shin-1さんの日記

○役場に勤めたから出来たと言われても・・・。

昨日人間牧場ロケ風呂の下の畑で草刈をしていると、何やら大きな声がするのです。草刈に熱中していたのとエンジン音で聞こえなかったようで、声が聞こえ一瞬我に帰りました。見ると顔見知りの女性を含めた3人が笑顔で立っていました。聞けばお盆が近づいたので人間牧場下のお墓に姉妹でお参りに来たというのです。顔見知りの二人のうち一人は伊予市、一人は双海町でした。もう一人は大阪に住んでいるらしく始めて顔を見ました。

 人間牧場近くに実家があるので、子どもの頃からお二人の顔は覚えていますが、大汗をかいて草を刈っていた私を見て、お二人は私の痩せた姿を見て一応に驚き、「どこか具合が悪いの?」とか、「そんなに痩せて大丈夫なの?」と心配してくれました。

 お二人の知っている私は、今より15キロも太っていたのですから、そんな驚きの声も当然かも知れないのです。「実は10年前、胆のう摘出手術をしてから痩せまして」とるるそのいきさつを説明しましたが、説明すればするほど心配は深くなるようでした。「私など痩せたくても痩せない。世の中は上手く行かないねえ」と大笑いをしました。「折角なので中を見せてくれない」といわれたので、水平線の家の中に入り、縷々見学と説明をしてあげましたが、「こんな施設を作ったあなたは凄い」「あなただからできる」「何とも羨ましい」と持ち上げてくれました。「これは私の長年の夢でしたからと話しました。

 「進ちゃん、あなたは役場に勤めたからこんな夢も実現できたのよ。百姓や漁師をしていたらこんな夢みたいなことはやろうと思っても出来る訳がない」と、暗にこの地で農業を営む自分の弟に同情するような話をするのです。私は即座にやんわりと反論しました。私は安月給のしがない地方公務員でした。それでもお粗末ながら家を建て、4人の子どもを育てました。そして10年間夢を育み人間牧場構想を実現したのです。それは役場へ勤めたからでもなく、役場に勤めた義務感でもないのです。いわば若松進一という人間の生き方なのです。

 私は役場に勤めていた印象が余りにも強過ぎて、リタイア後もそのイメージはついて回っています。それは仕方がないことですが、生き方まで役場流だとは思わないのです。

 時々人間牧場を役場の一施設だと勘違いされる人がいます。ゆえに私のサービスが悪いと顔を曇らせる人もいるようですが、人間牧場に関して補助金などの女性は一切当てにせず、全て自分が長年かけて蓄えてきた資金で造ったのです。

 役所に勤めた人は往々にして役所に批判的で協力的ではないとよくお叱りや批判を受けますが、私は人間牧場はむしろ地域への恩返しだと考え、子ども教室や年輪塾などに広く開放しています。地域外の人にそのことを理解して欲しいと願っても、意思は通じるすべもありませんが、偶然の出会いで降って湧いた問いかけに考えさせられた一日でした。

  「元役場 そんな目線で 俺のこと 見ていたなんて 少しショックだ」

  「役場いた お陰でこんな 場所できた 言われるけれど そんなことない」

  「焼肉を すればどんなに 楽しかろ そんな人など 来て欲しくない」

  「近々に ウッドデッキに 寝そべって 天の川見る これは楽しい」


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