○熊沢蕃山の教え
ふたみシーサイド公園恋人岬の突端に設置した、モニュメントの穴に夕日がスッポリ入る秋分の頃を迎えました。今朝妻から「お彼岸が近づいたので、お墓に供えるシキビを人間牧場から採ってきて欲しい」と頼まれました。妻はそういい残して仕事に出かけました。親類へ昨日長野県南牧村の今井さんから送ってもらったそれは見事なブロッコリーをおすそ分けする準備をして、「さあ出かけよう」と思ってトラックのキーを捜したのですが何処にも見当たりませんでした。妻に電話して置き場所を確認しましたが結局キーは見つからず、仕方がないので単車の後ろにキャリーをくくりつけて出発しました。初秋の風は気持ちよく、2~3日前の猛暑が?のようでした。
私は余り信心深くはありませんが、それでも人間牧場の隅にシキビの古木が何本かあって、草刈に行く度に枝を切って持ち帰り、親父や妻がお墓や仏壇に供えるのです。親父はお墓に1週間に一回くらいの頻度でお参りしていましたが、今年は暑かったし少し歳をとったこともあって、墓参りの回数が減っているようにも思えるのです。
でも、秋の彼岸が近づくと「お墓に供えるシキビを持ち帰るように期せずして今朝頼まれました。せっかく人間牧場へ行ったので、草刈もしておこうと吸い変遷の家周辺の草を刈りました。草は昨夜の雨でしっとり濡れて、面白いように刈れました。時折入る携帯電話も対応し、昼休みには汗で濡れた作業着を脱ぎ、タオルに冷水を浸し身体を拭きました。弁当を食べながら書棚の中から安岡正篤の「人間学の薦め」という本を取り出し、読み始めました。食事が終わって背もたれにもたれて本を読む幸せを感じながら、初秋の心地よい日陰でついうとうとしてしまいました。
最近は歳をとったせいか「人間とは何か」とか「自分とは何か」という、考えてみれば他愛のないことを考えることが多くなりました。世を捨てた訳でもないのに、民主党や自民党お家騒動もカヤの外で興味が余りなく、もっぱら自己を知り自己を作ることを真剣に考えているこのごろです。
今日読んだ本は「達人の生き方」です。熊沢蕃山のことが詳しく記されていました。小目次は「終りを全うする道」「心の根を培養する」「自己・心・人を知るための学問」「功利的学問は学問にあらず」「生活・職業を離れて学問はない」「本当の学問の在り方ー四鳶」について納得同感する文章が書かれていました。面白いことに熊沢蕃山は陽明学の中江藤樹に行き着いているのです。
中江藤樹は内村鑑三が書いた代表的日本人5人の中の一人であることは言うまでもありませんが、中江藤樹は大洲ゆかりの近江聖人ゆえに、学ぶ価値はあると思うのです。
「直ぐ傍に 中江藤樹の 教えあり 何故か教えず 何故か学ばず」
「代表的 五人に数え られる人 時代を超えて 教え尊し」
「秋が来る 何故か読書が したくなる 書棚の読みし 本を読み解く」
「読んだのに 何故か心に 残らずに 積読だけで 終わる古本」