shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年9月25日

○夫婦還暦

 先日妻は誕生日を向かえ私たち夫婦は只今そろって還暦です。私と妻は年齢が一歳弱の差ですから、約半月おない年なのです。一週間前息子夫婦が我が家に帰ってきて「お父さん、来週の日曜日空けといて」と唐突に言うのです。「どしたん」と尋ねると、「子どもたちでお父さんとお母さんの還暦祝いをやるから」と殊勝なことを言いました。私は自分の予定表を繰りながら「その日は松山で会議が入っているので行けん」と言うと「その会議は何時から」とやり取りが始まり、「12時ごろまで」、「その会議は何処であるの」、「松山市総合公園」、「そこからだと道後は30分もあれば十分。じゃあ12時30分には道後の大和屋本店を予約するから必ず遅れんように出席してよ」、「分った努力する」と、まあこんな会話でした。その日が昨日やって来て私は松山市総合公園での会議を済ませ12時半きっかりに大和屋本店に着きました。夫婦一緒に松山市総合公園に着いた妻は公園内を一時間余り散策した頃を見計らって長男夫婦が迎えに来て、子どもたち全員は孫とともに既に到着していました。

 フロントで顔見知りのホテル社長にばったり出会い二言三言言葉を交わし、奥まった見晴らしのよいそれでいて静かな部屋に案内されました。連絡を取り合ったのでしょうが、仕事の都合で今治に住んでる三男も駆けつけて子どもたちも全員集合です。三男には昨日しまなみ海道を渡る前に電話をして近況を聞いたばかりで、その時は何も話に出ませんでしたのでびっくりしました。

 家族が集まれば近況や昔話に花が咲き、特に一人っ子の3歳になる孫が大はしゃぎでまるで孫の誕生パーティみたいな賑やかさです。私進一の一を全ての子どもの名前に付けている話題や、少年少女の頃の話はいくら喋っても喋りたらないくらいありますし、長女の夫や長男の嫁には珍しい話なので色々な話が出ました。妻は感激の面持ちで聞き入っていましたが、私は外、妻は内と役割を勝手に決めて小さい子どもの世話は殆ど妻に任せきりだったものですから、私は随分肩身が狭く感じます。でも子どもたちは大きくなるにしたがって進学や就職など人生の岐路にたった時、父親である私の出番を求めてきました。特に男の子ども3人は私と向かい合って人生について考えました。息子たちは早いものでもう30歳を挟んで適齢期を迎えていますが、転職などの挫折や再起も味わって、これから益々父親としてのかかわりが多くなりそうです。

 昭和46年に結婚し二人で始めた新しいわが家庭も4人の子宝と孫一人に恵まれて、マイホームの新築から私の退職まで小さいながら様々なドラマが展開されてきました。波風も収まってどうにかここまで来たって感じるこれからは、老後という新しいドラマが待っています。勿論子どもたちにとっても私たちがそうであったような新しいドラマが始まるのでしょうが、子どもたちには更なる加速努力を、私たちには更なる減速努力を願うものです。

 一応の子育ては終わりましたが、昨日見せてくれた子どもたちの優しい心根を思いつつ、これからも子どもたちをしっかりと支えてやりたいものだと思いました。

 帰り際車の中で、子どもたちから貰った記念品を手でさすりながら、「色々あったけど、今日くらい子どもを産み育てて良かったと思ったことはない」と神妙に話すのです。多少多いように思える4人の子どもも、今となっては少ない感じもします。昨今の少子化を聞くにつけやはり子どもは沢山に限ると思いました。

  「還暦を 祝う子どもの 嬉しさよ 生んでよかった 妻はしみじみ」

  「加速して 子どもに期待 俺たちは 減速しつつ 穏やか生きる」

  「今がある 子どものお陰 生きがいに 必死に生きた 日々が懐かし」

  「気がつけば 妻も還暦 二人して 間もなく年金 貰える歳に」 

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shin-1さんの日記」への1件のフィードバック

  1. 和田

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    親として、本当に嬉しいことですね、片田舎の人にも勇気をくれ、家庭にも恵まれている若松進一は凄いなあとつくづく思い知らされました。

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