shin-1さんの日記

○世界遺産東大寺

 世界遺産を巡る旅2日目は、宿泊先から程近い東大寺から始めました。東大寺といえば日本一の大仏さんで有名ですが、大仏さんがとてつもなくでかいことだけは覚えている修学旅行以来なので、わくわくする気持ちで向かいました。山門近くには鹿が沢山集まって韓国客に愛嬌を振りましていました。今の時期の鹿は冬毛が夏毛に生え変わる時期なので、道端にやたらに落ちている運この悪臭とともに、余りシンボリックな感じはしませんでした。早朝にもかかわらず多くの観光客がいましたが、その殆どは勧告や中国の人で、意味不明な言葉でわいわい騒ぎなが私たちと一緒に大仏殿へ向かいました。


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(早くも芽吹いた目にも鮮やかなもみじの新緑)
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(もみじの若草色に対比して咲く桜)

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(抜け毛の時期を迎えた鹿)
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(本堂までの山門は早朝ながらかなり賑やかでした)

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(公園内でくつろぐ鹿たち)

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(世界遺産を示す東大寺の石碑)

 仁王門も大仏殿に対比してでかいのですが、仁王門の両側にある仁王さんの像もこれまた見たこともないような大きさの像でした。普通は大仏殿に向かうため仁王門の仁王さんなど目もくれない人が殆どのようですが、私は力強い仁王さんの木造に強く心を引き寄せられました。

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(仁王門)

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(右と左の仁王さん)
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 大仏本殿はこれまた太く度肝を抜かれるような大きさでした。中に入るとガリバー旅行記で読んだように人間が
とても小さく見えました。この日は正装をしたどこかの団体がお坊さんの説明を聞きながら大仏様の前を占拠していたので、私たちは傍をすり抜けるように見上げながら左横、後、右横を順路に沿って進みました。途中柱の穴くぐりの場所を見つけましたが、韓国や中国から来たであろう外国人たちが占拠してここも素通りとなりました。

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(大仏さんの右側面)
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(大仏さんの正面)

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(大仏さんの左側面)
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(柱の穴くぐり)
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(本殿から仁王門を望む本殿前の境内)
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(式年祭はこのような壮大な祭りが模様されるようです)

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(大仏殿は名残の桜で華やかに彩られていました)

 この日はあいにくポロポロと朝から雨が降るあいにくの天気となりましたが、その後雨も止んで薄日のさす好天に恵まれました、開花宣言から20日間も経っているので、余り期待はしていなかったのですが、早咲きの桜は散り染めていたものの遅咲きの桜は今が満開で、桜咲く世界遺産はこれまた趣がありました。

 

  「大仏に 劣らぬような 馬鹿でかい 仁王阿吽で 出迎えくれる」

  「ナンバーワン さすが大仏 本殿も でかくてまるで 人が小さく」

  「遅咲きの 桜花咲く 大仏殿 風情の余韻 楽しみながら」

  「鹿抜け毛 衣替えする 過渡期にて 糞の匂いと 合わせうんざり」

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○旅先奈良の居酒屋にて平凡な力強さを語る

 21世紀えひめニューフロンティアグループという小さな仲間集団を、仲間12人と結成したのは今から29年前の昭和56年(1981年)のことでした。以来ふるさとを皿から見る運動や無人島に挑む少年のつどい、丸木舟製作瀬戸内海航海、10年間に40回開催のフロンティア塾活動など、様々な活動を、今やれる青春、一年一事業、社会への揺さぶりという3つのテーマを掲げて活動してきました。進化の歩みは遅くなったものの、そのことが認められて愛媛新聞賞やコカコーラ環境教育賞を受賞したり「今やれる青春」という20周年記念誌を発刊したり、これまた多くの足跡を残してきました。

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 それぞれの会員が歳をとり、昔のような活発な活動ができなくなったため、それぞれがそれぞれの持ち場を固めようと誓い合い、私は人間牧場をつくって、フロンティアスピリッツの伝承に努めてきた結果が今の自分の活動につながっているのです。仲間の皆さんも例えば旧内海村に住む北原さんは里山を開墾してヤギを飼ったりしながら、サバイバル的な活動を起こそうとしています。

 みんなの暮らしにこうした生きる意味とでもいうべき心の動きができ、それが社会への揺さぶりになっていることを思うと、29年間の活動によって育まれてきた思いや進化は素晴らしいことだと思うのです。

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 そのフロンティアグループが会員の高齢化によって嘗てのような活動ができなくなった軟着陸の活動として探し当てたのは世界遺産を巡る旅でした。「その歳になって何で今更」といわれそうですが、活動領域や範囲の狭くなりつつある自分たちの文化的レベルを高めていくには、歴史や異文化、それに人に会うことによるカルチャーショック以外にないと考えたからなのです。その旅はまだ今回で三度目ながら和歌山熊野古道、広島原爆ドーム、広島安芸の宮島、島根石見銀山、そして今回の奈良法隆寺などを巡って、途方もない日本人の営みが作り出した世界遺産に触れて、心洗われているところなのです。


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 旅の途中のバスの中は、29年間もの活動の想いだが詰まっているのですから楽しくないはずはありません。自分自身の過ぎ越し半生やこれからの人生を大いに語り合いました。仲間たちは若い頃希望や夢を語った割にはそれほど出世した訳でもなく、定年を迎えてあるいは迎えようとしていますが、心だけは強くなったと、みんなの話を聞きながら自然に備わった「平凡な力強さ」に驚くのです。そして多分これからも「平凡な力強さ」を武器に生きて行くことでしょう。

 居酒屋での飲みながらの話は、あれほど若い頃飲んでいた酒を飲めなくなった私を含めて何人かが、ウーロン茶党になり、酒は10人うち3人だけとなり、多少盛り上がりにかけましたが、それでもいいお話でした。


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  「三十年 活動共に した友と 居酒屋語る 青春の日々」

  「これからは 今が一番 若いから それなり生きろ 俺を見習え」

  「暇と金 できたらあれも やりたいと 思っていたが 暇金できず」

  「また今日も 色々発見 あった言う 友の言葉に 多少癒され」



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