shin-1さんの日記

○凄いねえ、渡江歌舞伎くずし盆踊り

 お盆だというのに忙しいことです。昨日は妻を誘って西予市明浜町渡江の盆踊りを見に行きました。昨年度西予市が行った地域づくりグランプリの審査委員を頼まれ、準グランプリに輝いた歌舞伎くずし盆踊りという珍しい郷土芸能を、一度は見ておきたかったのです。明浜町に住む親友原田さんと連絡を取り合い、5時過ぎに明浜町へ着く予定でしたが、お盆は迎え火やお料具など主婦にとっては欠かせなしわが家の仕事があるので、結局は午後5時の出発となってしまいました。海岸国道を通って大洲から西予市宇和町まで無料高速道路を走り、明浜へ着いたのは以外に早い午後7時でした。宇和町から野福峠の九十九折の道を下ると、眼下に法華津峠の素晴らしい眺望が左に右に広がり、妻は感激の面持ちで目を見張っていました。

 親友の原田さんは出発時に電話が張り、お母さんの容態が思わしくなく出会えないと連絡が入り、変わって地元の人が数人案内してくれました。盆踊りが始まる前の20分ほど、近くの民家を訪ねて焼肉パーティの輪に入らせてもらいましたが、酒を飲まない肉も食わない私なのですが、悪いと思い差し出された肉を一切れ、それにソーメンをいただきました。

 やがて太陽が西の端に隠れ海沿いの公民館前広場では盆踊りが賑やかに始まりました。盆踊りは元々精霊を供養するために踊られたもので、渡江歌舞伎くずし盆踊りは昭和62年に西予市無形文化財に指定されていますが、中々見応えのある一風変わった盆踊りなのです。演目は水戸黄門、藤娘、清水次郎長一家、娘道成寺、熊谷陣屋、曽我兄弟、梅王・松王・桜丸車引き、義経千本桜、二枚笠、巡礼お鶴、力くらべ、神田祭、忠臣蔵五段目山崎街道の場、志賀段七、白波五人男、欧州安達ヶ原宗任・貞任、勧進帳、忠臣蔵の一場面・徳利の別れと続くのです。

 口説きは2時間にわたって朗々と続きますが、演技する人たちがプラカードに先導されて次々と入場し、4組くらいの踊りが場内を一巡したところで一組ずつ退場入場を繰り返すのです。盆踊りもさることながら化粧や衣装はまるで本物の歌舞伎に出てくる人を見ているようでとても艶やかで、まるで本物の歌舞伎を見ているようでした。

子どもから大人まで、地区ぐるみで行われる盆踊りは、盆踊りの私の常識を覆すようなものでした。私の町の沖合いに浮かぶ青島に伝わる赤穂浪士の盆踊りも子どもの頃に見ました。まt青島から伝わったというわが町の池久保と石久保の盆踊りも、それはそれとして立派なものですが、一ヶ月に及ぶ衣装、踊り、くどき、太鼓、囃子などの準備や練習のことを思うと、深い感動を覚えるのです。

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(開会を待つ夕暮れ時の盆踊り会場の静寂)

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(盆踊りに先立って練り歩く竹あみ)
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(観客も演技者も一体となった盆踊りに大勢のカメラマンも汗だくでした)

 追伸

 観客の中に、かつて社会教育主事講習を香川大学で受けた宮本さんに出会いました。今は老人会長をしているようです。また普及所でお世話になった課長さんや、水産高校を「卒業して半世紀、多分これが2度目の出会いとなった同級生の稲葉さんにもひょっこり声を掛けてもらいました。嬉しいことでした。

  「妻誘い 歌舞伎くずしの 盆踊り 噂どおりの 凄い迫力」

  「幼小中 高校生まで 加わって 地域ぐるみで 伝統守る」

  「そこここで 懐かしい顔 見つけたる 踊りの外輪 こんなとこまで」

  「来年は 友達誘い また来たい そんな気がした お盆の行事」 


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(16日掲載の愛媛新聞記事) 

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shin-1さんの日記

○孫の宿題

 12日の夜から14日まで、娘の仕事の都合で孫2人をわが家で預かり、昨日は帰省した息子の子ども2人も合流して、今年もわが家は賑やかなお盆となりました。小学校2年になった孫朋樹を覗けば1歳、2歳、3歳と聞き分けのないやんちゃ盛りの子どもばかりなので、家中おもちゃは散らかしたり、鳴いたり笑ったりと、まあ賑やかです。そんな中でも朋樹は夏休みの宿題を持参して、朝の涼しいうちは私の部屋の書斎椅子を占領して、勉強に励んでいるようです。

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 夏休みの宿題に、読書感想文と俳句を作るのがあるようで、読書は「おしいれのはなし」という本を既に読み終わっていて、どんなことを書くか迷っていました。プリンターの給紙用の紙を3枚渡し、読む前、読んで分かったこと、読んだ後の感想を書いたらと話してやりました。

 孫朋樹は言うことを聞かないので一度だけわが家の押入れに入れたことがあります。泣き叫ぶ孫を押入れに入れて戸を閉めましたが、その時はとても怖かったようです。また先日は孫3人が悪ふざけをして押入れの布団を全部外に出して、毛布などで陣地を作り遊んでいました。その様子と本を読んだ話と比較しながら原稿用紙2枚に書いたようですが、何とか書き上げたようです。

 一昨日は二つ目の国語の宿題である俳句づくりに挑戦です。運よく肱川町山鳥坂の夜神楽を見学に出かけましたが、その道すがら車の中で色々なことを考え、頭に浮かんだ五七五をメモすることにしました。あいにく車内には筆ペン一本と汚れた封筒が一枚あるだけでしたが、朋樹は1時間30分の道すがら7首もの俳句を作ったようです。宿題なので秀作は未発表にしたいと思いましたが、一句だけ紹介すると「ひまわりは お日さまむかい さいている」程度の俳句のようです。動く車の中で、しかも膝の上に置いた封筒に筆ペンで書いた文字は、まるで芸術品のような出来栄えでした。指折り数えて五七五、何とも面白い句会でしたが、車の中で考えた俳句は早速清書して宿題は一件落着したようでした。


 私も孫と同じように今月中に3本の原稿を宿題として頼まれています。既に2本は書き上げていますが、後1本はまだ構想段階です。孫と同じように要らなくなった使い古しの封筒の裏に、思いつくまま書きたいイメージをランダムにメモしましたが、どうやら原稿用紙10枚ほどの原稿の構想は孫のお陰で固まったようです。

 この歳になっても私のようなものに雑誌や機関紙の原稿依頼がかなりの頻度で舞い込みます。その都度エッセイストになったような気持ちで、浅学な浅知恵を働かせて書いていますが、拙文は免れません。孫のお陰で宿題を片付けつつある私です。


  「宿題を 持って孫たち やって来た 読書に俳句 少し助言を」

  「『ひまわりは お日さまむいて さいている』 中々いい句 褒めてその気に」

  「孫つられ 俺も宿題 原稿を お陰で一本 書き上げました」

  「当分は 孫と付き合う 夏過ごす 童心帰り 俺も楽しむ」


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