shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年9月24日

○秋晴れのしまなみ海道

 多島美を誇る瀬戸内海にあって芸予の島々を縫うように走るしまなみ海道は、花咲く春もさることながら初秋のこの頃も捨てがたい味があります。空はどこまでも青く澄み、近望遠望全てが一幅の絵になる風景です。平山郁夫画伯が好んで書いた絵の数々を思い出しながら旅をするのもこれまた楽しいものです。

 特にしまなみ海道は10もの橋が架かり、橋の幾何学的な姿が島々にマッチして何ともいえない風景を醸しています。その橋を思い思いの服装で歩く姿はこれまたスピードとスローが同居していて面白い光景なのです。

 昨日は昨年の2月に福山市と合併した福山市沼隈町へお邪魔しました。少し時間早く出てついでに鞆ノ浦と内海まで足を伸ばしました。鞆ノ浦は坂本龍馬が乗った大洲藩船いろは丸が沈んだ場所としても有名で、朝鮮通信史や鯛網など見所いっぱいの場所ですが、残念ながら時間もなく素通りのような立ち寄りでした。

 まるで路地裏のような鞆ノ浦の狭い町並みはまるで時代をタイムスリップしたような古さが残り、街中で日向ぼっこを楽しむ老人の多くさえまるで置物にも思える雰囲気でした。

 港からは古い形の観光船も出ていて、カメラを提げた多くの観光客が町中を闊歩していましたが、車を止める場所もないほどの狭い港町で一際目立ったのは聳える石垣と禅寺でした。

 その昔は瀬戸内海を一望できる場所だったので朝鮮通信史がその景色は東洋一だと褒めた逸話も分るような気がしました。今は随分遠望も変わっていましたが、それでも仰ぎ見る禅寺の造りの凄さに往時を見る思いがしました。

 時間もない急ぎの旅なので後ろ髪を惹かれる思いともう一度の思いを持ちながら来た道を引き返し、うちうみ大橋を渡りました。

 アーチ型の2連橋は離島振興の目的で架けられた橋ですが、橋そのものが曲橋上でカーブしている珍しい橋なのです。内海という名前の由来で愛媛県の内海村と交流をしていたと聞いていたのでついでの立ち寄りとなりました。その愛媛県内海村は愛南町に、広島県内海町は福山市内海町にそれぞれ合併して改名し内海という自治体は存在しませんが、橋はそんな悲喜こもごもを物語っているようでした。周辺では家族連れの釣り客が思い思いに沢山竿を出し、長閑な秋の一日を楽しんでいました。釣果を聞いたり世間話をしたりしながら私も2キロほど日陰を選んで歩いてみましたが、瀬戸内の空気はとても美味しく感じるほど爽やかでした。

 道端で珍しい花を見つけました。ひまわりと白い彼岸花です。

 夏の終わりを告げるように咲くひまわりの花は何と可憐なのでしょう。人に見られることもなく健気に咲く花は美しいものです。

 周囲を見渡してもどこにも見当たらないのにこの一株は珍しくも白色、いやよく見ると白というよりはクリーム色に近い彼岸花です。釣り客の視線は全て海面、でも私の視線は山際の空き地に咲く花でした。

 2時からの会議は千年公民館、これでちとせ公民館と読むだそうですが名前がいいですね。千年です。気に入りました。この公民館へは8年前にお邪魔していて、今回は広島自治研修所で私の話を聞いた串間さんの紹介で実現しました。当時の館長さんや職員の方も私のことや木になるカバンのことを覚えてくれていて、いきなり「若松さん少し痩せましたね」と言われました。「はいやつれました」と返しましたが、よくぞ覚えてくれていましたと握手を交わしました。

 私の話が始まる前は空いた席もあったのですが講演が佳境に入る頃は満席となって、少し時間を超過して話してしまいましたが、みんな満足の手合いで終わることが出来ました。

  「しまなみの 橋を渡って 沼隈へ 八年ぶりの 再会喜ぶ」

  「今日の客 笑い上手で こちらまで 思わず熱を 熱くしました」

  「道端に ひっそり咲きし 野の花に 見とれる余裕 今は嬉しき」

  「風誘う 瀬戸内見える 島々に 野焼きの煙り 高くたなびき」 


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