shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年10月12日

○コマーシャル出演

 数日前水産高校の大先輩である玉井さんから電話が入り、アマチュアカメラマンのグループが30秒のまち紹介コマーシャルを作る計画なので相談に乗って欲しいと連絡がありました。第一線を退くまでは様々なテレビや新聞雑誌に登場していましたが、最近は出来るだけ表舞台から引くよう心掛けているのでと断ったのですが、結局渦の中に巻き込まれてしまいました。まだ企画の段階だし断ればいいと思いつつ現地下見などに付き合っていると私の石と違う方向へどんどん向いていってしまい、今日は試作のビデオに出演してしまう羽目になってしまいました。

 私は木のカバンを持って全国歩いています。昔は双海町の動く広告塔を自認し日本全国へ双海町を売り歩きました。ところが平成の合併によって双海町という自治体が日本地図の上から消えたものですから、売り歩く「もの」がなくなってしまったのです。それでもかろうじて残っている双海町に伊予市という冠をつけて売り歩いているのです。私は双海町のセールスマンから伊予市双海町のセールスマンになったのです。「愛媛県双海町の若松です」と言っていましたが、今は「愛媛県伊予市双海町の若松です」と舌を噛みそうなぎこちなさでこの2年半伊予市双海町のセールスマンに徹してきました。

 正直言って伊予市は伊予の国を連想するいい名前だと思いますが、知名度は下から数えた方が早いほどで無名に等しいのです。20年前の双海町と同じくらい無名で、伊予市を紹介するのに愛媛県・松山市・道後温泉・瀬戸内海に面したなどの枕詞を出さねばつうじないのです。でも合併して伊予市民になったのですから、このまま見過ごすわけにはいけないし、市民として伊予市を誇りに思わねばなりません。またそれが市民としての責務と考え、一生懸命伊予市を宣伝しているのですが、行政もその辺のことには余り無頓着なようで、このままだと20の市町がありますが、400メートルトラックをヨーイドンで2年半前にスタートしたのに、ビリあたりを走っているような錯角さえ持つのです。

 世の中はコマーシャルや情報発信の時代となりました。何にもせずにただ指を加えていたのでは観光客も素通りし、産物も売れず衰退の一途を辿るのです。人が集まるということはどういう意味を持っているのか少し考えてほしいものです。

 私が出ると煙たい人もいるでしょう。それは20年前に始めたまちづくりの活動でも同じようなことに何度も出くわしました。でも誰かが批判覚悟で革新運動を起こさなければ、折角合併して誕生した新生伊予市が発展しないのです。みんなで目立ちましょうよ。

  「このまちは 死んでいるのか 静かだね それでも時は 流れています」

  「鞄持ち 日本全国 北南 伊予市を売って 歩く気概を」

  「ヨーイドン 一斉スタート したけれど レベルはいかに あるのだろうか」

  「もし俺が 市長だったら こんなこと 指折り数え 悲し運命」

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