shin-1さんの日記

〇ミツバチたちもスタンバイ

 昨年から命のリレープロジェクトの一環として人間牧場で始まったミツバチ飼育はいよいよ二年目の入ります。心配されたミツバチたちの越冬もどうにか成功し、昨日のように日中の温度が10度を超えると、ミツバチたちは一斉に活動し始め、遠近の蜜源の花から花粉や蜜をせっせと運んできています。越冬が出来るかどうか心配していただけに種蜂たちが動き回る姿は嬉しい限りです

若松進一ブログ

 昨日は午前中、ミツバチの師匠である西予市野村町の井上登さんに来てもらって、ミツバチの巣箱の点検を行いました。野村町の自宅から2時間近くもかかって来ていただくご苦労には毎回頭が下がり、早く一人前になって自立したいと思っていますが、まだまだ修行が足らない自分を深く反省するのです。

 少し早めに人間牧場へ行き、前日刈り残したツリーハウス周辺の草を刈り、水平線の家の周りの草引きをしていると井上さんはやって来ました。二人で防虫用の黒いネットを頭にすっぽり被り、種蜂の巣箱から点検を始めました。ミツバチたちは時ならぬ人間様のいたずらに気分を害したのか、黒い頭巾めがけて我ツンガツンと攻撃を仕掛けてきましたが、お陰さまで刺されることもなく作業をしました。巣箱の中では既に新しい営巣が行われているのか、古い巣が底板に落とされていました。

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 続いての作業は他の3つの巣箱を逆さまにして中のゴミ類を取り除き、バーナーで焼いた跡に蝋蜜を塗ってゆくのです。この作業は井上さん一人がほとんどやってくれ、私はただ見守るだけでした。昨年と同じ見慣れた光景の作業でしたが、蝋蜜の塊をいただいたので、4月24日開催予定の年輪塾セミナーに、馬路村の木下さんがミツバチの巣箱を二つ持参してくれるようなので、出来れば自主独立の気風で家の近くへ置いて、新しいミツバチの住処を作りたいと密かに思っているのです。

 何はともあれ、これで春先の準備は全て終え、あとはミツバチの気ままわがままな分封を待つだけとなりました。咲く園のように今年も全ての巣箱に分封してくれることを祈っています。

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  「ミツバチの 巣箱に蜜蝋 塗り終わる あとは分封 待つの楽しみ」

  「いっちょまえ 蜂除け頭巾 防備して 作業進める 師匠と私」

  「顔めがけ 怒った蜂が 突進す 頭巾なければ 顔が台無し」

  「一年間 飼ったけれども 分からない 今年も右往 左往の日々が」

 

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shin-1さんの日記

〇年輪塾塾生の活躍

 3年前人間牧場水平線の家で開塾した年輪塾は、清水塾頭、米湊大番頭、松本小番頭以下10人余りの塾生が名前を連ねていますが、その中に高知県馬路村で建設課長をしている木下彰二さんがいます。多分塾生の中では一番遠隔の地にいるのですが、そんな距離をものともせず足繁く塾に参加して研鑽を積んでいる男がいます。まだ若いのに感心と思うか、若いから出来ると思うかは異論の分かれるところですが、彼の場合は若いのに感心であり、若いから出来るのです。

 彼との出会いはそんなに古くはありませんが、出会ってからこれまでの進化の速度は他の塾生よりはるかに速く、熟度も濃密なので将来が楽しみです。

 彼は人に会っていいことがひらめくと必ずメモをします。時にはメモがない時などは、ボールペンで手の甲に直接書いたりしている姿を見かけるほどメモを欠かしません。何年か前のある日のこと私は馬路村に講演に招かれ馬路村役場に立ち寄りました。彼は私のブログをプリントアウトして綴りをつくり活用していました。当時私はブログを書いてもプリントアウトしていなかったのですが、彼の姿を見て早速自宅へ帰り全てをプリントアウトして表紙をつけ毎月一冊のブログ集を作り、人間牧場の長い書棚に置いて来訪者に供覧しているのです。

 彼は私と同じく「いいことは即実行、悪いことは即止める」「本物と真心」をモットーに、どちらかというと走りながら考えるタイプの実践家なのです。

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 面白い名刺が手に入ると即真似をして作り、人々をあっと言わせます。私もそれにあやかってではありませんが、この春「裏が味噌」というPR名刺を作りました。名詞の裏は普通白紙です。その裏を使ってPRをしようと地元のギノー味噌という企業にこの企画を売り込み、社長に採用してもらって私の名刺大を全部払っていただきました。1000枚の印刷で3万円余りでした。つまり会社は私を動く広告塔として価値を評価してくれたのです。

 清水塾頭のデザイン協力で出来上がった、この「裏が味噌」の広告名刺は予想以上の反響を呼んでいるのです。まあ一例ですがやる気や行動力さえあれば、どんな田舎に住んでいようと、あるいは閉塞感漂う時代であろうと、一点に集中して突破し成果を収めることが出来るのです。

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 年輪塾では清水塾頭が中心になって年輪塾ネットというサイトを運営していますが、一昨日高知新聞に掲載された新聞スクラップ記事を添付してネット会員に配信していました。長野のパティシエ清水さんを招き宇摩時の子どもたちを集めて親子イベントを開催したというニュースです。

 普通こんなイベントを企画すると、「予算はいくらいるか?」「金がないから無理」とこうなって、やらないことをやれないというのです。彼は一点突破、「金がないけど来てくれる」と開き直り子どもたちの夢を見事に叶えてやりました。いやあ嬉しい活躍のニュースです。

 彼が中心になって高齢者や村民を巻き込んで結成したうまじっくクラブという手品集団も、今では随分あちこちからオファーがかかり、独り立ちするまでになりました。

 仲間の活躍する姿は嬉しいものです。ネットで彼は私のことを海猿、私の彼のことを山猿と呼んでメールのやり取りをしていますが、安田川蒸留を守る本物の活動も、幅広い人間関係も、何処か若い頃の私の姿に似ていると目を細めてその成長を見守っています。

 私も65歳の高齢者になったとうそぶいていますが、まだまだ彼らに負ける訳にはいきません。現役の気概でもう一分張りしたいと思っています。

 さてお互い次のヒットやホームランをいつ打つか、密かに狙っているのです。

  「塾生の ヒットのニュース 聞く度に わがことのよう 嬉しくなりて」

  「山猿は 海猿よりも 歳若く 素早実行 感服しきり」

  「居ながらに 隣の県の 新聞を 読んでコメント 便利世の中」

  「名は清水 姓は慎一 どことなく 塾長塾頭 似たよう名前?」  

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