shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年9月26日

○悲しきハズ虫の行列

 昨日は朝日新聞の取材で下灘駅へ夕日の写真を撮りに行きました。少しの時間家の草引きでもしようと始めたまではよかったのですが草引きに夢中になって約束をすっかり忘れてしまいました。5時15分にポケットの携帯電話が鳴りハッと気付いて取るものもとりあえず午後5時30分と下灘駅を目指して一目散に車を走らせました。下灘駅界隈はこのところの北東の季節風のせいでしょうかすっかり秋も深まり、長袖のシャツを着ていても吹く風で少し肌寒さを感じました。

 朝日新聞の記者さんと二人でプラットホームのベンチに座り遠望をを楽しんでいると、下のレールの上で何やら小さな虫がうごめいているのです。よく見るとオレンジ色と黒色の縞模様をした尺取虫です。田舎者の私ですから、「あっこれはハズ虫だ」と見慣れた顔に驚きもしなかったのですが、見渡すと何と何とレールの上を無数のハズ虫が伸びたり縮んだりしながら大移動をしているではありませんか。

 私は列車の接近を確認してから線路に下りて観察しました。いるいるいるいる。その数は数え切れない無数です。ある虫は上りの上灘駅に、ある虫は下りの串駅に向かって大移動をしているのです。私はとっさに「危ない」と思いました。だって間もなく上りの列車が来るのですから。えっ、はい、それは勿論私自身も危ないので「よいしょ」と掛け声をかけてプラットホームへ駆け上りましたが、このハズ虫たちは列車の車に引かれてしまうと思ったのです。

 やがてローカルの駅らしく2両編成のジーゼルカーがエンジンの音も賑やかに区内に入ってきました。車両の下のレールを見ると無残にも先程まで生命を保っていたハズ虫は青い液体を出して交通事故にあっていました。ハズ虫を駆除する人間の側の主張だと、農薬もかけずに駆除できるのですから一石二鳥でなく一事故うん万虫で片付けられる喜びなのでしょうが、虫たちにとっては大変な災難なのです。私はふと金子みすゞの「浜は鰯の大漁だ」という詩を思い出しました。まさにハズ虫の世界では大量虐殺なのです。

 運転をしている運転手さんも運行している車掌さんも、勿論乗り合わせた乗客の皆さんもそのことにはまったく気付かず、列車は何事も無いように汽笛を鳴らして発車しカーブの向こうに消えてゆきました。このハズ虫がどのような成虫になるのか知る由もありませんが、秋風が吹き始めるこの頃になると決まったように発生するのです。ハズは雑草の一種で地下茎が強く幾ら除草剤で駆除しても次から次へ繁殖してカズラとともにお百姓さんを悩ませていますが、この葉っぱを常食にしてハズ虫は生きています。ハズの葉に止まって葉っぱを食べる様は凄い食欲で、一晩のうちにあたり一面茎だけになることもあります。体を音を立てて震わせる様は異様にさえ思えるのです。秋風が柔らかいハズの葉っぱを枯らし始めるとハズ虫たちは何処へ行くのか自然に私たちの目の前から姿を消すのです。

 レールの上をお行儀よく並んで歩くハズ虫の生態はよく分らないものの、ハズ虫はまるで真赤に染まった夕日に向かって大行進しているようにも思われました。一回の歩は僅か1センチか2センチですが、見ているあっという間に背中を丸めては伸ばすユーモラスな姿で1メートルも移動しました。「ウーンこれは季節の話題だな」と新聞記者さんに伝えましたが、私と同じように列車の去った線路に下りて写真に収めていましたが、果たして記事になるかどうか・・・。

 世の中にはハズ虫の大行進のように私たちの知らない世界がいっぱいあるようです。しかしそんなことに疑問を持っても何の得にもならないし金儲けにもつながらないから、私たちはそれを見て見ぬふりをして見過ごしてしまうのです。カメラを持つとこんな疑問が次から次に発見されて「何故」「どうして」と深みに入ってゆくのです。

  「ハズ虫が 線路の上を 黙々と 列車に引かれる 悲しさ知らず」

  「ハズ虫を 無視して列車 行きにけり 残った死骸 青く悲しく」

  「夕焼けに 鈍い光を 放つ道 極楽浄土と 思いつ進む」

  「この姿 金子みすゞの 詩と同じ 今宵ハズ虫 弔いしてる」

 


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