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〇融通の効かない社会

 昨日役場から一本の携帯電話が私にありました。「あなたの住所と連絡先を県外の方から是非教えて欲しいと電話が入りましたが、『個人情報なので教えることは出来ません』とお断りしました。相手の方は『自分の電話番号を教えるのであなたに電話をかけて欲しい』と頼まれましたので、これから申し上げる電話番号に連絡してあげて下さい」と言うのです。私は畑で草取り作業をしている最中だったので、筆記用具など持っていないため必死に覚えようとしましたが、残念ながら数字や記憶に弱い年齢になったので、とっさに近くの足元の土の上に棒切れで電話番号と住所、それに名前を書きました。電話を取り次いでくれた役場の人にお礼を言って直ぐに家に入ってメモを持ち出し、土の上に書いた電話番号や住所、それに名前を文字が乾ききって判読できないようになる前に書き写しました。

 

 早速私は書き写したメモを元に相手に連絡を入れました。用件は講演依頼でしたが、かつて私が公民館に勤めていた昔々の友人だったので話に花が咲き長々と談義をしてしまいました。その折電話の相手は、「つい最近個人情報保護の法律を立てに行政のガードが固くなって仕事がやりにくい」と少し怒っていました。「まあまあ」となだめて電話を切りましたが、私も最近よくあるお役所仕事の壁を幾つも見てきました。

 例えば印鑑の違いを指摘されることなどはしばしばで、その都度もう一度その書類を書き直して送り返せとか、訂正印を押せとか言われうんざりするのです。昨日も役所から電話があって、提出した書類の日付が間違っているので書き直すか、その時の印鑑で訂正印押さなければならないので印鑑を持って来て欲しいと連絡がありました。私は役所から近い場所に住んでいるし、直ぐにでも役所へ行けることが出来るからいいのですが、役所から遠い場所に住んでいたり車に乗れない高齢者は一体どうするのだろうと思いました。

 これも昨日あった出来事です。入用があって銀行へ預金を引き出しに出かけました。顔見知りの支店長と会話を交わしながら待っていると、受付してくれた若い女性が「印鑑が違う」と言い出したのです。支店長に「本人なんだから」と懇願しましたが聞き入れられず、結局その銀行支店でお金は引き出せませんでした。私の頭の中は「×××???・・・・×××」となって、少し滅入ってしまいました。

 個人情報保護という点では私に電話をしてくれた役場の人はある意味完璧な対応をしたように思います。また書類の印鑑を押し直して書類を作り変えた人もしっかりした対応でした。さらに印鑑が違うので本人と言えども預金を引き出さなかった銀行もある意味完璧でした。マニュアルやルール、それに法律を破るとその責任を被らなければならにので当然なのですが、マニュアルやルール、それに法律を立てに杓子定規な対応をする人たちを何処か寂しく感じるのは私一人ではないようです。それがあたかも平等と言えるかどうかも考えます。まあファジーな世界にあってファジーが聞かない場所もあることを思い知らされた一日でした。


  「相手から 連絡先を 聞かれても 個人情報 ゆえに教えず」

  「本人と 確認するが 顔よりも 印鑑重視 おかしな話」

  「印鑑が 違っています 訂正に 来いとお役所 私呼びつけ」

  「融通の 効かない社会 イライラし 気持ち滅入って 情けないやら」 

 

 

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〇稲葉さんの農場にはためく鯉幟

 人間牧場の直ぐ近く、直線距離にする500メートルほどしか離れていない場所に、わが家の放任園がありました。お袋が存命中は綺麗に耕していましたが、お袋が亡くなってからは私の仕事が忙しい時期と重なって荒れるに任せていました。人間牧場を開設したのを機にこの放任園を第二農園にと目論んでいましたが、私の日常が相変わらず忙しいため手を入れることが出来なかったのです。そんな折砥部で自動車の修理屋を営む稲葉さんという旧友が土地を探していることの相談に乗っていた経緯もあって、いっそのこと使わないかと声をかけました。稲葉さんは畑の早速下見をし、一辺で海や港が見える美しいロケーションのすばらしさに目と心を奪われて、無料で条件なしという条件で入植したのです。

 多分砥部辺りから通いながらの農作業は途中で根を上げるだろうと思っていましたが、何と何と稲葉さんは想像以上の熱心さとしたたかさで頑張り続け、全てではありませんが農地をどんどん広げて見事に復活を果たしてくれたのです。

 稲葉さんはは閑さえあれば休みには朝早くから夕方まで、この農園で開墾三昧の日々を過ごしています。近所に畑を持つ叔父さんや叔母さんともすっかり仲良くなって、今では菜園談義に花を咲かせているのです。

 農園をお貸しして1年余りが過ぎました。畑では唐辛子が大豊作で随分おすそ分けをいただきましたし、スイカも何個か届けてくれました。二回ほどそのお礼にと草k理の手助けをしました、折に触れ稲葉さんが人間牧場へ来たり、私が菜園を訪問したりしながら近況を報告し合っているのです。

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稲葉さんが耕している農場の遠望、その上の同じ方向に見えるのが人間牧場です)
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(下灘漁港が見える農場に建った旗竿と鯉幟)

 今年の春稲葉さんから、「農園にこいのぼりを上げたい」という相談がありました。「えっ何で」と思いましたが、どうやらお仲間からこいのぼりを譲り受けたらしく、せっかくだから竹を立てて形容したいと言うのです。人間牧場近くの西嶋さんにお願いして竹林の竹を切らせてもらうよう頼みました。一昨日嶽を切り出して埋めたH工にセットできたらしく、昨日のこどもの日に合わせて貰った方を招待し早速のお披露目となりました。

 私も蜂の分封騒動の渦中だったためそんなに長居は出来ませんでしたが現場に立ち寄り色々なお話をしました。農場を借りてくれた稲葉さんは南予人らしくおおらかでいたって真面目です。また礼節を忘れる謙虚さも高官の持てる人です。砥部からわざわざ週末にやって来て菜園を耕す稲葉さんとこれからもお互い楽しい田舎暮らしを楽しみたいと思っています。


  「農場の 五月の風を 吸い込んで 気持ちよさそう 鯉の泳ぎて」

  「いい仲間 次から次と 集まりて 田舎暮らしを 楽しみ生きる」

  「何のため 人は生きるか 問われれば 俺は答える 人生楽しむ」

  「生き生きと 生きてる仲間 見習いて 俺も生き生き 今日も生き生き」

  「

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〇40回目の結婚記念日

 「お父さん、今日は何の日か知っている」と昨日の朝、妻がいきなり私に言うのです。私は「こどもの日」と答えると、「それもだけれど今日は私たち夫婦の結婚記念日でしょうが。結婚記念日を忘れるなんて・・・・」とやり返されました。そういえば昭和46年5月5日のこどもの日に私たちは結婚したのです。

 当時愛媛県青年団連合会長をしていた私は、忙しい公務をぬって見合いをし、結婚までに僅か5回しか合わない信じられないような交際を経て5月5日に結婚したのです。

 相手は八幡浜に住む二宮繁子、つまり今の妻で年齢は私より一歳年下でした。結婚式の当日は花嫁衣裳のまま直前に開通した長い夜昼峠を越えてのお輿入れでしたが、当時は長浜から双海町下灘のわが家に至る海岸線を縫うように走る道路は未整備で、花嫁衣裳の重さと不安、それに極度の緊張感で最悪の状態だったと当時を振り返り、妻は述懐しているのです。

 結婚式はわが自宅座敷で行いました。三々九度の杯事は仲人さんの指図で厳かに行われ、お披露目のために「歩き初め」をして近所や親類を回ったようです。

 料理は家が鯛網をしていたので鯛づくめで、全て親類総出で3日間かけて造りました。大きな鯛の活け造りが10皿も並ぶ豪華なもので、結婚披露宴は近所の農協の2階に座布団を持ち込み、200人近くの列席者が時間無制限のいつ終わるとも分からぬ長い時間の祝宴に、私たち夫婦はお色直しもせず付き合いました。新婚初夜は私が酒を飲んだため酔いつぶれて、気がつけば朝でした。

 あの日から数えると39年が終わり、昨日は節目の40回目の結婚記念日を迎えたのです。一口に40回と言いますが、その間田舎の大家族の長男に嫁いで来た妻にとっては、それはもう筆舌に尽くし難い苦労があったようです。

 夫の安月給のやりくり、仕事一点張りで家庭を顧みない夫、両親や小姑の軋轢、さらには近所親類づきあいなどなど、持ち前の笑顔とバイタリティーでこの40年間を乗り切ってきたようです。子どももそれぞれ定職につき独立独歩の道を歩んでいますが、今はパートや92歳の親父の介護など新たな思いが交錯して、知己時からだの不調を訴えるような年齢を迎えたのです。

 昨日はそんなこんなで40年間わが家と私を支え続けてくれた妻に、白い封筒に「40年間ありがとう。50周年の金婚結婚記念日目指して頑張ろう」と書き込み、薄謝ですがポケットマネーを入れて手渡しました。妻は大層喜んで受け取ってくれました。

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(嫌がる妻を座らせて自動シャッターで40年目のツーショットの写真を撮りました)

 機能はいつになく二人とも神妙で、連休最後の日と合ってテレビを消してこれまでの過ぎ越し40年をあれやこれやと話し込みました。これまでは色々ありましたが、問題はこれからです。私の生活設計だとあと20年生きるとしてどう生きるか、いよいよ正念場のようです。今朝ここまで書くと親父が隠居からやって来て、「体の調子が悪いので病院へ連れて行ってくれ」と言うのです。二人だけでなく年老いた親父を加えた生活も大きなテーマです。早速今日はこれから県病院へ行ってきます。


  「お父さん 今日は何の日 知っている 結婚記念日 すっかり忘れ」

  「四十年 一口言うが 山坂を 越えて今ある 幸せな日々」

  「ありがとう 白い封筒 したためて 心ばかりの お礼を渡す」

  「今あるは 妻のお陰と 思いつつ 口じゃ今でも 汚い言葉」

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〇ミツバチ捕獲大作戦

 今朝起きて書斎でブログを一本書き終わった6時頃、一本の電話ががかってきました。「朝早いのに誰だろう」と思って妻が電話に出ると、人間牧場の近くに住んでいる西嶋さんのご主人からでした。西嶋さんは私と同様ミツバチを飼っていますが、今朝人間牧場付近まで散歩に行った折、第2巣箱の外に分封したミツバチが沢山ぶら下がっているのを見つけたそうです。電話を替わった私に、「今なら間に合うから捕まえて巣箱に入れたらどうか」と言うのです。

 私は取るものもとりあえず田舎のオープンカーを走らせて15分余りで人間牧場へ到着しました。見ると昨日柿の木に分封したものを第2巣箱に入れていたのが、西嶋さんのご指摘どおり卒に出てしまったようです。私は昨日の二の舞を踏まないように、出来るだけ冷静に準備をしました。まず服の上にウインドブレーカを着て首筋にはタオルを巻きつけ、麦藁帽子の上からスッポリ防虫ネットを被りました。そしてゴムの手袋をはめて体のどの部分からも皮膚が出ていないことを確認して、さあ蜂獲り作戦開始です。

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(完全防備でミツバチ捕獲大作戦を実行する私)

 井上登師匠が今朝メールで書き込んでいただいたとおり、用意した紙の米袋に手でそっと一匹残らず掬い取り、倒した巣箱に追い込みました。ミツバチは大暴れしていましたが、どうにか中へ入ったようです。直後にかかった高知県馬路村の木下さnの話では、巣箱を横倒しにせず斜めにしておけば捕らえた紙袋のミツバチは自分で自然と中へ入って行くのだそうです。それでも前日ミツバチの大群の中へ手を入れた興奮の感触からすると随分慣れた手つきで、自分自身でも冷静に対処できたと少し自信ができてきました。

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(今朝2号巣箱に入居させたミツバチたち)

 少し落ち着いたところで底板をそろり抜いてデジカメを差込み中の様子を写真撮影しましたが、今のところミツバチの定着が見られるようでホッとしています。4号巣箱も同じようにデジカメで観察しましたが、数は少ないものの巣箱の天板に葉張り付くように定着していて、とりあえず人間牧場の4つの巣箱にはそれぞれミツバチがとりあえず入居してくれました。ミツバチに右往左往さされたゴールデンウィークでしたが、蜂に刺されることもなくとりあえず春の備えが終わりました。これから人間牧場周辺は柑橘類の花が咲き甘い香りに包まれます。ミツバチたちも休むことなく蜂蜜を集めてくれるものと期待しています。

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(4号巣箱も群れは小さいながら定着したようです

  「ミツバチは 私仲間と 思ったか 抵抗せずに すんなり中へ」

  「百回の 理論聞くより まず動く さすれば進化 少し早まる」

  「メールにて ミツバチ論議 花が咲く 蜂を媒介 楽しい会話」

  「ミツバチの 世界分からぬ ことばかり 私は何て 無知なんだろう」 

 

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〇健康が一番です

 今年の連休は妻の風邪と利き腕脱臼、それに私も妻の風邪を貰ってどうやら風邪を引いたようで、昨日は朝から体がだるくて仕方がありませんでした。体がだるいのは二日間人間牧場の草刈をしたせいだと思って、薬も飲まず甘く見ていましたが、咳や微熱、それに鼻水が出て昨日の夜は妻の薬を貰って飲み早めに床に就きました。風邪薬は眠り薬が入っているのか、今朝は5時までぐっすりと寝込んでしまいました。風邪の症状も幾分いいようなので、妻と一緒に寝ている布団からそっと抜け出し、裏山に散歩に出かけました。

 朝早いというのに野鳥たちは元気で、早起き鳥とばかりにウグイスは「ホーホケキョ」だけでなく、「ケキョケキョケキョ」と谷渡りまで披露して書家が来たよと告げているようでした。

 わが家は短いながらこの二日間長男家族に占拠されました。妻も私も体調がいまひとつということもあって、気を使って3日~4日と一泊二日でした。今年の春は叔母の仏事などもあって長男家族がわが家へ来たのはまだ3回目なのですが、2歳の孫希心と後一ヶ月で誕生日を迎える孫奏心は成長著しく、特に奏心は早くも靴を履いてよたよたながら散歩が出来るようになりました。

 息子嫁は子育ての疲労から少し開放されたかったのでしょうが、妻の風邪と捻挫で当てが外れ、台所仕事や掃除洗濯などをやらなければならないため、「お母さんもお父さんも疲れているから」という理由をつけて、昨日の夕方早々に引き上げ帰ってしまいました。

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 この二日間孫は可愛いものですから、特にやっと歩き始めた孫の守を一生懸命させてもらいました。おんぶや抱っこ、それに散歩に食事とめまぐるしく動く孫の世話は大変で、10k以上の体重のある孫を抱きかかえると腰に来るようで、その疲労も風邪に追い討ちをかけているようでしたが、昨晩の就寝で随分楽になったようです。

 昨日は孫希心を伴って息子と三人で散歩がてら人間牧場へ行きました。何する当てもなく水平線の家の背もたれ椅子をウッドデッキに運んで、海を眺め空を眺めながらゆったりとした時の流れを楽しみました。孫は相変わらずやんちゃで、急な階段を二階ロフトに上がりキャーキャーいいながら遊んでいました。


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 私は種蜂の3号巣箱の掃除を行いました。黒い頭巾を被りゴム手袋をはめての作業は、一日でも早く蜂の取り扱いに慣れるための修行です。師匠井上登さんのやっていたことを見よう見まねでやりましたが、油断をしないようにしっかりと巣箱の掃除が出来ました。

 今日で連休も終わりです。あちらこちらでは帰省ラッシュが始まり、近場ではしまなみ海道や伊予~内子間では車の長い列が続いているようです。今日は妻と二人ゆっくり休み、体調を整えたいと思っていますが、やはり健康が一番だとしみじみ思いました。

 それでも今年の連休は人間牧場の草も全部刈り、少し長めの原稿も殆ど書き上げて、この分だと締め切りには間に合いそうで、それなりに成果はあったようです。


  「長男の 家族帰省で 大騒動 孫の成長 私の腰に」

  「風邪貰い 少し体調 崩れたる 体だるくて 少しギニャギニャ」

  「ウグイスも 訓練できて 谷渡り いつの間にやら ケキョケキョケキョと」

  「連休も 今日で終わりか 早いねえ 口をそろえて 行く時惜しむ」 

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〇蕗が美味しい季節です

 春になると野山にワラビやゼンマイなどの山菜を求める季節も一段落して、山は静けさを取り戻しています。人間牧場に自生しているツワブキも日増しに緑が濃くなって、採る人もなくこのまま秋の黄色い花の季節まで見向きもされず放置されるのです。

 ツワブキに変わって蕗が収穫の時期を迎えています。青々と大きく茂った蕗畑も、今年は冷害に遭って葉っぱが茶色に変色したり茎の伸びがいまいちでしたが、このところの陽気に誘われてぐんぐん成長し、今では立派な蕗となりました。最初に植えた時はほんの数株だったのですが、他の植物と違い蕗は次第にその領域を拡大して、今では人もうらやむような立派な蕗畑が出来ました。

 草刈りに邪魔なため周囲は惜しいと思いつつ、草刈機で雑草とともになぎ倒してゆくのですが、余りにも見事な蕗なので、草刈の手を休めて収穫しました。毎年この時期になると蕗を近所や親類におすそ分けして喜ばれるのです。昨日は親類へ3軒、そして漁協女性部のじゃこ天の店へそれぞれ収穫した蕗を差し上げました。どちら様もたいそう喜ばれ、漁協女性部からはお返しにじゃこ天と魚のすり身をいただきました。

 わが家は先日収穫したものを佃煮風に調理しているし、妻が利き腕を捻挫したため昨日は見送りましたが、毎日食卓で梅干とともに影の一品として名わき役を演じているのです。

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(ストーブの余熱で美味しく炊き上がった蕗の佃煮)

 蕗は収穫して持って帰ると早速調理にかかります。灰汁から手を守るために薄手の使い捨て手袋をはめ、根元から皮を剥いて行きます。皮を剥いたものを水を張った調理用バケツに入れて灰汁を取るのです。蕗の皮はツワブキと違い剥け易いので人束でも造作なことはありません。

 向き終わると水洗いして火に掛け、一度沸騰したら茹ではえる灰汁を出すのです。少しの間水にさらし綺麗になったら、醤油と砂糖で味付けして煮詰めます。梅干をほぐして種を取ったものを4~5個入れると日持ちもよくすっぱい舌触りがお茶漬けやお茶うけなどに合うのです。タッパに入れて冷蔵庫で保管すれば1週間は大丈夫なので、これからもせいぜい調理して食べたいと思っています。


  「毎日の 食卓飾る 脇役は 蕗の佃煮 梅干入れて」

  「ちょっとした 工夫があれば 楽しくて 田舎暮らしは だから止めれぬ」

  「人束の 蕗を差し上げ 喜ばれ お返し物に 二重喜ぶ」

  「蕗料理 レシピも要らず サジ加減 妻の腕前 プロのようです」 

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〇ミツバチの巣の中へ手を突っ込む勇気

 ブログに書いた話題によってコメントの質や量が随分違って、時には思わぬ人から書き込みがあり驚きます。音信不通だった旧友が私のブログを見つけ、懐かしさの余りにメールをしてきたり、時には違った意見のバトルもありますが、まあ概して「同感同感」が多いようです。

 人の混む所が苦手な私はこの連休、極力遠出を抑えているため、単車に入れたガソリン代480円が財布から消えた以外は出費のない、健全な財政事情でゴールデンウィークを終わりそうです。妻は風邪気味、加えて利き腕の右手を捻挫して家に閉じこもっているため、私は人間牧場での草刈りや、書斎でインターネットを楽しむことに終始しています。

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(空を埋め尽くし飛び交うミツバチ)
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 そんなこんなでミツバチの巣箱などの話題を連日ブログでアップしているため、多くの人からミツバチに関する情報をいただきました。近所の人から蜂を誘引すると聞いていた花の名前が、「キンポウゲ」ではなく「キンリョウヘン」という名前だったり、蜂の分封の対処法は水を撒くかダス缶を叩くと驚いて丸くなるとか、またその蜂を袋に入れて巣の中へ入れるといいとか、まあ様々です。

 でもそうしたインターネットによる媒介情報のお陰で、昨日は思わぬ出来事に出くわしました。草刈りが一段落しお茶を飲みながらウッドデッキで一休みしていると、前日と同じく空が異常に黒くなってミツバチの羽音が聞こえてきました。前日はその群れが運よく巣箱に入りましたが、昨日は柿の木に群れているのです。

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(柿の木も二股に分封したミツバチたち)
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(巣箱に入ったように見えるミツバチですが失敗かも知れません)

 「そうだ、高知県の友人木下さんから聞いたとおり、あの群れを袋で捕まえて巣箱に入れよう」と思いました。早速倉庫からかぶり網を取り出して帽子の上から被り、手にはゴム手袋をはめて完全防備をしました。ミツバチの師匠井上登さんの手を借ることもできず、果たしてあのブンブン飛び交うミツバチの塊の中へ手を入れるか入れざるべきか随分悩みましたが、勇気百倍目を瞑るような形で紙袋の中に巣を落とし込みました。まあ凄い、蜂の大群が私の顔をめがけて突進してくるのです。かぶり網と手袋のお陰で刺されることもなく袋の中に入れた群れを横に倒した巣箱の中へ入れましたが、怖さの余りに群れをすべて確保することが出来ず、失敗に終わったようです。最初は巣箱に入ったと思っていましたが、蜂は1時間もすれば何処かへ飛んで逃げて、巣箱にはミツバチの残党が出入りする程度になりました。

 残念無念としか言いようがありませんが、それでも生まれて初めて蜂の巣の中へ手を入れました。袋の中へ「ドサッ」と音がするほど入れたミツバチを、袋を綴じて一目散巣箱の中へ入れる興奮は、今思い出してもゾクゾクするものでした。今度やる時は昨日の二の舞をすることなくやろうとも思いました。

 思わぬミツバチ騒動に明け暮れた連休でしたが、お陰さまで随分ミツバチの生体が見え始めてきました。ミツバチの師匠井上登さんが「ミツバチは奥が深い」と言うとおり、私のミツバチの知識はまだまだ入り口のようなので、もう少し修行を積みたいと思っています。


  「柿の木に 集まる蜂の 巣の中に 手を差し入れて 蜂を袋に」

  「かぶり網 めがけて蜂が 攻撃す 刺されず済んで ホッと一息」

  「侮るな 蜂は危険な 生き物だ 師匠の声が 聞こえてきそう」

  「失敗を くりかえさねば アップせず 勇気を出して 成果を出そう」

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〇珍しい現象(その2)・ストーブが巣箱?

 人間牧場をオープンして5回目の春を迎えました。人間牧場そのものがアウトドアー感覚を目指しているので、人間牧場では様々な動物との出会いがあります。これまでに人間牧場で起った出来事は何といってもサツマイモを全部食べられた猪と、水平線の家の外壁に穴を開け続けているキツツキです。いずれも人間様の言うことなど聞かずかって放題をしていますが、猪は網囲いで何とか猪に知恵で勝ったものの、キツツキは昨日もドリルのような鋭い口ばしでせっせと穴を開けていました。

 昨日草刈の手を休めて水平線の家の冷蔵庫からお茶を取り出し水分補給をしていたところ、何やらガサガサ音がするのです。ネズミかな?、あるいはツバメかな?と思って傍耳を立てていると、どうやら薪ストーブの中のようなのです。じっと観察していると時々羽ばたきしている音でした。恐る恐るストーブの焚口の扉を少し開けて見ると、小鳥が灰の中で暴れていました。「えっ小鳥が?、何処から?」と疑問符ばかりです。3月の最初にストーブを焚き終わってからは火入れをしていないため、ストーブの煙突から進入したものと思われるのです。

 蜂の分封で興奮していた矢先の出来事なので、たまたまデジカメをポケットに入れていたので今度は小鳥の撮影です。

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(薪ストーブの覗き窓の向うから小鳥が私を見ていました)

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(少し窓を開けると綺麗な小鳥が確認できました)
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(小鳥は迷路に入ったためか、少々疲れて羽根を休めておとなしくしていました)
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(手に取りじっくりと観察しました)

 動物好きの孫朋樹がいれば喜ぶのにと思いつつ、野生の小鳥は餌付けが難しいので、外に出て思い切り大空に飛ばせてやりました。小鳥は嬉しそうに羽ばたき自然の中へ帰って行きました。人助けならぬ小鳥助けで何かいいことをしたような気分になりました。

 何年か前、わが家の郵便受けに小鳥が巣を作り子育てをしたことがあります。その間郵便受けには郵便物や新聞を入れないように郵便局や新聞店にお願いしたりして、無事雛が孵って巣立ったこともありました。まさかストーブの中に入るとは夢々思っていなかっただけに、この珍事をブログのネタとして書いた次第です。

 これまで忙しいことを理由に、自然との語らいが殆どなかった私ですが、動植物や気候など身の回りの小さな出来事がどんどん伝わって、ドキドキ・ハラハラ・ジーンとするような場面に出くわします。それはそれとして自分自身の人間性が回復した証でもあると喜びながら、今日も自然とともに生きています。


  「ストーブに 小鳥一匹 迷い込む 私驚き 小鳥驚く」

  「何という 鳥かも知らず 大空に 放してやると 羽根を広げて」

  「動物や 植物出会い 愛おしい われも自然に 近づいたのか」

  「蜂小鳥 われに感動 与えたり 日めぐり自然 心回復」

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〇珍しい現象(その1)・蜂の分封を見る

 先月29日の昭和の日から始まった大型連休は、5月5日のこどもの日まで、長い人は7日間も休みがあるようです。現職の頃はまちづくりの現場にいたため、月月火水木金金のような休みのない働きをしていて、人の休みを羨ましいと思っていましたが、いざ自分がリタイアしてサンデー毎日となると、むしろ人の休みは道もお店も場所までも人で溢れる連休はうんざりするため、連休中は自宅でのんびりを決め込んでいるのです。

 それでも今年の連休のように好天が続くと、人間牧場の草刈などもやらねばならず、昨日は草刈に出かけました。例年より気温が低かった今年は草丈の伸びがいまいちで、今年2回目の草刈は順調に進んで、人間牧場の半分以上を刈りました。

 20年近く使っている草刈機もそろそろお払い箱の時期が来たようで、私の体と同じくガタが来ているのですが、それでも命あるものを大事に使おうと、自分で修理をしながら使っています。「古くなった草刈機は危ないし重いから」と、妻のお許しが出て買い替えを予定していますが、昨日も五月の空のように元気に動いてくれました。

 昨日は今月末には収穫できる梅林の下草と、人間牧場へ通じる道沿いを中心に刈りました。途中西嶋さんがミツバチ談義に訪れたり、墓参りに来た家事のさんの家族と世間話をしたりしながら午後4時まで働きました。

 昼前だったと思いますが、ウッドデッキの下で草を刈っていると何やらブンブン音がするのです。草刈機のエンジン音の中で気がつくくらいですから低周波音といえども凄い音です。上を見ると黒い集団が飛んでいました。


 ミツバチを飼っている私はそれがミツバチの分封だと直ぐに分かりました。凄い数のミツバチが一号箱周辺で飛び交っていました。分封は知っていますが見たのは初めてなので急いで車の中からデジカメを取り出して撮影しました。

 今年最初の待ちに待っていたミツバチの分封に嬉しくなって見境もなく、ミツバチの師匠井上登さんに携帯電話でまるで実況中継のように話しました。井上さんは冷静に分封を喜んでくれ、1時間もすれば巣箱に入って落ち着くだろうと話してくれました。その通りミツバチは落ち着きを取り戻し、働き蜂がせっせと蜜を運ぶ姿が確認されました。自然現象とはいいながらラッキーな現場を目撃して、久々に興奮をしてしまいました。

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(カメラが粒子で汚れているように見えるミツバチの飛び交う姿)

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(巣箱の上を飛び交うミツバチ)

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(居場所を見つけて入居したミツバチ)

  「ブンブンと まるでグラマン 戦闘機 分封この目 久方興奮」

  「さあこれで 取らぬミツバチ 蜜算用 昨年以上 採れるかどうか」

  「これほどに いても手がわぬ 蜂刺さず 傍で見ている 私尻目に」

  「あと二つ 空き家巣箱に 入ってと キンポウゲなる 香水花を」

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〇私の散歩道

 年齢が増すごとに体力の衰えを含めた体の健康が気になるこのごろです。そうかといってこの歳になると過激な運動は返って体を悪くすることもあるので気をつけなければなりません。60歳でリタイアした頃はまだ気力も体力も充実していたので、毎朝学校の運動場へ行って軽いジョギングなどをこなしていましたが、多忙なため余り長続きしませんでした。そこで思いついたのは就寝前と起床時の布団体操です。これは今でも続けている柔軟体操で、両足の裏を合わせて前屈したり両足と股を思い切り広げるのです。毎日続ける習慣によって、この年齢にしては柔らかい筋力を保っているのです。

 最近妻が健康診断でコレステロールが少し高いと指摘を受けました。ゆえに食事に気を配り、毎日勤めている近くの歯科医院へ歩いて通勤したり、夜は食後に高村電気屋さんまでウォーキングしたりしているのです。私もそれにつられるように閑があれば一緒に歩くようになりました。近所の知り合いからは「仲が良いことで・・・」と冷やかされたりしていますが、妻は毎日の効果か歩くスピードも随分速くなって、体重が少し軽くなったようです。

 私は凝り性なので閑があれば裏山の急な山坂道を一人ウォーキングを楽しむようになりました。

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 山道は殆ど舗装をしていますが、杉やヒノキ林の中にあるため今朝などは木漏れ日が照り、丁度よいまるで森林浴のようです。距離はそんなに長くはないのですが坂はかなり急で、急ぎ足で歩くと少し息が切れ、少し汗ばむ運動量で、私には程よく長続きしそうです。

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 杉木立のすぐ下にあるわが家の庭や隠居、菜園も見え隠れして、時折親父の姿が見えたりします。山道の周囲に目をやると、様々な植物や草花に出会い結構楽しいものです。今頃は野アザミやシャガの花が綺麗だし、ツワブキや蕗、ミツバなども自生しています。

 去年まで近くに蜜柑園がありましたが、作り手のおじさんが病気になったため、ミカンは伐採されて杉とヒノキの苗が植林されたようです。今年植えた苗が柱財になるような大きさになるまでには少なくとも30年以上はかかるのですから、植えたおじさんはその時は亡くなって要るかも知れません。田舎は植林といえば杉かヒノキを植えるようですが、もっと別の木がありそうなものにと思ったりしました。まあ人様のことなので余り深く考えないようにしたいと思いますが、今日も朝と夕、同じ道を二回歩き気分爽快です。


  「裏山の 急な山坂 散歩道 一人毎日 楽しみ歩く」

  「夜は風呂 昼は森林 浴二つ お陰毎日 元気を保つ」

  「杉ヒノキ ばかりを植えて どうするの チョウチョ小鳥も 来ない森では」

  「道端に 野生のミツバ 四~五本も 今宵吸い物 香り豊かに」

  

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