shin-1さんの日記

○ハトは益鳥か有害鳥獣か

 最近わが家の周辺に50羽くらいのハトの群れがやって来て、稲刈りの終わった田圃で何やらついばんでいるのです。最初は初秋の真っ青な空を気持ち良さそうに飛ぶハトの群れを見て、「綺麗だなあ」と思っていました。ところが稲刈りの終わった田圃をよく見ると、中耕した田圃には二毛作として蕎麦の種が蒔かれているようでした。どうやら発芽するかしない程度のそばの実を一生懸命啄ばんでいるようでした。最初は手拍手をしたり、人や車が通るだけでも敏感に飛び立っていましたが、そのうち人間様になれたのか鷹揚になって、少々の物音ではは驚かなくなったのです。

 ハトといえば平和のシンボルとしてあがめられ、平和の祭典やスポーツ大会の開会式のセレモニーで一斉に飛ばされ、その一糸乱れぬ飛行は誰が集め誰が訓練したのかといつも感心させられたものでした。またハトは通信手段の発達していなかった昔は伝書鳩といって、足環につけた書面を何百キロも向うまで届けるという優れものとして、多くの物語に登場してきたのです。

 私が小さい頃、近所にハト好きな人がいて、何羽かのハトを飼っていました。「クークー」となく愛らしいハトの姿を見て、あるいは外に飛ばしてもいずれ巣に帰ってくる律儀さに感心し、自分もいつか飼ってみたいと思ったものでした。

若松進一ブログ

(蕎麦の実を啄ばむハトの群れ)

 はてさて、そんな良いイメージの益鳥と思っていたハトでしたが、実は若い頃ショッキングな光景を目にしました。友人の住んでいた兼営アパートにハトが住み着くようになったのです。一羽や二羽ならまだしも、かなり沢山のハトが軒先の至る所に巣作りし、地面にはハトの糞や羽毛が飛び散り、洗濯物も干せない有様でした。たまりかねた住人たちはかすみ網を張り巡らし、何羽かのハトはかすみ網にかかって死んでいましたが、見せしめのためか死骸をそのままに放置していました。若い時にヒッチコック監督の「鳥」という映画を見ましたが、一瞬映画のシーンを思い出し、背筋が涼しくなるのを覚えました。この団地は古くなって買い足されて跡形もありませんが、今もその近くを通ると思い出される光景です。

若松進一ブログ

(低く高く飛ぶハト)

 私たちが住んでいる田舎では、伝書鳩はそんなに見受けられず、むしろ山鳩が沢山いて、余り群れは作らない斧の4~5羽が蒔いたばかりの野菜の種を食べたりするので、テグスを張ったり脅しを作って追い払うのですが、いつの間にか姿を消すのです。どんな鳥でも悪さをしなければ益鳥ですが、人間牧場の外壁に穴を開ける啄木鳥(赤ゲラ)も、そばの実を食い荒らすハトの群れも全て有害鳥獣となるのです。まさか人間の近くに降りてきて餌をついばむハトに鉄砲を向ける人はいませんが、畑の主はこのことを知って知らずでか、「今年の蕎麦は発芽が悪かった」くらいで終わるのかも知れませんが、味を占めたハトたちは今朝もクークーと鳴きながらそばの種を食べていました。発芽蕎麦で打った蕎麦は最高の味だという人がいますが、どうやらハトたちも発芽蕎麦を楽しんでいるのかも知れませんね。


  「人間が 平和といえば 連想す ハトが有害 鳥獣だとは」

  「昔見た 鳥という名の 映画には 鳥が人間 襲う姿が」

  「益なのか 害なのかさえ 考えず イメージだけで 鳥を見ていた」

  「蕎麦の実を 無心啄ばむ ハトを見て 長閑田舎の 風景思う」

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