shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年9月21日

○優美な山伯耆大山

 松山から特急しおかぜに乗って瀬戸大橋を渡り、岡山で特急やぐもに乗り換え、中国山地の幾つもの橋を越えトンネルを抜け、急に視界が開け始めると進行方向の後ろに伯耆大山の美しい山が窓越しに見えてきます。乗客は一応に窓辺に集まりその姿を心ゆくまで堪能するのです。島根地方や鳥取地方の町や村へ何度も足を運んでいる私にっては、見慣れた光景ですが伯耆大山、別名伯耆富士と呼ばれるこの山には何故か心引かれ、いずれ近いうちに必ず登ってやろうと思っているのですが、残念ながらその夢は未だ果せていません。それでも特急やぐもに乗り込むと何故か伯耆大山の見える側の席に陣取ってこの山の見えるのを持っているのです。

 今回の伯耆町(溝口町と岸本町が合併してできた町)への旅は明くる日の日程が積んでいることもあって、自家用車での旅となりました。松山道・高松道・瀬戸大橋・米子道と高速道路を乗り継いでひた走ると約5時間弱で目的地溝口のインターチェンジへ着きますが、途中蒜山高原などのサービスエリアでゆっくり目の休憩をとって約束の時間前の2時に到着し、当てもなく散策しようと決めていましたら、溝口のインターチェンジで、それまで小雨模様だった伯耆大山の雲が一気に晴れてその全容が見えてきたので、伯耆大山のふもとにある大山寺へ参拝することを思いつきました。何年か前登った大山寺までのダラダラ坂を登ると遠望では見えなかった深い樹海の中に入って伯耆町と大山町の境界を越え、大山寺が大山町にあることを知らせる大きな看板を横目に参道入口に到着、車を止めて長い参道をゆっくりと歩きました。標高が高いこともあって大山はもうすっかり秋の気配が漂い、一昨日の台風の名残かあちこちに小枝や葉っぱが散乱し、それを片付ける背負い掃除機の鈍いエンジン音が参道に響いていました。

 参道は訪れる人もまばらで、参道の両側にある土産物屋も旅館も流行る様子もなく往時を偲ばせていました。

 参道の奥まったところに山門があり、「檀家を持たない寺ゆえ300円の入場料」と書かれた看板に習って入場料を払いお参りを済ませ、石畳の続く奥の院へ向かいました。

 道端に可愛いお地蔵さんを見つけました。秋の木漏れ日がまるでスポットライトのようにお地蔵さんを照らし、雨露に濡れた赤装束のお姿は何とも神々しく見えました。

 苔むし、それでいて雨に濡れている石畳は何とも歩きにくく、余程足元に集中しないと滑るので飛び石を渡るように表面の平坦な杉木立の石道を15分も歩いたでしょうか、奥の院の参道を経て本堂へ到着しました。本堂は神社のようで中には金箔を貼りつめた立派な八角神輿が展示され、宮司が熱心に説明をしていましたが参詣の人もまばらで空耳のようでした。

 お参りを済ませた後再び同じ道を引き返し、ふもとにある物産交流センターで店員のお姉さんと特産品談義に花を咲かせました。鳥取は20世紀梨の山地だけあってこの季節はどこへ行っても梨が多く出回っています。最近は特産品センターや直売所のような店、道の駅などが各地に相次いでオープンし、どこに行っても見慣れた光景で、そこの色が出せないで閉店する店や商品が売れず苦戦が続いているようです。道の駅に深く関わった過去があるだけに他人事では済まされない気持ちでお話しましたが、売る気迫や物語が少ないような気がしました。

  「伯耆富士 ご本家山より こじんまり 一度は登って 見たいものだな」

  「参道の 店も旅籠も シャッターが かつての賑わい 今は何処に」

  「木漏れ日を 受けてお地蔵 あったかそう 思わず微笑む 仏と私」

  「この道に 何千年の 祈りあり 石段磨れて 少し傾き」 

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