shin-1さんの日記

○うわじままちづくりBeppin塾

 全日空から宇和島市役所商工観光課へ出向して来られている小林祥子さんと出会ったのは確か2年前、佐田岬半島であった研修会でした。以来地域づくり人養成講座や年輪塾などで着かず離れずの交流を続けています。小林さんが宇和島に来られてから、祥子スマイルと持ち前のバイタリティーで人や地域を巻き込み、宇和島の女性たちがにわかに活気付いているようです。一人の女性でこうも地域や女性が元気になるものなのかと、内心驚きながらその手法を密かに学んでいるところです。

 先日「Beppin塾で話してくれませんか」とお誘いを受け、相変わらずの軽い気持ちで引き受けてしまいました。ところがこちらの都合で日程が二転三転してしまい、何としても借りを返さなければならないと昨晩宇和島へ出かけて行きました。

 会場となる宇和島市大浦へは何度か足を運んでいますが、送られてきた地図を見るとどうやら吉田町から知永峠を越えて行くのも、半島を越えて行くのも同じくらいだと、持ち前の好奇心が頭を持ち上げたため、そちらの道を選び走りました。案の定農林漁業民宿「無門共楽舎は直ぐに見つかりました。驚いたことに女主人も和田さんのご主人も知り合いだったのです。ご主人は青年団活動の大先輩で何度かお目にかかったことや話したことはありますが、もうかれこれ10年近くは会っていないため、記憶の糸を手繰り寄せながら訪問しました。奥さんは真珠業界では真珠のデザイナーとして名を成した方なのです。

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 無門共楽舎は百年を越える古民家を5年間をかけて改築再生した立派なもので、五右衛門風呂やそこここに配置された小道具を含め和田ご夫婦のセンスのよさがそこここに垣間見え、何枚か写真に撮らせていただきました。二階には真珠のデザイン工房があって、この日は二人の女性が熱心に作品作りに取り組んでいました。

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 玄関先に入るなり、ご存知すっかり有名になったパールビズのアクセサリーを奥さんや祥子さんからプレゼントしてもらいネクタイにつけていただきました。豚に真珠ならぬ野獣に真珠でしたが、これから全国へ講演旅行などに出かける時是非紹介して欲しいと頼まれました。ちなみに私がいただいたものはシルバー製のトンボのデザインで、「夕日と赤とんぼ」を意マージしたものをいただきました。

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(恥ずかしながら小林祥子さんにネクタイにパールビズをつけてもらいました)


 さて午後7時から会場の座布団が満席の寄席風講演が始まりました。まちづくりBeppin塾といいながら、この日は男性も沢山集まっていて、僅か1時間の講演ながら地元のCATVも入り大いに盛り上がりました。私もアドリブながらできるだけ楽しくをモットーにお話をさせてもらい爆笑ものでした。

 塾長の萩森恵子さんは昔私が松山工業高校でPTA会長をしていた頃からの顔見知りだし、会場には沢山の知人友人が駆けつけていただき、こんな嬉しいことはないほどの喜びでした。

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 講演会終了後は郷土料理での懇親会が始まり、お腹が空いていたこともあって美味しく沢山いただきました。

食談会ではハーモニカの披露や、私のハーモニカに合わせて歌を合唱するなど大いに盛り上がりましたが、明くる日の打ち合わせ会が早いので早々においとましました。分かれ方も感動的で女性パワーの凄さと細やかな気配りを感じたいい集会で、再び元来た道をほのぼのとした気持ちで引き返し、11時近くにわが家へ帰りました。

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  「古民家も 再生すれば 価値高く 歴史の重み そこここに見え」

  「豚真珠 俺は野獣に 真珠かも 全国めぐり 宇和島紹介」

  「宇和島は 女輝く まちづくり 男しっかり 言うてやりたい」

  「襖書く 道元禅師の 言葉読む 春花冬雪 美し日本」

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○ホタルが飛び始めました

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 一昨日のことです。妻と二人だけの夕食と後片付けが終わり、テレビの前に座ろうとすると妻が、「お父さん、腹減らしに少し歩こう」と私を散歩に誘いました。そういえば先週は山口県や広島県へ出張したり、人間牧場でのふるさと体験塾などなど忙しい日々が続いたため、二人で散歩することも殆どなかったのです。

 自宅から県道に出て夜来の雨で増水した上灘川沿いを少し急ぎ足で歩きました。双海中学校近くの上灘川に架かった二瀬橋を渡ると、目の前にいきなりホタルが一匹飛ぶのが見えました。目敏く見つけた妻は今年最初のホタルとあって、「うわー綺麗」と言いながら立ち止まって、二人でしばしホタルの行方を追いました。

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 目を凝らしてよく見ると上灘川の両岸ではかなり沢山の蛍が乱舞と呼ぶにふさわしいほど飛んでいました。陽はとっぷり暮れて時計を見ると8時30分を差していました。ホタルは午後9時前後が最もよく飛ぶのです。

 ふと20数年前、ホタルの保護活動に取り組んだ昔を思い出しました。ホタルが絶滅寸前だった上灘川にホタルを呼び戻したいと青年たちが立ち上がり、同時期に始めたまちづくり行政の後押しもあって、試行錯誤の末ホタルを呼び戻したのです。その後ホタル養殖やホタル祭り、環境庁の「ふるさと生きもの里」選定、ホタル泥棒騒動、ホタル保護条例制定など過ぎてしまえば今は懐かしい思い出が蘇ってくるのです。

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 ホタルの写真も何度か試みましたが、幼稚な腕前のためことごとく失敗、ホタルの絵を描けばゴキブリだと悪評を叩かれたりもしましたが、こうしてホタルの乱舞を見る度に、人間とホタルの共生についてしみじみ考えさせられるのです。

 ホタル保護活動に情熱を燃やした福岡親一郎さんや北川完三郎先生、河野喜由さんの既に他界し、昔を知る人はだんだん少なくなってきましたが、翠小学校という環境教育のシンボルも整備されたことなので、これからもホタル保護活動を時代を担う人たちが守って欲しいと願っているのです。

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 今年も6月5日、恒例のホタル祭りが行われます。この日は整備の終わった翠小学校のエコ改修事業完成記念式典の日でもあるので、お招きをいただいているようなので、歴史の一コマを覗いてみようと思っています。

 双海のホタルはこれから約2週間が見ごろです。おおぴらにでもこっそりでも結構ですので是非鑑賞にお越し下さい。ただしホタルは見るもの、数奇な僅か2週間余りの命を断たないよう、捕まえたり取って帰らないようにお願いします。


  「川沿いを ほ・ほ・ほたる来い 口ずさむ あそこここにと 指差す先に」

  「二十年 過ぎてしまえば 懐かしい 逝きし人たち あの世でホタル」

  「この姿  写真に撮って みたいけど 俺の腕では 暗闇ばかり」

  「水張りし 田植え終わった 早苗上 優雅飛び交う ホタル幻想」 

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○野に咲く一輪の花

 寒かったり暖かかったりした今年の春もようやく終わり、わが家では西の国四国でありながら遅ればせながら、昨日石油ストーブを掃除をして倉庫にしまいました。気温の上昇とともに家庭菜園の夏野菜も一斉に成長し始め、キューリやトマトが早くも黄色い花を咲かせ始めていて、チェリートマトなどは早くも小さな実をつけ、畑へ行くのが楽しみになってきました。先日蒔いた金時豆もこのところの雨と暖かさで全て芽吹き、サトイモも土を割って芽が顔を出しているようです。


 この季節になると散歩も楽しみの一つで、散歩は健康にいいばかりでなく周りの自然から沢山のことを気付かせてくれるのです。散歩をしていると車では出会わないゆっくリズムな人たちに出会います。例えば隣のおじさんは一年前家族の勧めで高齢という理由で免許証を警察に返上してしまいました。足を奪われた買い物の好きなこのおじさんは、駅前まで買い物に行くのに往復2時間もかかると嘆いていますが、一緒に散歩しながら私が疎い近所の話題をしっかりと提供してくれるのです。いずれ私も高齢になって免許証を返上すれば、このおじさんのように行動範囲が狭められるのだろうと、少し暗い気持ちになるのです。

 歩くと車では味わえないものが目に入ります。私の散歩コースは裏山なので、道端に沢山の食べられる野草が生えています。今朝はその中からミツバを見つけ、芯と葉っぱを一束採りました。この時期の野生のミツバは香りがいいので、そうめんの漬け汁の薬味として、またかき揚げ天ぷらや味噌汁に加えても飛び切り美味しいのです。散歩の途中に摘んできたミツバは、妻がナイロンの袋に入れて冷蔵庫の野菜貯蔵庫に保管します。そうすれば1週間は重宝に使えると喜んでくれるのです。

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 今朝道端できれいな花を一輪見つけました。最近はデジカメと携帯電話についている万歩計をセットでズボンのポケットに入れて散歩をするので、一枚写真に撮りました。とてもきれいな黄色い花に見とれてしゃがんで見とれていると、傍を通りかかった若い人が、「きれいな花ですね」と話しかけてくれました。花が取り持つ縁というのでしょうか、ふたりでじっくりとその花を見ながらしゃがみこんで世間話に花を咲かせました。

 花の名芽を調べるほどのこだわりはありませんが、それでもこれから咲くであろう道端の季節の花々に芽と心をやりながら、のんびりゆっくり日々を過ごしたいと思っています。


  「野に咲きし 一輪の花 綺麗だと しゃがみ込んでは 話しかけるよう」

  「ミツバ摘み そうめん薬味 重宝す 一輪挿しも 野の花活けて」

  「俺以外 この花を見る 人もなし されど綺麗に 咲いて目を引く」

  「何気なく 過ぎ行く時に 身を任せ ふと我かえる 花の一輪」


 

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○情報不足と情報過多

 インターネットなどのの普及などによって、私たちの身の回りには沢山の情報が溢れかえっているように見えます。人々はそれらの情報に群がり、ある意味情報過多ともいえる状態に置かれて、情報洪水の中でアップアップあえいでいるようです。知りたくも知らなくてもいい情報を知り過ぎると、その中から何が必要で何が不必要なのか、また何が重要なのか迷ってしまい、結果的には見誤ることが多いのも事実です。

 知らないより知っていることの方が大事なことは、誰が考えても分かるのですが、知っていると選択肢が多くなり選択のための集中ができないので用心しなければなりません。

 最近の人はこの「選択と集中」ができない人が多く、安易に「楽しそう」「儲かりそう」「良さそう」という安易な視点で物事を選択してしまい行動に移してしまうため、とんでもない過ちを犯すのです。最近はインターネットを仕事以外の趣味活動で使ったり、買い物をバーチャルモールでする人が増えてきました。例えばデジカメを買いたいと思えば、インターネットでアクセスすると沢山の機種がパソコンの画面に写真付きで金額や機能が表示されます。それらの情報の中から自分の予算と使う場面を想定して選んで注文すると、早ければあくる日相手の顔や声と接する煩わしさもなく、こともなくデジカメが手元に届くのですから、便利という他はないのです。

 しかし中には悪質な業者もいて「騙される危険性」だって裏腹にはらんでいて、「もしインターネットさえしていなかったら犯罪に巻き込まれなくてもよかったのに」と、後で後悔することだっていっぱいあるのです。クーリングオフなど消費者を守る法律もあるにはありますが、国民生活センターに持ち込まれるトラブルや苦情の数はうなぎ登りで、消費者に注意を呼びかけていますが、一向に減る気配はないようです。これは情報を知っていることで起る無防備なトラブルで、「無知によって生ずる不幸」のほんの一例なのです。

 情報を消費者に送る相手、つまり商品を買ってもらおうと思う売り手は買い手に対し、どうしたら「楽しそう」「儲かりそう」「良さそう」と思わせるか知恵を絞っています。いつの間にか相手の術中にはまり、「ヒアルロンサン」「コラーゲン」「コンドロイチン」などの訳の分からない効能成分に惑わされ、痩せるどころかすっかりやつれたサプリメントを法外な金額で買わされた事例もあるのです。

 知っている情報を疑ってかかることも大事です。自分が何をしたいのか、そのためには何をなすべきか、また最善の方法は何か、しっかりと考えて行動しなければなりません。時には自分の選択に他の人の意見を求めることだって必要でしょうが、結局結果は自己責任の時代ですから、そのことをよくよく考えて行動しなければとんでもないトラブルに巻き込まれてしまうのです。「過ぎたるは及ばざるが如し」、現代は情報不足より情報過多が問題のようです。

 「楽しそう」「儲かりそう」「良さそう」な情報にはくれぐれもご用心して下さい。

  「その昔 知り過ぎたのね 歌あった 今の世の中 この歌のよう」

  「楽しそう  儲かりそうな 話には くれぐれ用心 騙す人あり」

  「情報を 知らなさ過ぎも いけないが 知り過ぎだって 落とし穴あり」

  「騙される あんたが悪い 自己責任 人を恨むな 自分を恨め」

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○ふるさと体験塾での一日②

 水平線の家のウッドデッキで開会行事を行いました。まず実行委員長の私がレクチャーを行い、この日の予定を公民館の赤石さんが説明し作業開始です。怪しげな雲の行方を気にしながら2時間のプログラムをこな差なければならず、早速みんなで農場に出て芋づる植えです。

 マルチの黒いビニールにカッターで穴を開けそこへ芋づるを植え込んで行くのですが、初めての子も多く折角張ったマルチをはがしてしまったり、中にはマルチの植えに寝転んで大笑いをしたりしましたが、宮栄公民館長の指導でしっかりとした畝を立てていたため、予想以上の仕上がりでした。

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 子どもたちがサツマイモを植えている間に、大人のボランティアは柴餅を作りました。前野婦人会長さんの指導で粉をこね、先日私のいとこで松前町に住む谷本洋子さんからいただいたソラマメのあんこを丸めて中に入れました。小学生低学年の子どもたちを連れて牧場の隅の杉の木に蒔きついているサンキラの葉っぱを100枚余り採集しました。採集した葉っぱを水洗いして柴でくるみかまどにかけた蒸し器に入れて蒸すのです。この木でできた蒸し器は大西町に住んでいる大河内結子さんからいただいた優れものなのです。かまどを造ったお陰で色々なプログラムができ、バリエーションが広がりました。

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 サツマイモのつる植えが終わると、畑の周りにイノシシ除けの網を張る作業をしました。一年目にイノシシ被害で全滅した教訓を生かそうと今年も漁師さんからもらった網を、打ち込んだ鉄筋杭し縛りつけ張り巡らしました。張った網に空き缶を吊るし、看板を立てて一応芋づる植え作業を終えました。

 周りの草刈や2回程度の草引きは私と公民館の担当者でホローする程度で実りの秋を迎えれる予定です。

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 この日は命のリレープロジェクトとのもう一つのテーマであるミツバチの話が組み込まれていて、西予市野村町から私のミツバチの師匠である井上登さんをお招きしました。井上さんの指導で人間牧場では昨年からミツバチを飼い始めていますが、昨年は色々なことがあっても蜂蜜を4升も採集できたのです。今年も井上さんの指導で4つの箱全てに分封が確認され、ミツバチはせっせと蜜を集めているのです。ミツバチの不思議な世界を、蜂の巣の実物や人間牧場でのミツバチ育ての様子を写真で紹介しながら、楽しいお話をしていただきました。


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 最後に手作りの柴餅を食べてプログラムを終了しました。記念写真を撮ったり感想文を書いたりと慌しい作業を終えて子どもたちとスタッフは元来た道を元気に歩いて下山して行きました。みんなが帰った後水平線の家の板間に掃除機をかけ、トイレの掃除や道具類を片付けて、私も子どもたちの歓声の残る人間牧場を後にして、田舎のオープンカーで下山しました。

 自宅に着いた五時過ぎ雨がポツポツ落ちてきました。急いで家の横の家庭菜園に出て畝を立て、マルチを張って芋づるの残りを勿体ないとばかりに植えつけました。畑仕事が終わるやいなや大粒の雨が降り出し滑り込みセーフといった感じでした。

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  「今年また 子どもの歓声 こだまする 人間牧場 年年歳歳」

  「サンキラの 葉っぱくるんだ 柴餅を 美味いうまいと 言いて食う子等」

  「蜂博士 蜂の世界を 熱っぽく 身振り手振りで 子どもに語る」

  「歩き来る 歩いて帰る 子どもらに 手を振り迎え 見送る私」 

 

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○ふるさと体験塾での一日①

 2005年4月1日から始まった人間牧場整備は、同年7月28日中心施設となる水平線の家建設の建前で大きく動き出し、あくる年の2006年5月20日から教育委員会と共催で双海町子ども教室を開催、以来今年で5回目となるふるさと体験塾が、5月22日に行われました。子どもたちに不利さと愛を育もうとはじめたこの事業も、私の想いの高まりとともに充実し、今年は募集に応募した37人もの小学生と楽しい一日を過ごしました。

  昨年の秋にトラック3台分の落ち葉を集めて苗床に踏み込んで腐葉土をつくり、サツマイモの種芋を2月にビニールをかけて伏せましたが、温度が乱高下する春先の異常気象の影響をもろに受け、多分冷害でしょうがサツマイモの芋づるが育たず、結局は200本の芋づるを園芸店で調達する羽目になりました。

 最初は午前中に始める計画でしたが、由並小学校の構内事業があって午後1時からプログラムをスタートすることになりました。そのため私はこの日消費者ネットの総会講演を断ることもなく、女性総合センターで開かれた講演を終えてとんぼ返りして何とか上手く間に合いました。

 下灘コミュニティーセンタに集合した子どもたちを松本宏さんが先達して、人間牧場まで40分ほどのの道のりを歩いてやって来ました。昨年まではマイクロバスで登って来ましたが、運転をしてくれていた木曽さんの異動でそれも叶わず、結局は往復歩くことの意味を強調できてふるさと体験塾としてはいいスタートが切れたと喜んでいます。

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 この日の天気予報では午後から雨という予報だったため、教育委員会の皆さんが早めに農場に上がり、あらかじめ中耕していた畑の畝作りやマルチかけを行ってもらったり、水平線の家のウッドデッキにブルーシートを

敷いたりして雨に備えましたが、少しだけ天気が遅れてどうにか雨に合わずに済み、みんなで暑くもも寒くもなく雨にも合わない天の後押しに感謝しました。

 午後1時に出発した子どもたちが人間牧場までやって来たのは午後2時10分前でした。先達松本宏さんは大道小路を通る近道を知っていて、随分効率の良いルートを選んだため予定通り午後2時から始めることができました。 


  「今日は雨 覚悟はしたが 雨合わず 天の恵みに 感謝をしつつ」

  「山道を 野鳥鳴き声 聞きながら 歩いて登る 子ども歓声」

  「大道や 小路知ってる 先達の お陰で時間 通り到着」

  「5回目の 初夏を迎える 牧場で 芋つる植えの 作業を開始」


 

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○山口県下関ぶらり朝の散歩②

 ホテルロビーで受付の女性に「唐戸市場はここから近いですか?」と訪ねると、「歩いては遠くて時間がかかります」という答えでした。「どうしよう?」と思いつつ、記憶を頼りに海沿いの道に出て少し早足で歩きました。心配された雨も上がり、右手に見える関門海峡や対岸の霧にかすむ門司の建物を見ながら歩いていると、大きなモニュメントが見えてきました。前回下関を訪れた時は、その後すっかり有名になった海響館に至るこの辺は、原っぱ状態だったのにと思いモニュメントに近づくと、記念碑が建っていました。日本の英雄坂本龍馬と山口の生んだ英雄高杉晋作の二人を讃える文章が書かれていました。

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 「慶応元年の太陽が 東経百三十一度の子午線に燃え 戦う青春の交響詩が響く時 歴史の海流は天に向かって・・・・・」と書き綴っていました。坂本龍馬と高杉晋作といえば明治維新に活躍した人で、100年以上経った今でも全国にはその生き方に憧れる人がいるのです。

 海響館を越えるとそこには小さな船着場があって、下関と対岸の門司を僅か10分足らずで結んでいるのです。ご存知関門海峡付近には宮本武蔵と佐々木小次郎対決の巌流島があって、観光船もここから800円で出ています。

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(宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘)

 唐戸市場は直ぐ後に関門海峡大橋を望む船着場の近くにありました。大橋は残念ながら霧にかすんでボヤーとしか見えませんでした。唐戸市場にはこれまでに2~3度来ていますが、この日は平常日だったため、また前日大雨が降ったため観光客は少なく、海鮮料理を食べさせるウッドデッキに面した、B級グルメのお店も散閑としていました。


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(唐戸市場の向うには関門海峡大橋、右手には門司の街が霧にかすんで見えました)
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(唐戸市場)
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 ウッドデッキの傍には、宣教師シスコ・ザビエルが初めてこの地に上陸した場所を示す記念碑が建っていました。長州藩ゆえ、あるいは薩長土肥ゆえ、歴史上に名を連ねた人ゆかりの人が多く語り継がれていますが、ややもすると見過ごしてしまいそうなモニュメントに歴史の重みを感じて立ち止まり、碑文を注意深く読みながら歴史の勉強をさせてもらいました。

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(シスコ・ザビエル上陸地の記念碑)

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(水族館海響館)

 腕時計を気にしながら海響館の前を通り、下関タワーを目印に再び元来た道を引き返しましたが、携帯電話内臓の万歩計は早くも一日の目標である一万歩を既に越えていました。少し小気味良い汗をかいたのでホテルでシャワーを浴び髭を剃ってさっぱりし、少し長めの朝の散歩を終えました。

 旅先では興味を持って積極的に歩くと色々なことに出会います。この日の朝もある意味坂本龍馬や高杉晋作、シスコ・ザビエルという歴史上の人物の生き方に触れました。また話題の唐戸市場や海響館も少しだけ感じることができました。これからも小さなついでの旅を続けようと思っています。


  「一万歩 越えて散歩の 下関 久方ぶりに 足腰鍛え」

  「長州は 明治維新の 舞台にて 歴史に学ぶ ことも多くて」

  「本州と 九州繋ぐ 大橋も 霧にかすみて おぼろげながら」

  「晋作が 辞世残せし 句を思う すみなすものは こころなりけり」



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○山口県下関ぶらり朝の散歩①

 2年前たまたま泊まった広島県尾道の東横インというホテルで、ロビーで受付をしていた可愛らしい女性から、「会員募集キャンペーン中で特典があるので会員になりませんか」と声を掛けられ、その場で写真付きの会員証を五百円出して作ってしまいました。その後東横イン本部から様々なメールが届いていますが、しょっちゅう利用する訳でもないので、そのことすらすっかり忘れていて、名刺と同じサイズの会員証は、残念ながら何処へ行ったか紛失してしまいました。私の会員証はクレジットカードがついていないので、気にも留めていませんでした。

 ところが今回広島から山口へ回る小さな講演旅行があって、前泊のため下関へ泊まることになりました。ふと会員証の事を思い出して、東横イン下関へ予約をした折、また500円を出して再発行してもらいました。

 東横インは宿泊料が安く清潔、加えて朝食も簡易だけれど無料、しかもインターネットが使い放題と、ビジネスには最適な条件を満たしているため最近は気に入って時々使うのです。

 5月20日の夜に泊まった時は雨が降っていました。天気予報によるとあくる日の21日だけは天気が回復するというので、朝6時にホテルを抜け出し早朝散歩をしました。行く当てもない散歩なので意の向くままホテル周辺を歩いていると、まずホテルの近くに下関タワーとでもいうべき高い建物が目に入りました。何年か前西瀬戸交流圏事業で下関を訪ねた時見たタワーですが、その後周辺が整備すれてタワーの似合う素敵な海峡の街に変身していました。

 ふと見上げると霧に煙って朝日がビルの谷間に顔を出し、まるでお月様のように鈍い光を発していました。近くには下関駅があるため、メインストリートはバスが行き交い、朝の慌しさが始まろうとしていました。

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 少し汗をかく程度の散歩を終えホテルに帰り、ロビー近くの休憩所でおにぎろと味噌汁、それに野菜サラダと野菜ジュースで簡単な食事をしました。無料だからいうのではありませんが私にとってこの朝食は十分過ぎるほどの朝食で、キャベリンはないもののいつもの朝と変わらず、むしろ少し余計に食べてしまいました。

 新聞を読み、ロビーのパソコンでブログの記事を書くことも自宅で迎える毎朝の同じリズムのようで、妻の顔が見えず声が聞こえないことを除けばとても快適でした。

 はてさて、出発予定の9時30分までどうするか?、思案した挙句関門海峡大橋が見たくなり、再び当てのない散歩に出かけました。


  「飯・新聞 それにブログが 書けりゃいい 妻・顔・声が ないだけ不便」

  「何年か 前に見たはず 思いつつ タワー見上げる 一緒に月が」

  「ぶらぶらと カメラ片手に 知らぬ地を 散歩がてらに 歩くは楽し」

  「高杉が 残した辞世 句を思う 面白くもない だけど面白」

 

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○読書好きな仲間が目敏く私の記事を見つけました

 昨日は友人が次長に昇格したので、ささやかな祝賀会を催しました。新しく次長職になった友人は若い頃から部類の勉強家で、特に本をよく読む人なのです。彼の影響もあって私も若い頃から読書をこなしてきましたが、読書好きな友人から比べると物の比ではないのです。これまでにも読書を通した議論をやったり、読み終わった本を譲ってもらったりしました。また時にはFAXで大事な頁をコピーして送っていただきました。

 昨日はお酒が進んだ頃その友人が一枚のペーパーを大事小事にカバンの中から取り出して、私にプレゼントしてくれました。

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 見れば出版会社行政が発刊している行政マン向けのガバナンスという雑誌に載った記事でした。総務省地域力創造審議官椎川忍さんが「地域おこしのヒント」という欄に、「地域力は地域資源と人間力」というタイトルで書いたコラムで、何と驚いたことに私のことが書かれているのです。


 地域活性化とか人口・経済の集積といったアウトプットの源泉となるもの、つまり地域おこしに必要な「地域力」を成功事例から抽出してみると、結局は地域に昔からある資源とそれを活用する「人間力」だということがわかります。

 ●沈む夕日がたちどまる町

   ~愛媛県伊予市(旧双海町)(若松進一さん)

 観光カリスマとして知られる若松さんは、かつて過疎、高齢化、地盤沈下に悩む自分の町を「しずむ夕日がたちどまるまち」として全国に売り出しました。役場職員の頃から、みるべき資源はきれいな海に沈む夕日しかないと確信、あとは自分の家につくった「煙会所」で熱く語り合う人づくり、そして小さな成功を積み重ねることによる住民参加のまちづくりをこころざして見事に成功しました。

   ~中略~

 ●人間力は単なる人材力の足し算ではない

   地域の人間力=(能力×やる気)

 これらの成功例から、地域おこしに一番大切なのは「人間力」であり、またそれを内と外に向かって結集する「つながり力」であることがわかります。私は、地域おこしに必要な「人間力」は一人ひとりの能力とやる気をかけ算して足し合わせたものと考えています。仮に、能力は0~100、やる気はマイナス100~+100として計算するとよくわかると思います。地域にとって一番やっかいなのは、能力があるのにやる気がなく人の足を引っ張る人です。逆に、皆がやる気を持ってどんなに小さな力であっても、それを終結する全員野球型の地域おこしに成功例が多いようです。


 本人から言わせれば少し褒め過ぎの感があり、赤面しきりですが、まあ総務省の偉い人が褒めてくれているので、甘んじてこの文章を自分のブログに記録として残すべく、スキャンして掲載しました。小さな町の小さな挑戦も、今にして思えば椎川さんのご指摘どおりの結果を生んで今に継続しているのですから嬉しい限りです。

 人は見果てぬ夢を見るものです。そしてその夢を司馬遼太郎の「坂の上の雲」流にいえば、一朶の雲としてそれのみを見つめて坂を昇ったから掴んだのかも知れないのです。椎川忍さん、地域のささやかな活動にスポットを当てていただいてありがとうございました。


  「ガバナンス 五月の号に 俺のこと 書かれ赤面 嬉し恥ずかし」

  「雑誌記事 切り抜き持参 友感謝 読書能力 敬服しきり」

  「地域力 人間力の 言葉見て 上手い表現 俺には出来ぬ」

  「表から 消えた男に さりげなく エールを送る 東京の人」  


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○昨日は双海~松山間を3往復しました

 昨日は双海と松山を3往復するなど、とにかく忙しい一日となりました。そもそもその忙しさの大本は、親父の県立中央病院での検査が入ったからでした。2週間前に脱腸のような症状が出て、病院へ連れて行って欲しいと言うので連れて行き、血液検査などのこまごました検査はその日に済ませましたが、エコーとCT検査は日を改めてというはなしになったのです。検査の時間を優先するため、私のダブってしまった午後の会議を無理を言って相手に午前中に変えてもら急に忙しくなってしまったのです。

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(えひめ地域政策研究センターが入居した愛媛県商工会連合会のビル)

 私に合わせてもらった午前中はえひめ地域政策研究センターの会議は8時30分からなので、朝の通勤ラッシュに巻き込まれないよう少し早めに家を出ました。今年の3月からセンターはJR松山駅近くの宮田町にある愛媛県商工会連合会の3階に移転したため、これまでリズム的にセンターへ立ち寄る機会が大幅に減ってしまいました。もっともそれは私がセンターに事務局をおいて拠点に活動している、えひめ地域づくり研究会議の代表運営委員を降りたからでもあるのですが、仕事やついでに立ち寄り事は大幅に減ったような気もするのです。

 午前8時30分から始まった審査会は2時間ほどで程なく10時前には終わりました。急いで双海まで引き返し、軽い昼食をした後休む間もなく今度は親父を連れて病院へ直行しました。親父は検査のため昼食を抜いているため、何処となく弱々しく感じました。

 県立中央病院は老朽化と最新の医療施設へ変身するため立替作業の真っ最中で、周辺はこれまでと一変し何となく慌しさが伝わって、患者さんの中には駐車場や受付などで迷っておられる方を多数見かけましたが、私たちは10日ほど前に親父の初診で来ていたためスムースに指定された時間に検査会場へ入りました。

 まず78番の窓口でエコー検査です。耳の遠い親父は検査技師の小さな声が聞こえないらしく不満を漏らしていたので、検査技師さんにその旨を伝え、私はロビーで待機しましたが、検査による極度の緊張で親父は多少トラぶっているようにも見えました。エコーが終わると107番受付で55番のCT検査に回されました。ここでは撮影のために造影剤を飲まなければならないため、まれにあるあれる儀反応事故に対応して本人と保証人の同意書の作成提出を求められました。やがて親父は検査衣に着替えさせられて造影剤を注射されCT検査室へ入って行きました。ここでも検査技師の女性の方に高齢で耳が遠いことを告げていたため、中の大きな声の会話が概略外まで聞こえてきました。親父は二つの検査を終えて意気消沈、本当に病人になったような雰囲気でした。


 次回の検査結果説明会の予定の書き込まれた会計処理伝用をもらい、病院を出たのは3時過ぎでした。急いで自宅へ引き返し、親父を降ろして夕方五時過ぎ再び松山を目指しました。夢工房のメンバーである知人が春の人事異動で次長(地方局の部長)に昇格したため、ささやかな少人数の祝う会を、長年行きつけの四十雀という居酒屋で行いました。宇和島周辺の4人に私と次長さんが集まり、6人だけのこじんまりとした呑み会でしたが、飲むほどに大口を叩くボルテージの高さは相変わらずで、久しぶりに旧交を温めることができました。

 遠来の客の帰宅時間も、更には私のあくる日の予定もあるので2時間余りで切り上げ、私の車で次長さんを自宅近くまで送り、わが家へは9時過ぎに到着し、3度の忙しい松山通いはひとまず終わりました。車に乗れるからできる離れ業に感心しながら、昨日一日を振り返りましたが、忙しくも充実したいい一日となったようです。

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(ささやかな仲間の昇進祝い)

  「近そうで 遠い松山 三回も 往復少し 疲れ感じる」

  「車とは 便利なものと 改めて しみじみ思う 忙し一日」

  「友出世 俺にゃ無縁の 階段を 一朶の雲を 見つめて昇る」

  「病院へ 行けば必ず 病人に なった顔なる 老いた父親」

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