shin-1さんの日記

○一泊二日の講演旅行も無事終わりました。

 昨日の朝、雨や霧を心配して、もしや船が欠航になったら講演先の竹原市忠海の竹本干潮さんに迷惑がかかると思い、妻を少し早く起こして松山観光港まで送ってもらいました。案の定雨は強く降り、霧も欠航こそしなかったものの、途中の音戸の瀬戸などは霧にかすんで、行き交う船でさえフォグフォーン(霧笛)を鳴らして航行していました。広島呉の港に降り立った時は土砂降りでした。

 そんなこんなの中を無事忠海公民館での講演を終え、今日も午前中山口県下関市市民会館中ホールで行われた山口県漁協女性部第4回通常総会の記念講演を終え、帰りも行きと同じように急遽コースを変えて新下関~徳山~柳井港~防予汽船~三津浜ルートで午後7時前に三津浜に到着、港まで迎えに来てくれた妻の車で8時過ぎにわが家へ着きました。妻は特別なことがない限り新幹線にも乗らないため、「お父さんは新幹線に乗れてよかったね」とまるで修学旅行に行った子どもを褒めるような言葉で話しかけてくれました。

 一泊二日の小旅行でしたが、出発が朝早かったため、下関のホテルへ泊まったため、また家へ帰るのが遅かったため、少しだけけだるい疲れが残っているようです。でも忠海公民館でも、山口県漁協女性部でも大きな反響と反応をいただき、「私は幸せと元気を売るセールスマン」だと、出会った人々の笑顔を思い出しながら、ひとり書斎の机に向かって今日のノルマであるもう一本のブログ記事を書いているのです。

 今日講演した相手である山口県漁港女性部200人の参加者の反応は、旅の疲れも吹っ飛ぶほど上々でした。それは多分、今朝ホテルのロビーでブログに書いた、私の生い立ちが漁業と深い関係があるからなのかも知れないのです。漁業のDNAが色濃く残る私なので、今日はその辺の事にこだわって話をさせてもらいました。

 今日は通常総会の開会行事と議事進行が大幅に伸び、11時30分から始まる予定の私の講演は20分近くも押して始まりました。司会の方に「時間がないので私の紹介は省いて下さい」と前置きしたことも助けられましたが、事務局の方のお許しをいただいて一時間近くの持ち時間だけ延長させてもらいました。列車に乗って帰途につく時間が決まっているため、慌しい時を過ごしてしまいました。担当の課長さんに新下関駅まで送ってもらい、予定通り無事早く帰ることができました。

 妻が「お父さんは幸せだね。こうして日本全国から退職後も呼んでいただくなんて」と感心しながら話してくれました。「自分自身もそう思う。ありがたいことだ」と返事をしました。とりあえず忙しい仕事は終わりましたが、明日からはまた県内で忙しい仕事が待ち受けているようです。

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shin-1さんの日記

○下関での朝

 昨晩は本州の最西端下関市内のホテルに泊まりました。今日午前中予定されている市民会館での講演のため、珍しくも前泊したのです。山口県といえば私の住む愛媛県からは、朝な夕な毎日沖合いに浮かぶ姿を見ている馴染みの土地なのですが、どういう訳か交通アクセスが松山市三津浜と柳井市を結ぶ防予汽船フェリーの一本だけなので、なかなか来る機会がないのです。加えて山口県には講演などの仕事で度々訪れているものの、県庁所在地の山口市周辺が殆どで、下関までは中々足が向かないようです。

 下関へは何年か前、平成の大合併で周辺町村と山口市が合併した折、記念の講演会に招かれたり、西瀬戸交流圏の事業で愛媛県の皆さんをお連れしたことがある程度です。

 昨日の下関はあいにくの雨で、ホテルに着いて夕食に出かける8時ころになっても弱い雨が残っていました。今朝は旅の疲れて自宅にいるときより1時間も早い11時に床に就きましたが、今朝はその疲れも取れて、いつも通りの朝4時過ぎに目が覚め、ホテルのロビーに設置されているインターネット用の無料パソコンで、立ったままこの記事を書いています。

 このホテルは7時から無料の軽食が振舞われるので、外の様子を窓越しに見ると多少霧がかかっているように見えますが、テレビの天気予報だと、今日は徐々に天気が回復しそうなので、これから少しばかり周辺を散歩しようと思っています。

 さて今日は山口県の漁協女性部連合会の200人の前で講演をする予定です。私は役場に35年間勤めていましたが、実は漁業とは縁がとても深い男なのです。

 ①鯛網をやっていた漁家に生まれた。

 ②宇和島水産高校に3年間遊学した。

 ③実習船愛媛丸で珊瑚海へ遠洋航海に出かけた。

 ④高校卒業後ガンで倒れた親父に代わって若吉丸の船長として7年間漁師をした。

 ⑤母親は6年間下灘漁協の漁協婦人部長を務めた。

 ⑥体調を崩し役場に入った後4年間産業課で水産を担当した。

 ⑦海の直ぐ傍に道の駅シーサイド公園を整備した。

 ⑧漁協女性部の皆さんとともに名物のじゃこ天を開発した。

 ⑨2年前から愛媛海区漁業調整委員会委員をしている。

 ⑩愛媛大学農学部客員教授をしている。

などなど、ざっと拾い上げても10指に余るほどあるのです。


 今日はそこら辺から紐解きながら、「女性が輝くとき漁村が輝く」というテーマで思い切り話そうと思っています。午前中の講演なので、午後には下関を発ち、新下関・徳山を経由して防予汽船で柳井から三津浜を目指そうと思っています。帰りは多分夕方遅くなるものと思われます。


  「本州の 最西端に 来ています 霧に煙った 橋を見上げつ」

  「霧笛鳴る 海峡向こう 門司の街 ぼんやり霞み 旅情そそりて」

  「何年も 前にこの地を 訪ねたが 今は記憶も おぼろげながら」

  「さあ今日も 元気セールス するために 一汗かいて 仕事をするか」 

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