shin-1さんの日記

○蜂は夜どうしているのだろう

 家の裏山に巣箱を構え、その巣箱に蜂が分蜂してからは蜂のことが気がかりで、暇さえあれば裏山に上って蜂の観察を続けています。今までは人間牧場にしか巣箱を設置していなかったため、人間牧場へ行かないと蜂と面会できませんでしたが、今はその気になれば直ぐにでも見ることができるし、わが書斎の窓を開けば見えるのです。

 裏山の巣箱に蜂がキンリョウヘンという日本ランのお陰で自然分蜂し入居たのは、5月19日に巣箱を設置した明くる日でしたから5月20日だったと記憶しています。以来ミツバチは3ヶ月間、働き蜂と異名をとるほど人知れず働いて、せっせと巣を作り蜜を集めているのです。

 今月に入ってミツバチの様子が少しおかしいのです。それまでは巣箱の小さな出入り口出たり入ったりしていましたが、勿論その行動をする蜂も沢山いるものの、かなりの量のミツバチが入り口付近で中に入ることもなくたむろしているのです。巣が太り中が満杯になったので溢れたのならこれに越したことはありませんが、余りの暑さで中の気温が上がって外で涼んでいるとも考えられるのです。

 早速ミツバチの師匠である井上登さんにメールでご指導を仰ぎましたが、原因はよく分からないということでした。これ程入り口にたむろすると底板を抜いて掃除をする勇気もありませんが、今日あたり人間牧場から網頭巾を持ち帰って掃除と中の観察をしたいと思っています。

若松進一ブログ
(巣箱に入り口にたむろするミツバチの大群)


 今朝散歩がてらミツバチの巣箱を観察に行きました。ミツバチたちは夜何処で寝るのだろうと思いましたが、どうやら巣箱の外や中にとまって休むようで、今朝5時半の時点では写真のように殆どの蜂が羽を休めていたようです。そして朝日が差し込む頃になると蜂たちは一斉に活動を開始して蜜集めに飛び立つのです。

 ミツバチの飛ぶ速さは予想異常に早いようで、まるで投げたボールような速さで巣箱めがけて帰ったり飛び立つようです。夏のこの時期は蜜源となる花などそんなに多くないと思われるのに、一体何処を目指して飛んで行き、蜜を集めて帰ってくるのか、行動範囲は片道2kmだといわれていますが、これも定かではないのです。

若松進一ブログ

(隙間がないほど群がるミツバチ)

 昨日の朝NHKのテレビを見ていると、蜂蜜の効果が見直されているようです。それは今までの甘味としての利用にとどまらず、美容効果も抜群だというのです。蜂蜜と塩、蜂蜜と卵白などと組み合わせる化粧品や石鹸が飛ぶように売れているというのです。

 私は蜂蜜をパンにつける程度でしか食べていませんが、蜂蜜とレモンの相性や、料理に使うといいという話を聞いて益々蜂蜜の虜になってきました。私が人間牧場でミツバチを飼い始めたのは、人間牧場へやって来る子どもたちに大自然の素晴らしさを少しでも味わってもらおうという単純な発想から生まれたことなので、NHKで紹介されているようなことは考えていませんが、蜂蜜の効能は思ったより大きく、面白い展開になりそうです。


  「ミツバチが 巣箱の前に たむろする どんな相談 してるのだろう」

  「巣箱下 掃除したいが この中に 両手突っ込む 勇気などなし」

  「蜂蜜は 栄養美容 特効と 聞いてよっしゃと 腕をまくりぬ」

  「蜂蜜を 採るか採らずか 迷ってる このまま来年 待つの一案」



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shin-1さんの日記

○家庭菜園でのトマトの実験

 毎日35度を越える猛暑日が続いて、家庭菜園の野菜類が根を上げつつあります。笑い話のようですが野菜の根が上がるころになると野菜は品薄になり値が上がるのです。瑞々しい緑色のキューリも今ではしおれてしまって、取り残した黄色いキューリが2~3本無残な姿をさらけ出しているようです。

 そんな中で、親父が毎日水をやって育てているトマトとナスは今のところ順調に生育して、収穫したものは毎日食卓を賑わせているのです。

 畑の隅に何本か野生のトマトが芽を出していました。昨年収穫した後畑の隅に置き忘れたトマトから種が落ちてそれが芽吹いたものと思われます。草刈や耕運機での中興の際に勿体ないとばかりにそのまま放置していました。ゆえに水をやることも垣根を作ることもなく、地べたを張っているだけの、まさに野生のトマトなのです。

 一方トマトの摘芯をした折、摘芯をしたものを、これも無造作に畑の隅に挿し木をする実験をしてみました。これも5本ほど挿し木しましたが3本が生き残り野生のトマトと同様まったく世話もせずに放置していましたが、これも順調に成長し土の上を這いつくばって生きているのです。

 毎年のことながら水をやり続けて育てたトマトやナスは一度水をやるのを止めると、3日で枯れてしまいます。多分苦労して自分が動かなくても他所から水をくれるというDNAがいつの間にか育っているのです。一方野生や挿し木して育ったトマトはご主人様に見放され、自分で水分を取らねば誰も助けてくれないとこれまたDNAが働き、地中不覚へ根を伸ばして生きているに違いないのです。

 野菜は育ちの環境によってこのように随分違った一生を辿るのです。育つ環境には自分で育つ環境と育てる環境の二つがあることを、今年も畑のトマトから学びました。

 トマトを育てながら子育ての極意を考えてみました。私は4人の子宝に恵まれましたが、忙しさの余りに子育てなど殆ど妻に任せきりで、子どもと遊んだ経験も殆どないと子どもたちは述懐するのです。つまり私は子どもたちに水を与えなかったのです。しかし妻という土や太陽の恵み、それに適当な水分によってかろうじて普通の子どもに育ちました。戦後の貧しい時代だった故放置されて育った私ほどではありませんが、それでも心の優しい子どもは育ったのです。現代の子育てはむしろ水をやり過ぎ、肥料をやり過ぎ、垣根を作り過ぎ、期待を持ち過ぎて、根っこが張らずむしろ根腐れをおこしているようです。トマトの実験は子育てにも参考になりますね。

  「水やらず 育てたトマト 生き残る 感心しつつ 子育て同じ」

  「野菜たち 一雨欲しい 言っている 天気予報じゃ 雨はまだ先」

  「根が上がる ゆえに野菜の 値が上がる そろそろ秋の 準備をせねば」

  「水やらぬ 親父九十 生きている 見習いたいが 少しバテ気味」


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