付ということなので、指定された運転免許センターのある松山市勝岡町へ、朝7時過ぎに自宅を出て出発しました。出勤時間のため空港どおりは混むだろうと予測して出かけましたが、あにはからんやスムーズで、8時30分には高浜経由で到着しました。

 平日でもあるので更新者も意外と少なく、混雑することもなく手続きを済ませました。現在の免許証の更新交付を受けたのは5年前ですが、手続きが機械化されたり、一番変わっていたのは免許証に本籍地の記入がなくなっていることでした。勿論免許センターの台帳にはちゃんと登録されているのでしょうが、免許証を使った悪質な詐欺被害が後を絶たないための苦肉の策でしょうが、いただいた免許証の本籍の欄が空白なのを見ると、思わず「記入漏れでは?」と錯覚しそうでした。

 また最近問題になっている半ば半強制的だった交通安全協会の加入も、拒否すれば会費1500円を払わなくてもいいようなことにもなっていました。私は免許証を持っている人間の当然の義務だと思い、進んで会費を納入させてもらいました。

 実は大きな声では言えませんが、私はこの5年間でスピード違反と携帯電話、それに一時停止違反で切符を切られていて、反則金を3回納付しているのです。点数は3点ですが、そのことが理由で優良運転者にはなれず、2時間の法令講習グループに回され、しかもいただいた免許証は3年間なのです。自分の不注意が招いた当然の仕打ちなので、潔く講習を受け、今後は違反しないように、又事故を起こさないようにと心に固く誓った次第です。

 この五年間、交通を巡る社会は大きく変化していて、事故や違反は後を絶ちませんし、そのことに対応して道路交通法も随分厳しくなっています。飲酒運転は勿論のこと、後部座席に座っている人もシートベルトをしなければ、罰則の対象となるのです。

 今回の免許証更新は、交通安全への思いを新たにするいい機会となりました。これからも安全運転に気をつけて車に乗りたいと思いました。


  「運転の 免許更新 本籍の 欄が空白 悪用防ぐ」

  「違反者を 集め講習 その一人 なりて自戒の 耳を傾け」

  「この五年 事故にも遭わず 更新す 次回無事故 無違反誓う」

  「無意識で 運転してる ふと我に 帰る機会に 更新なりて」

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○懐かしいハガキ

 先日私の元へ、相次いで3枚の懐かしいハガキが届きました。いずれのハガキも私が夕日を売り出すためにかかわったハガキですが、すっかり忘れていた夕日への想いを髣髴させてくれるようなハガキに、懐かしき日々が蘇りました。

 私が「一日に3枚のハガキを書いたら幸せになれる」という言葉を信じて、ハガキを書き始めたのはもう25年も前のことです。それ以来一日も休むことなく今もハガキを毎日3枚書き続けているのですから、しぶといという他はなく、自分のこうした行動ににあきれ返ったり、こだわって長く続ける自分を少しだけ褒めてやりたいような心境にもなるのです。

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 このハガキは西条市の合田正一さんという方から、先日大町会館の方々が人間牧場へ研修に見えられた時のお礼状なのです。ご存知ミッキーマウスが登場しているこのハガキは、郵政省がディズニーキャラクターin愛媛2というタイトルで作成販売したものですが、バックの夕日は、夕日の日本一綺麗な双海町をイメージして作成されたものなのです。私も当時100枚ばかり買って書き、あちらこちらに出して手元の何処に保存しているのか忘れましたが、、このハガキはこれからも大切に保管したいと思っています。

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 このハガキは先日夕焼け村という通学合宿に参加していた親類の吉永早希ちゃん(由並小学校6年生)から、親父に届いたハガキです。通学合宿では一週間の期間中色々な人にハガキを出すようになっていますが、「じいちゃん!!元気?私は今夕焼け村に来ています。帰ったら思い出話を聞かせます。バッハハーイ」と書かれていましたが、このハガキはふたみの夕日夕焼けフォトコンテスト準特選の「暮れる頃」(山岡千賀子さん)作品をPR用ハガキにした懐かしいハガキなのです。

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 もう1枚のハガキは第11回ふたみ夕焼け村の石鎚登山や夕日の話にボランティアスタッフとして参加したお礼状として、双海地区公民館職員一同から届いたものです。公民館活動にいささかなりとも関わった私にとって、職員のこうした気遣いが出来るという人間的グレードはたまらなく嬉しいのです。

 このハガキお在職中に夕日のキャンペーン用に作ったもので、ハガキの裏にふたみの夕日夕焼けフォトコンテスト準特選「夕焼け晩夏」(山崎平さん)と書かれていました。


 ハガキは短文ですが人の心を打つ不思議な力を持っています。デジタル万能な時代になり、メールなら即座瞬時にメッセージが届き便利ですが、アナログなハガキは人の手から手へと幾人もの人を通じて届けられる分、何故か愛おしく、捨てきれずに書斎の隅にうず高く積まれているのです。

 使い捨て万能な時代ながらハガキの魅力を知っている私は、これからもしっかりとハガキで交流して行きたいと思っています。

  「ハガキ出す ゆえに来るから 又出して 永遠続く 心やり取り」

  「このハガキ 見覚えあると 裏返す 遠い昔の 記憶辿りぬ」

  


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○壊れていたDVD

 先日広島県福山市で開かれた福山青年会議所の例会に招かれた折、青年会議所の越智委員長さんが中心になって作ったプロモーションビデオが気に入って、越智さんにご無理なお願いをして送ってもらいました。早速パソコンに送られてきたDVDソフトを入れましたが、何故かデーターが出てこないのです。郵便局へ小荷物を出すついでに教育委員会の赤石さんを訪ね見てもらいました。私は気付かなかったのですが、赤石さんがそのCDを点検すると、表面の裏側が真っ二つにヒビが入っていました。データーの呼び出しができないのはそのためだろうという結論になり、越智さんにその旨をメールしたところ、早速メールに添付してデーターを送っていただきました。データーは丁寧にも4種類ありました。私が前もって送っていた「地域の自立とは何か」と、私を例会に呼ぶ予告編、当日のプロモーションビデオ字幕入りと字幕入りの4編でした。

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(届いたDVD)

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(何故か半分に折れて使用不能になったDVD)

 私の手元にこれだけの要領を入れるCDがないため、赤石さんに電話して昼休みにわが家書斎へ助っ人に来てもらいました。少し時間がかかり、赤石さんの昼食時間を食ってしまいましたが、何とか保存することが出来ました。越智さんが折角作ってくれた、表面に「福山青年会議所2010年9月例会 若松進一映像DVD」と書かれたDVDは残念ながら廃棄処分にしなければならなくなってしまいました。

 宅配便でとどいたDVDが何故壊れたのかは不明です。わが家の郵便受けから私が直接取り出したので、わが家に来てから壊れることはないと思うのですが、はてさて惜しいことをしてしまいました。


 赤石さんの手によってデスクトップに表示されたDVDを再生すると、凄いプロモーションビデオが映りました。越智委員長さんたちの努力によって、折角作っていただいたものなので、これから活用方法を考え、少しでも福山青年会議所のお役に立ちたいと思っています。

 早速今月あたり、山口県での講演に使うべく相手の主宰者に提案してみたいと思っています。多分これを見れば相手は驚くことでしょう。


  「宅配で 届いたCD 割れていて 送りし人に 迷惑かける」

  「便利だね メールで壊れた 書き込むと、直ぐにデーター メールで届く」

  「DVD どこかで使い 恩返し せねば私の 心がすまぬ」

  「使い方 知らぬ存ぜぬ ことゆえに 仲間に頼み 情報引き出す」 

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○孫のお守をしながら野菜の植え付け作業

 「秋来ぬと目にはさやかに見えねども・・・」季節は確実に動いていて、一昨日の雨で気温も少し下がりホッと一息といったところです。季節が変わり始めるといよいよ冬野菜の種蒔きや苗の植え付けをしなければなりません。そのためには夏草の生えている畑の草をあらかた引き、そこへ石灰をまいて土壌を中和させ、石灰をまいて4~5日休ませてから耕運機をかけるのです。

 夏の暑い日差しを受けてカラカラに乾いた土には耕運機も刃が立たず、手がしびれるほどの重労働で汗を一杯かくはずでしたが、幸運にもその日の午前中お湿り程度の少しの雨が降って、予想以上にスムースに中耕することができました。

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(キャベツの苗)



 耕運機での耕しが一段落した夕方、知人の伊予市に住む水口まり子さんが、沢山の苗物を車に積んで持ってきてくれました。これを男時というのでしょうか、まるで見透かしているようなタイミングの良さでした。「さあ植えつけよう」と作業に着替えていた時、妻の携帯電話が鳴りました。娘から孫の尚樹少々熱が出て、幼稚園へ連れに行き、病院で見てもらったのだそうです。多少熱がある程度で食欲もあり心配することはないのですが、娘の仕事の関係でどうしても明くる日の昼まで預かって欲しいと言うのです。

 野菜の植え付けを明くる日に延ばし、早速迎えに行きました。孫尚樹は比較的元気で、帰り道マクドナルドのドライブするーでハッピーセットを注文して、太鼓囃子のおもちゃをプレゼントしてもらい、ご満悦でした。

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(ブロッコリーと白菜の苗)

 昨晩はおじいちゃんとおばあちゃんを独り占めして、3人で川の字になって寝ました。熱も大して上がらず安心しました。今日は早朝5時半から畑に出て、親父と一緒に畝を立て、キャベツやブロッコリー、白菜の苗を涼しいうちに植えつけました。何せ100本近くの苗ですから、牛糞堆肥や籾殻を置いて水をやる頃には8時半を回っていました。急いで耕運機や鍬などを片付け、妻が仕事に出た後シャワーを浴びて軽く朝食を済ませ、孫尚樹のお相手をしました。孫尚樹は3歳の誕生日に買ってもらったカメンライダーの変身ベルトが気に入って、凝り固まっています。昨日ハッピーセットのおまけに貰った太鼓囃子も気に入って、音に合わせてひょうきんに踊って見せてくれました。野菜の植え付けも孫のお守も馴れていないため少々疲れました。

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(太鼓囃子に合わせてひょうきんに踊る孫尚樹)

  「秋が来た 冬の野菜の 苗届き 早速畑 親父と二人」

  「一雨を 含んで大地 柔らかく 野菜の苗も 気持ち良さそう」

  「植えつけた 後に親父が 牛糞を 私籾殻 コンビよろしく」

  「孫の守 少々骨が 折れるけど 目じりを下げて どこか楽しく」 

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○孫たちと展望観覧車くるりんに乗りました

 昨日は妻の誕生日らしく、娘がプレゼントを買ってくれるというので、前日から泊まりに来ていた孫二人と一緒に松山へ出かけました。三越で買い物をする2時間の間、私が孫二人の面倒を見ることになりました。五行歌の展示会が伊予鉄高島屋7階であるので、好都合とばかりに高島屋へ行きました。横浜中華街展の影響もあってデパートの店内はかなり混んでいましたが、私たちは8階まで上がり、遊具の中の一つを選ばせて、遊具で少しの間遊ばせました。尚樹はアンパンマン、朋樹はトトロのような遊具で楽しそうに遊んでいましたが、この日も真夏日の暑い日ざしが容赦なく照りつけ、3人とも汗だくだくです。

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 その後9階まで上がり4人乗りのチケットを1000円で買い求め、くるりんに乗り込みました。くるりんは今はすっかり松山のシンボルとなり、市内の何処からでも眺めることが出来るのです。特に夜はネオンが点いてとても綺麗です。観覧車は円周が45メートルあり、約15分かけてゆっくりと回るのです。9階建てのビルの屋上に造られているので、松山城と同じくらいの高さにあるような錯覚を覚えます。ゴンドラの中は冷房が効いていてとても快適な空の旅を楽しみました。

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(周囲45メートルの大観覧車)
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(ゴンドラに乗り込んでご満悦な孫たち)
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(一番頂上と思われる場所に上った時、孫二人は思わず万歳をしました)

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(北東に見える松山城周辺)
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(西のはるか彼方に見える双海辺り)

 高いので少し怖がるのかなと思っていましたが、僅か15分の空の旅は孫たちにとって、すっかりご満悦の様子でした。360度の視界は最高で、眼下の景色が一望でき松山城とは違った眺望を楽しむことが出来ました。

 正岡子規の句に「松山や秋より高き天守閣」というのがありますが、「松山や秋より高きくるりんぱ」なんて駄洒落も聞こえそうな、孫と過ごしたサンデーでした。


  「三人で 大観覧車 乗り込んで お空を散歩 最高でした」

  「じゃあ一句 秋より高き 観覧車 正岡子規も おっかなびっくり」

  「あれが城、あれが双海と 指を差す ゴンドラゆるり 上がりて下る」

  「人間は 大したもんだ このような 乗り物造る 大屋根の上」


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○双海中学校初めての運動会

 今年の春に上灘中学校と下灘中学校が統合して出来た双海中学校の始めての運動会が昨日町内のトップを切ってありました。上灘中学校の時から務めている学校評議員に、新しい統合中学校になっても続けて任命されているので運動会の案内があり、中学校が目と鼻の先にあるので出かけて行きました。

 双海中学校は校舎本館工事が進んでいて、中が見えないフェンスで囲まれているため、どのように工事が進捗しているのか皆目分かりません。安全のためには仕方がないことなのでしょうが、学校が出来る過程はだれも知りたいところなので、せめて進捗状況が見えるような工夫が欲しいと思いました。

 上灘中学校時代から運動場の広さは超一級であるため、フェンスで囲っていても、別に狭く感じません。逆に統合しても90人程度の中学校ですから、この広さが適当なのかも知れません。

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 運動会は9時15分に始まりました。夏休み中の後半に登校して練習してきただけあって、また第一回目の運動会を成功させようという思いの表れでしょうか、生徒も先生も、また下灘地区から始めて集まった父兄も沢山いて、いつになく引き締まった力強い運動会となりました。

 中学生が考えた「嵐を巻き起こせ!双海中旋風」というスローガンがぴったりでした。来賓席に座って他の顔見知りの人と運動会の遍歴などについて雑談しながら見学させてもらいました。まず驚いたのは開会式で国旗・校旗の掲揚や君が代の斉唱がなかったことです。学校建築で今年が特別なのか、あるいは学校教育方針の変更なのか、オヤッと思いました。日本全国の学校では国歌「君が代」や国旗「日の丸」を歌ったり掲げたりすることの是非が、議論されていることは承知していますが、単純に「?」と感じました。

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 このところ運動会が近づくにつれて、中学校に近いわが家へは、吹奏楽部の練習音が盛んに聞こえて、新しい学校の息吹を感じさせてくれていました。聞けば新しく発足した吹奏楽部は20人近くの大所帯になっているそうで、ここにも統合のメリットが存分に発揮されているようでした。最初は聞こえてくる楽器の音もひ弱でしたが、日増しに力強く上手くなって、運動会の当日が楽しみでした。吹奏楽部には小学生の頃、人間牧場へ通ってきた顔馴染みの生徒も何人かいて、すっかりたくましくなった生徒に驚かされました。

 周りで見学する父兄や一般の方も多く、またあちらこちらでカメラで撮影する姿も見られました。保育園や小学校ほどカメラのほう列はありませんが、やはりデジカメやビデオカメラの普及は目を見張るものがあるようです。

 都合で早々に会場を後にしましたが、わが子が卒業して10数年になりますが、子どもが学校に通う時代を懐かしく思いました。


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  「あれほどに 下手糞だった 吹奏が 大したもんだ こんなに上手く」

  「懐かしき 顔々出会い 会釈する 時には元気? 声を掛け合い」

  「統合を したというのに 百を切る 田舎中学 どうなることか」 

「日の丸も 君が代もない 運動会 万国旗さえ ないのですから」

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○高島屋ふれあいギャラリーに展示されています

 松山五行歌会の見山あつこさんから、8月の歌会の講評が送られてきました。先輩で友人の玉井恭介さんの紹介で私も今年度から会員に加わり、メールで駄作拙句を毎月一句ずつ送っていますが、今月も忙しさにかまけて提出期日をすっかり忘れてしまい、優しい見山さんから督促のメールが入り、急いでこしらえ送ったという相変わらずの体たらくで、深山さんに迷惑をかけてしまいました。

 数日前玉井さんから、「第4回作品展に出品してみないか」とお誘いがあり、口車に乗って一句つくり、写真のデータとともにデーターとともに遅らせてもらいました。おっつけ玉井さんから電話が入り、イメージ写真に使う夕日の写真の色が出にくいので私が書きます」とのことでした。私の一句が玉井さんのブログに書かれて、汗顔の至りでしたが、玉井さんと見山さんから作品展の見学に来ないかとお誘いがあり、今日は孫たちのお守を兼ねて出かけて行きました。

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 今日も30度を越す真夏日で外は暑く、会場となる伊予鉄高島屋は横浜中華街展の人気もあって、市駅前から西駐車場までは車の長い行列が出来て、駐車するのに30分もかかりました。同伴した二人の孫たちもエアコンの効いた車ながら多少イライラしているようでした。

 やがて高島屋7階のふれあいギャラリーに到着すると、見山さんはじめ何人かのスタッフが色々と作品の説明をしていただきました。孫たちは五行歌の展示には関心を示さず、小銭を握っておもちゃ売り場へ消えて行きました。2年生と3歳の孫なので迷子になりはしないか他所心配しあしたが、五行歌の作品を一通り見せてもらいました。どの作品も素晴らしく、五行歌の奥の深さや楽しさを感じさせるものばかりでした。

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 一際目に付くところに私の作品も壁に飾っていました。玉井さんが絵を書いてくれたお陰で私の作品は10倍以上の値打ちがついたように見えました。


 結婚してくれてありがとう

 子ども産んでくれてありがとう

 家計のやりくりありがとう

 そして親父の介護ありがとう

 何度でも言う妻よありがとう

             若松進一


 少し恥ずかしかったので、孫が木になることを理由に、挨拶もそこそこ引き上げました。

 五行歌は私のような凡人でも出来るし、やればとても面白いものです。また他の人の作品を読んだり交わる楽しさもあります。是非参加してみませんか。お問い合わせは下記の写真に書いてます。ズームアップしてみてください。

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  「半年も 経たぬ私の 作品が デパートギャラリー 壁にかかって」

  「俺にでも できる五行歌 しませんか 自由律句は 季語も気にせず」

  「友人が 書いた絵の方 褒めるべき わが歌駄作 汗顔しきり」

  「気負いなく 気軽話せる 五行歌の 美女連嬉し いつか逢いたい」

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○死に支度の時代

 「もしこのまま私が亡くなったら一体私の身の回りはどうなるのだろう」と、縁起でもないことを思いながら昨晩床に就いたためでしょうか、昨夜から今朝にかけて変わった夢を見ました。夢のことゆえ既に殆どは記憶の外に消えているのですが、亡くなった母が出てきたり、少年の頃に引き戻されたりする懐かしいものでした。ハッと思って目が覚めやわら起きて自分の書斎に入りました。

 思わず、自分の身の回りにうず高く積まれた新旧の雑誌や書類、それに様々な本に囲まれて、身辺整理も出来ぬままになっている姿を見て、「こりゃあいかん。もっと整理をせねば死んだ時恥ずかしい」と思いました。

 実はこのことには前から気がついていて、一年に何回かは部屋の掃除と称して、沢山の書類や雑誌をみかんのコンテナに選り分け、その都度家庭菜園の隅で焼却処分してきたのですが、いつの間にかそこにまた新しい紙類が蓄積してしまったのです。

 ある引越し引き受け会社のコマーシャルに、ゴミに囲まれた人が登場し、そのゴミの処分をわが社が引き受けるというのがあります。つまり身辺整理という新たなサービス業なのですが、聞くところによるとこのサービス業を利用する人はかなり多いらしいのです。引越しならいざ知らず身辺整理くらい自分でしたらいいのにと思いますが、世の中色々な仕事を考える人がいるものです。

 そんな矢先、間もなく始まる秋の彼岸を前にお墓の掃除を請け負う新たな商売が以外に好評だという話をテレビで見たし、テレビドラマでは死んだ人の遺品を整理する「遺品整理人」という聞きなれない主人公が登場するストーリーを、興味深く見ました。

 何年か前、宗教学者の山折哲雄さんが雑誌の取材で夕日のミュージアムに訪ねてきたことがあります。著名な方ですので、夕日にまつわる人間の習慣について色々意見を交えましたが、その山折哲雄さんが「死に支度の時代」という記事を書いているのを読みながら、はてさて私はどんな死に支度をしているのだろうと考えさせられました。遺書を書くことも、お墓を造ることも、最近時々聞くようになった生前葬も死に支度なのでしょうが、ポジティブに生きる私はこれまで死に支度など考えてもいませんでした。

 しかし、私以外の家族にとっては紙ごみとしか思えないような書斎の紙類を、何としても処分しなければならないと思うようになりました。早速今日あたりからこの膨大な紙類を捨てて身辺を整理しようと思っています。こんなことを考えるようになった俺も歳だなあと、間もなくやって来る66歳の誕生日を前に考えました。


  「もし俺が 死んだらこれら 紙ごみに なってしまうか 早く始末を」

  「人間は 人から見れば 他愛ない 物をお宝 思って残す」

  「死に支度 そろそろ思う そんな歳 なった自分に 苦笑しながら」

  「俺の糞 さえも流して 始末せぬ 何も出来ずに 死んで行くのか」

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○骨折り損のくたびれも儲け

 人間牧場を造ってからもう何回人間牧場の草を刈ったことでしょう。一度だけ仲間たちがボランティアで草刈を手伝ってくれたことがありますが、それ以外はこの5年間、ただひたすら草を刈り続けてきました。梅畑や蕗畑、コンニャク畑、芋畑以外は、草を刈ることによって生産性が向上しない、ある意味草を刈ることによる美観のみの目的なのですから、草刈機の混合油を消費し、汗をかいて私の体力を浪費することしか脳がないのです。

 ふとこのことに疑問を感じてから、草を刈る面積を少なくして生産効率を高めるために、ブルーベリーやスモモの苗木を植え込んでいますが、その成果は未だ未知数なのです。

 今日も二組の視察を人間牧場へ受け入れるスケジュールの合間を見つけ、妻の入れてくれたお茶を持って一人人間牧場へ草刈に行きました。残暑が厳しいといっても日陰は秋の気配が漂い、標高130メートルの人間牧場は心地よい秋風が吹いて、アキアカネトンボが沢山飛んでいました。

 この5年間、作業の度に履いている地下足袋を用意して、草刈機に混合油を入れて戦闘開始です。寿命と思われた古くて重い草刈機ですが、このところは最後のご奉公と思ってか絶好調で、替刃切れもまずまずでした。このところの好天続きで草はしんなりとしおれ、乾いた大地は土煙を上げていました。


 作業が進みにつれて汗が吹き出るように流れ出し、作業着は瞬く間にびしょびしょになりました。一回の作業は30分から40分くらいが限度で、疲れを感じたらエンジンを止めて給水のため、木陰に腰を下ろして一休みします。妻の用意してくれた冷たいお茶がゴクリと喉を通る瞬間は何といえない美味しさでした。

 ふと思ったのですが、5年前に人間牧場を造ったころは、草刈作業は重労働のように体に堪えていました。ところがこの5年間の草刈作業で筋力と体力がついたのか、それほど疲労しなくなったようなのです。か細かった腕や肩に筋肉がついたと妻が言うように、確かにパワーを感じるのです。

 これから先のことは分かりませんが、多分人間牧場が存在する限り草刈作業は続けなければなりません。加齢による体力の限界が何歳なのかも分かりません。その時は長男息子が刈るのかシルバー人材センターへ頼むことになりそうです。

 まあその時はその時、それまでは積小為大のよろしきを得て、しっかりと草を刈りたいと思っています。今年の草刈作業をいよいよ終わりが近づいてきました。今日は人間牧場入り口の道沿いの草を刈り、すっかり綺麗になりました。もう一回、うんとこドッコイショと草刈作業に汗を流しましょうか。


  「草を刈る ただひたすらに 草を刈る 何の目的? 未だ答が」

  「気がつけば 体力筋力 少しつき くたびれだけじゃ なかった気がする」

  「喉通る 冷たいお茶の 美味しさよ 汗の替わりに 水分補給」

  「もう一度 これで今年も 草刈は 終わりにしよう 秋が来たから」

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