shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年10月2日

○ありがとう

 先日シーサイド公園で車椅子のおばちゃんがトイレへ行こうとしていました。この公園は私が発案して私が中心になって造った公園です。造った頃は造る事に夢中で、まだバリアフリーなんてことは意識しない時代背景もあって、車椅子の身障者対応を設計者から提案された時も、そのスペースがあるのなら団体対応の便器が三つも増やせると思ったほどでした。でも設計者は将来を見越し設計者のプライドをこともあろうに発注者に押し付けたのです。結果的には設計者の予言が当りましたが、身障者対応はトイレのみでそこここには段差が多く、後に急ごしらえでスロープをつけるなど、不自然な姿を今もさらけていて、今は汗顔の思いなのです。

 車椅子のおばあちゃんは窮屈そうにトイレへ向って進んでいましたが、僅か1センチにも満たない段差に車椅子の車輪を引っ掛けストップです。私は縁もゆかりもないけれど車椅子の後ろから「押させてください」と声をかけ、トイレまで押してあげました。思わずおばあちゃんは私の手を握り「ありがとう」と言ってくれました。

 昨晩外出先から帰り夕食を済ませて妻と二人で風呂に入りました。二人の入浴は別に怪しくも卑しくもない結婚以来変わらない見慣れた暮しです。私は毎日頭をシャンプーで洗います。短い頭のためドライヤーなど使ったこともないほど簡単な頭の手入れです。私が頭を洗っていると妻がどういう風の吹き回しか湯桶で頭にお湯を掛けて洗ってくれました。ザブン・ザブン・ザブンと3回も掛けてくれました。私は妻に「ありがとう」と言いました。

 私たち夫婦は一yその布団に寝ます。二人が同じ布団に寝ることは別に怪しくも卑しくもない結婚以来変わらない見慣れた暮しです。妻は夏の疲れが溜っているのか肩や足にサロンパスを貼ろうとしていました。私が「肩を揉んでやる」といって、肩や背中を整体に行った時の要領で揉んでやりました。10分も揉んだでしょうか、妻が「ありがとう。随分楽になったわ。お父さんが私を揉んでくれるなんて明日は雨でも降らなければいいが」と、少し皮肉を言われましたが、「ありがとう」と言って眠りにつきました。

 おばあちゃんの「ありがとう」も、妻の「ありがとう」も何気ない言葉のようですが、心に爽やかな風が吹いたような感じがしました。毎日のように起きる事件事故の危ない時代に生きていると、人を見たら危険や泥棒と思う人間不信の世の中でも、こうして少しばかりの奉仕や感謝の気持ちを持ったなら、世の中は随分暮らしやすくなるものだと思いました。今朝は毎日の日課である親父の腰にサロンパスを貼りましたが、親父が「ありあとう」と言ってくれました。夫婦でも親子でも「ありがとう」はいいものです。

  「ありがとう 五つひらがな 言う度に 心爽やか そよ風吹いて」

  「未熟者 だったと反省 車椅子 押して気がつく 段差多さに」

  「この体 俺を支えて 三十年 揉んでやりたい そんな気持ちに」

  「ありがとう 何遍言って 来ただろう これから先も 感謝の道を」


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