shin-1さんの日記

○ミツバチの世界に生まれなくて良かった

 自分でミツバチを飼い始めて1年余りが過ぎました。最初は「巣箱を置いて蜂蜜を塗るとミツバチが巣を作るだろう」くらいの簡単な思いつきで始めたものの、やればやるほどミツバチの不思議なメカニズムが分かってきて、まだ1年しか経っていないのに「ミツバチは奥が深い」としみじみ思うのです。幸い私には井上登さんという西予市野村町に住むミツバチのお師匠さんがいて、何かあるごとに手助けや教えを請うているのです。

 去年は初めてのこともあって全てが新鮮で、多分そのことが良かったのでしょう4升も蜂蜜を収穫することができました。しかし今年は巣箱を2個増やして6個にしたものの、5個にはどうにか分封してくれたものの未だ1個は音沙汰なく、去年よりも悩みが深くなっているようです。

 先月4月28日、井上さんはわざわざ人間牧場へ巣箱点検にやって来てくれました。その折ミツバチを誘うためランの花を持参してくれました。その花の名前がキンリョウヘンという日本ランの一種であることを学びました。高知馬路村の木下さんも加わってネットでラン談義に花を咲かせました。多分このランのお陰で分封を誘発したのではないかと思われるほど今のところ順調に、5つの巣箱にミツバチが入居してくれたのは、やはり井上師匠のお陰なのです。

 さてミツバチ飼育のつれづれに、ミツバチは殆どがメスであることを聞いていました。人間社会と違うミツバチ社会の不思議さに驚きながら、何故三津罰はメスが多いのか、考えれば考えるほど不思議な世界です。


 師匠の話によるとオスバチは特定の時期だけに発生し、普段はメスだけで生活しています。その特定の時期というのは巣別れの時期(4~5月ころ)、この時は新しい女王蜂誕生するのですが、この女王蜂が交尾するために押すが必要なのです。巣別れの時期が近づくとオスバチがどんどん増えて役割を終えたオスバチは働き蜂に刺し殺され、巣から外に追い出され、巣箱の前はオスバチの死骸の山になります。私も今年の春オスバチの沢山の死骸を見て驚いたものです。

 ミツバチの世界に生まれなくて良かったと、ミツバチの世界の非常さを見ながら思いました。今年は2年目なので去年よりは進化しないといけないと肝に銘じていますが、まだまだミツバチの世界は謎が多いようです。

  「女王蜂 誰が名付けた 名前だか 知らないけれど 巣箱を支配」

  「ミツバチも 人間社会も 働きは メスが中心 オスはチョメチョメ」

  「ふと見れば 巣箱の前に 沢山の ミツバチ死骸 なるほど納得」

  「後一つ 今年は空き家 覚悟して 実験しつつ 様子を探る」

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shin-1さんの日記

○昨日は家庭的に忙しい一日でした

 昨日のわが家は、久しぶりに子ども全員4人と孫4人が勢ぞろいし、賑やかな一日となりました。仕事が忙しい長男と、娘婿それに次男と三男は夕方になって夕食に間に合うよう帰ってきましたが、娘と孫二人は前日から泊まりに来ていて、前日は松前町の叔母の49日法要があったため、妻と私はこの二日間てんてこ舞いでした。特に妻は仕事を休ませてもらったもののこの二日間は、超多忙な一日に少しお疲れモードのようです。

 私は忙しそうに見えても亭主関白の特権で、相変わらず自分流を貫き、ブログを書いたり本を読んだりしていましたが、孫二人が「遊ぼう遊ぼう」と盛んにちょっかいを出してくるし、夜は夜で風呂に入れたり一緒の布団に寝るため、しょっちゅう布団から出る孫を布団の中へ引きずり込まなければならず、ウトウト寝見たいな夜を過ごしました。

若松進一ブログ

 昨日は午前中飛込みで伊方町から二人のお客さんが飛び込みのような形で人間牧場へやって来られました。顔見知りの人なので時間を割いて下灘コミュニティセンターで待ち合わせをして牧場を案内しました。失礼ながら「まあいいか」と思い、孫二人を同伴しての案内となりました。

 人間牧場も昨日は初夏の長閑な日和で満開のミカンの花の匂う中、ミツバチは忙しく飛び交っていました。昨日のお客様はトイレ、風呂、水道、ミツバチ、ツリーハウスに関心があるらしく、盛んにそのことを私に聞いていました。察するに伊方町の旧瀬戸町大江に住んでいると話していたので、私のような暮らしに近い暮らしをしているものと思われるのです。清見タンゴールのジュースを2本手土産にいただきました。孫たちはお役さんが帰った後、大好物のジュースを大事小事に持って山を下りました。

若松進一ブログ
(昨日は3号ミツバチ巣箱の掃除をしました)

 昨日は嬉しいことがありました。2年生になってもまだ鉄棒の逆上がりが苦手だった孫朋樹が、私のアドバイスを聞き入れて庭の鉄棒で練習していて、やっとそのコツが飲み込めて逆上がりができるようになったのです。逆上がりはこれまでにも何度かできたのですが、一進一退を繰り返していました。

 夕方親類の漁師さんからお魚をトロ箱いっぱいいただきました。カナガシラという煮付けにすると美味しい魚です。結局は私が1時間半もかかって鱗を取ったり、頭や内蔵を取ったりの孤軍奮闘をやり処理してしまい、近所の友人におすそ分けをしてあげました。途中で小指を少し包丁でかすり傷程度切ってしまいましたが、看護師の娘と息子がリバテープを張って処置をしてくれました。

 警察官をしている三男は今日から研修で警察学校へ入る予定なので、この春の異動後始めての帰省となり、昨晩はみんな帰りましたが、三男だけが残り今日は自宅から研修先へ向かうようです。息子や娘の家族も平凡ながらそれなりに幸せな暮らしをしています。次男と三男の結婚も気になるところですが、仕事的には不安ながら何とか暮らしているようです。

 親は幾つになっても子どものことが気になり悩みは尽きぬものだと、わが親も同じような悩みを持って暮らしていたのだろうと、少し親の苦労を思い返した一日でした。

  「忙しく 過ぎ去る日々が 幸せと 平凡過ぎる 暮らし楽しむ」

  「孫たちが じいちゃん遊ぼう ついて来る 大きくなると 離れるだろうな」

  「随分と 優しい亭主に なったもの 孫世話するわ 料理はするわ」

  「孫の声 波長が違う そのためか 何処か疲れる そんな感じが」

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