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○雨の中コンニャクイモを植え付けました

 オープン以来5年目を迎えた人間牧場には様々な植物が今年も元気に育っています。オープンより前に植わっていた梅の木は毎年沢山の梅の実を収穫し、梅干や梅ジュースにして来訪者に振る舞い喜んでもらっていますし、自生のツワブキやフキも季節の香りとしてわが家の食卓をにぎわせてくれているのです。また子どもたちと一緒になって育てているサツマイモも、ブルーベリーも、蜂蜜も今年はもっともっと収穫できるように心を新たにしているところです。人間牧場では子の外牧場内に自生している野草を天ぷらにして食べる試みも昨年やりましたが、好評のようなので今年も是非やりたいと思っています。

 さて人間牧場でまだ日の目を見ていないものにコンニャクがあります。3年前に2年物の種芋をサツマイモ苗床の脇に植えました。一個はいのししの被害に遭ったのか掘り出されて枯れましたが、10個植えた残りの9個は今年も元気で大きな芽を出していて、足し算すると今年が5年目なのでそろそろ掘り出してコンニャク作りに挑戦しようと思っています。昨年の芽吹きを見るとコンニャクイモの直ぐ横から小さな茎が出ていたので、小芋も期待できるかも知れません。

 今年親芋を収穫してコンニャクを作ると、次の親芋が必要となるため、今年はサツマイモ畑の下の小さな畑を冬の間に開墾して準備をしていたので、種物屋で先日30個も小さな2年物の種芋を買いました。一つ100円程度だったので3000円の投資ですが、3年後には大きな芋に成長するだろうと期待をしているのです。

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(小さなコンニャクの種芋)

 昨日は午後から雨が降り出しましたが、たいした雨でもないので、人間牧場へ行き、開墾した畑にコンニャクイモを植え付けました。小ぶりといっても雨は雨、多少濡れましたが春雨ゆえに何とか植え付けを終えました。持って行った竹の支柱を30本打ち込み、種芋の在り処の目印にしたのです。雑草の生長が旺盛なためコンニャクイモが何処にあるのか分からないと除草ができないからです。

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(植え付けを終え種芋の場所が分かるように嶽の支柱を立てました)

 植えつけ終えたものの畑にはまだ余裕があるので、後20個くらい種芋を追加したいと思っています。はてさて、種芋は元気に育ってくれるでしょうか。獲らぬ狸ならぬ食べぬこんにゃくの味算用を今からしていますが、実は私コンニャクは子どもの頃から余り好きな食べ物ではないのです。でも人間牧場のメニューとしては今後欠かせない存在なので、人間牧場へ来る人のためにせっせとコンニャクイモを育ててゆきたいと思っている今日この頃なのです。

  「親芋を 作る手立ての 子芋植え コンニャク畑 雨に打たれて」

  「本当は コンニャク苦手 だのに何故 みんな喜ぶ それでいいのだ」

  「種芋を 買ったお金が あるのなら コンニャク何丁 買えるのかしら」

  「親芋に 子芋付きたる 土の中 親の恵みで 子芋大きく」  

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○夏野菜の植え付け

 「春に三日の日和なし」といわれていますが、今年の春は寒さを伴った雨の日が多く、昨日も午後から雨が降りました。最近は天気予報もよく当たるので、前日妻が大量に買ってきた夏野菜の苗物を、親父と二人で植える作業をしました。まず納屋から耕運機を取り出し、植え付ける場所を丹念に深耕するのです。こうすることで幾分か雑草が生えるのを押さえ、植えつけた野菜が元気よく育つのです。

 親父は今年92歳になりますが、足腰や耳目は衰えたもののまだまだ元気で、毎日畑の世話をしているだけあって暖炉理が極めてよいのです。植え付けに必要な道具類は記憶が悪くなったといいながらしっかりと覚えていて、直ぐに取り出してくるのです。几帳面な性格は歳をとればいい加減にしてしまうものなのですが、親父の場合はますます頑固になって、畝立ても目印用の綱を張り、私より綺麗に畝を立てるのです。

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(農作業をする親父はまだまだ元気です)

 苗はナス10本、ピーマン・パプリカ・シシトウ類12本、キューリ5本、トマト4本、カボチャ2本、マクワウリ2本、赤目さといも20個、パセリ2本、セロリー2本などでしたが、菜園の主導権を握っている親父と相談しながらあちらこちらへ植えつけて行きました。

 地を這うカボチャやマクワウリなどは別として、ナスやピーマンは支柱が必要だし、キューリは垣が必要です。家の裏山から20本ほどニガタケを切ってきて支柱にし、ビニールの紐で軽く結んで風に倒されないようにしました。植えた苗の根元には牛糞堆肥と籾殻を丹念に撒いて、丈夫に育つよう祈りました。

 今年は外気温が低く風も強いので、根付くまでのしばらくの間、特に弱いナスには、肥料袋を半分に切ったビニールで風囲いをしました。親父は毎年する農作業なおで、ビニール袋も風囲い用の竹も大事にしまっていて、直ぐに間に合いました。

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(風囲いしたナスの苗、ピーマン類も嶽の支柱を立てました)

 里芋はジャガイモと同じように、少し低めの畝を立てました。太るごとに土を根寄せして子芋の成長を促すからです。先日植えたツルインゲンの芽が出始めました。この時期野鳥が新芽をついばむので、親父は魚網を納屋から出してきて、その上にすっぽり被せました。こうすることで野鳥の被害に遭わなくてすむのです。

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(赤目里芋の植え付け)

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(親父苦心の野鳥除け魚網ネット)

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(2月に植えたジャガイモも全て芽を出し順調に育っています)
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(咲き始めた畦に植えたつつじ)

 季節が巡って菜園の畦に植えているつつじの花が随分開花してきました。この分だとあと一週間もすれば満開を迎えそうで、わが家は一年中で一番花の多い嬉しい季節を迎えるのです。今年も近所の人が石垣の下の道を見上げながら、また家へ立ち寄りながら花見をしてくれることでしょう。


  「夏野菜 今年も親子 ともどもに 腰をかがめて 菜園植える」

  「老いてなお 我が家重宝 する親父 言うがままする なすがままする」

  「体力も 気力も勝てぬ 老い親父 俺が勝てるは 食うと口だけ」

  「作物は 被害に遭って 泣くよりも 知恵だし勝てる 方法実践」

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○サンデー毎日も相変わらず忙しい

 親父の直ぐ下の叔父が亡くなって2年が経ちました。昨日はその三回忌の法事あって、松前町の叔母の家に行きました。2週間前に直ぐ下の叔母が急逝して葬儀を行ったばかりなので、親族一同と顔はすっかり馴染みとなり、また来月15日には叔母の49日の法要のために集まる予定なのです。お目出度ではなくお悔やみや法事での集まりは何処となく心が沈んで元気が出にくいもので、体の不調や将来のこと、家族の消息などがヒソヒソと話し合われました。

 和尚さんの説教はためになることが多く、私にとっては法事の楽しみの一つです。この日の説教は49日、一周忌、三回忌、七回忌と続く亡くなった人の法要は何故するのかというお話でした。年を重ねる法要ごとに本尊さんが変わられるそうで、三回忌は阿弥陀如来が本尊だそうです。なるほどなるほどと頷きながら説教を聞かせてもらいました。自宅に設えた祭壇の前で読経と焼香を済ませ、近くの墓地へ行って読経と焼香を済ませました。自宅に戻って精進料理を囲んで食事をするのですが、私は午後から今治市日吉地区の自治会総会で公園が予定されていたため、妻を残して早々にお暇して家を出ました。

 この春今治から伯方に転勤した警察官の息子に昨晩電話をかけて日吉自治センターの場所を聞こうとしましたが、あいにく仕事中だったので聞けずにいました。松前の家を出ようとする時息子から電話が入り、事細かく説明してくれましたが、多少不安な面もあってカーナビに電話番号入力し、カーナビが選んだ直近の奥道後~水ヶ峠経由で今治に入りました。新年度が始まりその喧騒も、また花見の時期も終わって世間は幾分落ち着きを取り戻したのか、車の量も思ったほどではなく、沿線の山の日増しに彩を増す前回とは違った風景を楽しみながら山道を楽しみました。

 国道から蒼社川沿いの道に入りましたが、沿線にはまだ十分楽しめる名残の桜が沢山咲いていました。かつて旧友重見さんのお世話で講演に来たことのある美寿賀病院の近くにカーナビの指示通り日吉自治センターはありました。会場では既に総会が始まっていて、午後2時30分まで事務室で若い事務員女性と雑談しながらお茶をいただきました。

 総会はこじんまりとしていましたが、各地域の代表が集まっていて、「自治会とまちづくり」という演題で1時間ばかりお話をさせてもらいました。多少笑い声には欠けましたが皆さん熱心で午後の会なのに眠る人もなく私の役目を終えました。

 帰りに懇親会用のお弁当までいただきましたが、そういえば昼ご飯を食べ忘れたと空腹を感じましたが、少し我慢して自宅まで5時過ぎに帰り、妻の手料理で昼食と夕食を兼ねた食事となりました。

 旧関前村の島崎さんのお声掛りで立花、清水、日吉とこのところ三回も講演の機会をいただきました。講演を終わったそれぞれの地区からお礼のお便りやメールが届き、近々人間牧場へも足を運びたいという連絡があって、新たな交流に発展しようとしています。嬉しい出会いに感謝する今日この頃です。

  「サンデーに なればなったで 忙しい 今日も一日 あれやこれやと」

  「カーナビは 偉いもんだと 感心す 息子説明 よりも確実」

  「そういえば 腹がグーグー 昼飯を 食べるの忘れ 一日過ぎた」

  「山の色 日増し鮮やか なりにけり 季節動きて 吾も動きぬ」

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○あらしやま山荘を訪ねる②

 年輪塾塾頭清水さんは生家をあらしやま山荘と名付けています。京都の嵐山を思い出すあらしやまという名前は、どうやら荒れる=荒らす=あらしやまの方が近いのかも知れませんが、標高200メートルの標高と石垣を築いた立地は、垂直思考の沸く場所であり、この場所で育ったことが清水さんのものの考え方の基底だと納得したのです。

 年輪塾の塾頭を勤め、年輪塾ネットの管理運営を一手に引き受けている清水さんとの出会いは7年前に遡ります。JAから出向してえひめ地域政策研究センターへやって来ましたが、今までのどの研究員とも毛並みの違う閑挙げにすっかり意気投合し、以来何かにつけて相談したり、特に人間牧場で立ち上げた年輪塾のブレーンとして今日まで袂を分かち合っているのです。

 清水さんが担当した舞たうんの表紙絵に柳原あやこさんの書いたあらしやま山荘の絵が使われていたことを思い出しました。桜の咲いた頃の絵だったので、「あの桜はいつ咲くのか」「桜が咲いたら花見でもしよう」などと相談を持ちかけていましたが、これまで忙しくて一度も実現していませんでした。一週間後に迫った年輪塾の打ち合わせを兼ねて花見をしようということになり、米湊大番頭、松本小番頭、地元の菊池さんを誘い、私を含めて5人だけの小さな花見となりました。

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(雑誌舞たうんの表紙絵はこんなアングルだったと記憶しています)

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(資料の中から出てきた舞たうん89号の表紙絵、上の写真と比較して見て下さい)

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(今が盛りと見事に咲いていた八重桜)

 漆塗りの座敷に陣取り、座卓を囲んで早速清水さんが友人に特注して作ってもらったという幕の内弁当を広げました。地産で旬にこだわった会費千円の弁当は、私にとっては採光の贅沢のような花見弁当で、美味しい弁当に舌鼓を打ちながら端楽しい話に花を咲かせて、最後は清水さん自らが焼いた美味しいケーキをいただきながらお茶を飲み、3時間もゆったりとした時を過ごしました。お暇する前庭に出て奥さんを交えて鼻をバックに記念写真を撮りました。

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(朱塗りの弁当箱に入った旬の花見弁当は美味かったです)

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(座敷での楽しい語らい)

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(季節の彩りをバックにあらしやま山荘にて)

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(諏訪崎など八幡浜湾の絶景)

 帰りは私のわがままを聞いてもらい、金山出石寺経由の道を走り、見返り坂から春霞に煙る八幡浜湾の素晴らしい眺望を堪能し、途中で出石寺のお参りをしました。松本さんと麓の長浜町豊茂を訪ねた時雪の中を出石寺に参拝したことが思い出されましたが、この日の出石寺は、地元に人が沿道に植えたアジサイの新芽が顔を出し、八重桜も満開の少し肌寒い天気での参拝となりました。

 お参りの途中に宇和島の小林さんから電話が入ったり、岡山へ結婚式に出席している高知県馬路村の木下さんと電話で交信したり、三人寄れば何とやら、酒の勢いもあって車内は相変わらず賑やかでした。

 不注意にも給油を忘れ給油警告ランプが点灯する中、どうにか下灘の綿井給油所までたどり着き、松本さん、米湊さんをそれぞれ降ろして楽しい一日を終えました。


  「気心の 知れた仲間と 呑む酒は 心浮き浮き 話も弾む」

  「雪の中 かつて訪ねた 山寺は 今を盛りと 桜花咲く」

  「塾仲間 誘って今夏 この地にて 塾を開こう 話まとまる」

  「大変だ 給油警告 ランプ点く ガス欠不安 山道下る」


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○あらしやま山荘を訪ねる①

 昨日は来週開催予定の年輪塾の打ち合わせを兼ねて、大番頭米湊さんと小番頭松本さんの三人で、八幡浜日土にある清水塾頭の家を訪ねました。寒気の影響で少し肌寒いものの空は青く晴れ渡り、国道378号線の横に広がる伊予灘の海も穏やかでした。三崎半島を貫通するような長い長い鼛女トンネルを抜けて保内の町外れまで国道197号線を走ると、「金山出石寺左」の矢印が見えてきました。そこからは谷沿いに細いみちをキロ近く進みました。松本さんは一週間前にも清水さん宅を訪問しているので、彼の道案内で進みましたが、人間牧場への急で狭い道を笑っている清水さんに笑い返してやろうと思うほどの狭さでした。

 米湊さんと松本さんが同行する時、特にお酒が入る時は決まって酒を飲まない私がアッシー君なので、この日も私の愛車に乗ってのお出かけでした。

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(勝手に庭の雑草を草削りする私)

 12時30分という約束の時間でしたが、せっかちな性分の私のことゆえ、少々早く清水さん宅に到着しました。清水さんはこの日の弁当を仕入れにいてあいにく留守でしたが、松本さんが携帯で電話をかけてくれ、少しそこら辺を散策するよう言われました。お目当てだった庭の八重桜は今が満開でかぐわしい匂いを漂わせて私たちを迎えてくれました。

 二地域空間を行き来し暮らしを楽しんでいる清水さんは、手が行き届かないのか、庭には少し雑草が伸びていました。咲き始めた霧島つつじの見事さもあって、私は勝手に倉庫から鍬を探し、雑草の草削りを始めました。雑草も野趣のうちと怒られそうでしたが、少しの時間勤労奉仕をさせてもらいました。手前味噌ながら庭に一筋の道ができ、赤い霧島つつじの花が一際美しくなったような気がしました。

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(農家の上がりかまち。大黒柱の太さと、石臼を利用した活花で住人のセンスのよさが伺い知れました)
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(座敷の障子窓から入る採光は優しさに包まれていました。
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(床の間の違い棚下に座布団を敷いて鎮座する福助さんの像はどこか二宮尊徳さんに見えてきました)

 間もなく友人の菊池さんと奥さんを伴って帰って来た清水さんの案内で自称「あらしやま山荘」と名付けた自宅内へ入りました。清水さんの家は昭和初期の古民家の風情を色濃く残していて、玄関や障子窓、格子窓などの窓越しに見えるやわらかい春の日差しが何ともいえない味を醸していました。さすが清水さんが自慢せず自慢するだけあって、感心しながら座敷に座りました。清水さん宅は標高200メートルだそうですが急峻な地形ゆえ殊更に座敷から見える山々や団端に点在する農家農村の遠望は素晴らしく、これだけでも必見の価値があると思いました。耳を澄ませばウグイスが、目を凝らせば山桜が、鼻を嗅がせば草の香りが、まさに山里ならではの春の香りでした。

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(窓からの遠謀も絶景でした)

  「人の家 留守に訪ねて 草取りす 住人戻りて 思わず驚く」

  「この里も 不便がゆえに 人過疎に 子どもの声も 少し遠のき」

  「この部屋で 大の字なりて 昼寝する こんな贅沢 住人だけしか」

  「入るなり 大黒柱の 大きさや 黒光する かまちに感心」

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○今年最後のワカメ干し

 野菜や魚に旬があるように、海で採れるヒジキやワカメなどの海藻類にも旬があります。旬というよりは適期といった方がいいのかも知れません。海水温度は暖めやすくて冷めにくいため外気温より20日間くらい遅れて進行します。冬の寒さが和らいで春がやって来ても、水はまだ冷めたままで「水がぬるむには少し時間がかかるのです。したがって海草の春の芽吹きは陸上より少し遅れますが、海草が芽吹く前に採取しないと、その海草に別の海草やプランクトンが付着したりしてみばを悪くするのです。寒いと海に入るのは冷たいしそうかといって水がぬるみ過ぎると海草の品質が落ちるのです。

 ヒジキやワカメなどの海草は干潮面辺りに生えます。月に1回大潮の時期になるとそれらが干潮で顔を出すのです。特に3月から4月の大潮は一年中で一番よく潮が引くのでみんなこぞって海岸に出てワカメやヒジキを採りあさるのです。

 私たちのように暇が合ったらなんて悠長な人間は、人の採った後追いになって中々採ることができないのですが、長年の感が働く私には、人が見向きもしないとっておきの場所を知っていて、今年も既にヒジキは一年分をゲットしましたし、ワカメも幾分保存しました。

 先日春の嵐が吹き海が時化ました。こんな日は改定のワカメが波に揺さぶられて根こそぎ海岸に漂着するのです。それをいち早く採るのもある意味私だけの秘密なのです。

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(特設のかまどと大釜)
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(湯通ししたワカメ)

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(ワカメの根株を片付ける親父)

 一昨日トロ箱に1ぱいのワカメを収穫して持ち帰りました。例の如くドラム缶かまどを取り出し、大きな釜にお湯を沸かして綺麗に水荒らしたワカメをお湯にくぐらせ、冷水でしめて張った縄に芯を取り除いて干して行くのです。細かい作業なので目の薄くなった親父はもっぱら干し場を作ってくれたり、使い終わった道具類の後片付けをしてくれ大助かりでした。

 昨日は雲のない絶好の好天に恵まれ、外出する10時間出に全て干し終えて出かけましたが、夕方帰宅すると親父はもう干し場を片付けワカメを薄いキャリーに取り込んで、仕上げの乾燥をしていました。今日一日乾燥すると、これで一年分のワカメを確保できるのです。

 ヒジキもワカメもこのように手間がかかるし中々手に入らないため、おすそ分けすると皆さんに喜んでいただけるので、来年もまたこの時期に同じようにワカメやヒジキを手に入れ、海草三昧の食生活を送りたいと思っています。昨晩の食卓にはワカメの茎の佃煮が食卓を飾りました。ごま油とワカメの絶妙な旬のハーモニーでした。

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(すだれ状に干したワカメ)

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(取り入れ仕上げ乾燥しているワカメ)

  「田舎ゆえ 田舎楽しむ 術を持つ 田舎暮らしは 楽しきものよ」

  「手間隙を かければ自然 幾らでも 暮らしに活かせ 健康さえも」

  「手間かけた 質素なもので 外交す 金はかけずも みんな喜ぶ」

  「いつもなら 捨てる部分の ワカメ茎 妻は佃煮 作りて食べる」

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○早い目覚め

 昨日は二ヶ月に一回の健康診断の日でした。半年に一回行っているエコー検査の日でもあるので、朝食抜きで県立中央病院へ9時過ぎに入りました。エコー検査の予約が10時なので、余裕を持って出かけたつもりですが、事前に血液検査をするよう自動受付機が指示を出していたため、血液検査の会場へ向かいました。昨日はどういう訳か血液検査のコーナーが混んでいて、私がいただいた番号は186番でした。こんなこともあろうかと、病院へ行くときは本を一冊持っていったお陰で、待ち時間も気にすることもなく待合ベンチで待っていました。しかし30分以上待っても検査は終わらず、結局時間ギリギリの10時に血圧検査は終わりました。


 さてエコー検査の受付には双海町出身の女性が毎度の事ながら温かく迎えてくれました。10時の予約でしたが、昨日は入院患者さんがベッドのまま検査室へやってくるため、私の順番は後となってしまいました。やがて検査室へ呼び込まれましたが、検査技師の女性が「若松さんお元気ですか」と声をかけてくれました。病院のベッドで「元気ですか」も可笑しいのでしょうが、そこは定期検査なので、雑談をしながらの検査となりました。聞けば県立中央病院の周産期センターに勤めている娘と同期の方らしく、わが家へも遊びに来たようでした。縁の不思議を感じながら、「異常はないようです。以上」でした。

 血液検査やエコー検査の結果を受けて10時30分から医師の診察予定でしたが、診察が始まったのは11時10分から、結局すべて異常なしで次回の検診予定を6月18日8時30分からに決め、会計で5千円近くの医療費を払い病院を11時30分に出ました。

 エコー検査は検査する腹部に検査カメラが動きやすいようにドロドロしたものを塗られます。検査が終わって熱いタオルで綺麗に拭き取ってくれるのですが、何処か気持ち悪い違和感があるので、帰りに思い切って温泉に立ち寄りさっぱりしました。その後苗物を売る店に立ち寄りコンニャクイモの種を30個買いました。人間牧場の畑に植えるつもりです。

 自宅に帰ったのは3時過ぎ、そういえば朝も昼も抜いてたと腹が減ったことを自覚し、夕食も近いことからポンカンと清見を2個食べ我慢しました。

 夕方親類の漁師さんから魚の提供があり、鳥に行き仕事で留守の妻に代わって荒ごしらえに挑戦しました。昨日は日ごろのリズムと違った一日を過ごしたため多少お疲れモードで、風呂に入って10時には床に就きました。ところが早く寝たため早く目が覚めて午前3時に目が覚めてしまいました。これも歳のせいだと納得して書斎に入りストーブを点けてブログを書いたり本を読んだり、メールを見たりして早い目覚めの朝を迎えました。

 今朝は昨日の夕方海岸で収穫したワカメをかまどでお湯を沸かし、天日干しする作業が待っています。また10時には清水さんのあらし山訪問があるので、それまでに作業を終えなければなりません。今日も朝から忙しい一日が続くようですが、とりあえず早朝3時からブログ2本のノルマも終えて万全の充実した一日を迎えられそうです。

  「二ヶ月に 一回病院 検診す 今度も検査 異常なしです」

  「あれこれと 普段と違う 一日を 過ごしたためか 早く床就く」

  「早寝した ために早起き 俺も歳 三時過ぎには 目覚めて寝れず」

  「さあ今日も 忙しいぞと 言い聞かす これが私の バイオリズムだ」

 

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○異常気象の中でも野生の花は咲く

 このところの気温の乱高下は明らかに異常気象というもので、全国のあちこちでは4月も半ばというのに雪が降ったり、北海道では瞬間風速30メートルの突風が吹いたりして、自然のいたずらが少々過ぎるようです。これは何も日本だけの問題ではなく、北欧ではアイルランドの火山が爆発して、その噴煙が北欧各地を襲い飛行機の運航に影響、各地で飛行場が閉鎖される騒ぎになっているようです。そのためイギリスやドイツに向かって飛ぶはずの日本からの飛行機直行便も飛ぶことができず、欠航が相次ぎ国際化した人々の暮らしを直撃しているのです。

 人々の暮らしに特に気温は大きく影響します。気温が前日より10度も上がったり下がったりすると、着る物に困ります。春が来たと思ってコート類をクリーニングして仕舞い春の衣服に衣替えしたり、ストーブの油を抜いて倉庫に収納したりしたものを、慌てて出し直したりしなければならないのです。

 わが家でもこのところ殆ど使わなかった書斎のストーブを、この四・五日早朝には点火して使っています。私の毎年の予定表にはストーブの点け終わりを書いていますが、この10年では最も遅い点火となっているようです。

 気温が不安定なため野菜が軒並み高騰しているようです。特にキャベツは普通この時期柔らかい春キャベツが一玉百円前後で安く出回る時期なのに、300円程度も珍しくないようです。後手に回る政府は全農に対し野菜の供給を増やしたり企画外品も出荷するよう農林水産大臣が要請していました。

 野菜が高くて農家も小売店も儲けるだろうと野菜の高騰を見て思うのでしょうが、気象の変化が原因で出荷量が減っただけの話なので、農家も小売店も悲鳴を上げているのです。

 昨日の夕方の天気予報では、南国四国なのに「霜注意報」が発令されました。春が来たと思い込んで芽を出したり花をつけた植物は、春の気温でないと育たないのです。せっかく結実した梅の実が寒さに凍えてシワシワになったり、せっかく咲いた梨の花も10度以下では活動しないミツバチが飛ばず高配しないようだし、キウイフルーツの芽も寒さで枯れてしまったと農家は嘆いています。梅の産地の和歌山では10億円の被害だと報じられていました。

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(雨に誘われ顔を出したカタツムリ)

 それでも季節は春に向かって動いていて、わが家の庭や畑の隅に植えられているサツキは早くも色とりどりの花が咲き始めているのです。昨日久しぶりに運動のつもりで裏山を散策しました。このところ雨の日が多く日照不足気味ですが、冬眠から目覚めたカタツムリを見つけました。まt一面に淡い紫色のシャガやアザミの花が春を主張するように咲いていました。野の花ゆえに見る人もなく間もなく散ってゆくのでしょうが、愛らしく咲く草花にはこれまた趣があって、ポケットに忍ばせたデジカメを思わず向けてしまいました。何だかんだといいつつ季節は動いているのです。

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(シャガの花)
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(道端に咲く野アザミ)

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(草むらに顔を出したイタドリ)

  「噴煙で 憤慨案じ 空港が 閉鎖するとは 聞いたことなし」

  「このところ 気温はまるで エレベーター 野菜高騰 キャベツも悲鳴」

  「春が来た 人や植物 思ってた 霜が直撃 大きな被害」

  「足元を 見れば季節は 巡ってる 野辺花咲いて 散歩は楽し」

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○平城遷都1300年祭り

 世界遺産めぐり旅の最後は平城遷都1300年の会場となっている国営歴史公園を見ることです。見渡す限りの広大な敷地に様々な祭りの準備が進められていました。わが国が世界に誇る歴史文化遺産「平城宮跡」(特別史跡・国営歴史公園)を舞台に、半世紀にわたる発掘と研究、保存と復元の成果を踏まえ、平城京の建設と国づくりにかけた人々の情熱と知恵に触れ合う特別な展示・催事を展開しようとするもので、本格的なフィールドミュージアムを目指しているようです。

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 平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターであるセント君などの話題は新聞やテレビで見聞きするものの、その内容については知る由もなく、ただ漠然と会場周辺を散策しただけなのですが、私で二会場では千人余りの人が集まってプレイベントをやっていました。このイベントは今月4月24日から11月7日まで開かれる予定のようで、願わくば再度訪れ一日がかりでその内容をつぶさに見て歩きたいと思いました。


 今回は僅か一泊二日の世界遺産を巡る奈良県の旅でしたが、実に多くの日本のまほろばともいえる文化に触れることができました。私たちは日々の暮らしに追われて、教育・文化的ゆとりのないまま時を過ごしていますが、訪ねれば日本の基底に潜む文化をいくらでも体感できるのです。そのことは日本人としての誇りを持つことにつながるのですから、これからも折にふれ気に留めて訪ねたいと思った次第です。

 今回の旅のつれづれに、仲間たちと雑談しながら、人生とは何かということについても話し合いました。自分の将来や終わりの予測がつきかけた今、なすべきことは何かについても話し、自分の進化や社会への貢献を誓って分かれました。

 来年は飛騨高山の合掌造りを雪の積もる年明け早々に見に行くことが決まりました。お金を貯めて是非参加したいと思っています。


  「二日間 奈良の都を 訪ねたり 心に染みる いい旅でした」

  「来年は 雪の降る頃 飛騨訪ね 異文化触れる 旅を計画」

  「訪ねれば 訪ねるほどに 深くなる 心の井戸は 底さえ見えず」

  「気の遠く なるよな時空 体感す 桜今年も 変わらず咲き散り」

 

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○春日大社から興福寺へ

 奈良県に入り世界遺産を巡る旅に参加したものの、どの寺や神社が世界遺産なのか自分では下調べもしないまま、計画を担当してくれた仲間の言うがままなすがままに二日間を過ごしました。法隆寺、東大寺を見て回り、隣接する長い境内を歩いて春日大社本殿まで向かいました。

 これまでのお寺と違い神社は緑の中に突然朱塗りの鳥居や建物が目にも鮮やかに飛び込んできました。参道の両側には春日大社のシンボルである鹿を掘り込んだ寄進の鳥居が延々と続き、信仰の深さを垣間見ることができました。

 参加した会員の中には少し体力や歩くことに限界を感じる人もいて、一歩前を行く若手と比較的元気な私、それなりについて歩く連中が列を乱して歩きました。口は達者な連中なのに足腰は衰えを感じつつあるようでした。

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 その頃からポロポロしていた雨もボロでねじて上がり、春日大社にお参りして下る頃には薄い木漏れ日が差すほどに回復して、濡れている傘を日傘にして歩いたため、すれ違う外国人たちは、豆も振らないのに雨傘を差して歩く私たちを奇異な目で見ているようでした。

 参道を下ると興福寺です。興福寺は創建1300年という奈良きっての名古刹で境内の中金堂は享保2年の大火で焼失していて、現在は平成30年の完成を目指して改修工事の真っ最中でしたが、五重塔やその他の寺殿は雅な姿で私たちを迎えてくれました。

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 興福寺には国宝館があって有名な阿修羅像があるのですが、開館50周年の記念企画展が行われていて見学巣rことができました。残念ながら文化財を守るため場内の撮影は禁じられているので、その全容は目と心にだけ下とどめられませんでしたが、入場チケットの切れ端にのみその神秘な美しさは表現できませんでした。それにしても素晴らしい展示内容でした。八部衆と十六弟子像の現存十四体がずらり展示です。私たちが日ごろ何気なくパンフレットや教科書で見ていた国宝の仏像がこれでもかといわんばかりに展示をしているのです。日本の仏教文化の質の高さに圧倒されてしまいました。

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(興福寺国宝館)

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(国宝間の入り口)
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(チケットの阿修羅像)

  「念願の 阿修羅に出会い 手を合わす 闇夜に浮かぶ 神々しさに」

  「歩くこと 遅れ遅れし 友もいて 少し感じる 老いの坂道」

  「雨上がり 何故か開けた 傘を見て 外人奇異な 目で見て過ぎる」

  「気の遠く なる年月を 重ねつつ 五重塔は すっくと立ちぬ」 

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