shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年9月18日

○台風の威力

 裏山の崖が家まで迫っているわが家では長雨や台風の度に心配で眠れる夜を過ごすのですが、昨晩も大型台風の接近で暴風波浪警報が出たため家の周りの見回りをして台風に備えました。幸いというより不幸にして私たちの地方では大した被害がなかったものの九州地方では9人もの人がなくなったり土石流が発生したり、宮崎県では突風で列車が横倒しになるなど、各地に大きな被害をもたらしました。台風の進行方向に向かって左を通ると危ないといわれるほどに左側を通って、長崎県佐世保に上陸した台風は玄界灘~日本海を通って、行く手を高気圧に遮られながらも北海道を覗っているようです。

 明日は講演のため鳥取県へ行く計画なので、気をもんで台風の行方や速度を気にしていましたが、どうやらこの分だと大丈夫のようなので安心して出かけられそうです。

 しかし台風はどうしてあんなに大きな力を貯えているのか、台風の来る度に人間の科学でさえも説明できないような不思議を感じるのです。アメリカのハリケーンもそうですが、今は気象衛星のお陰で台風の動きを逐一上空から監視して予報を出せるまでになりました。しかしその予防は幼稚でいわば台風をやっつけるような決定的対策は残念ながらまだありません。台風が発生するのは熱帯の海ですから、発生した場所で台風を壊すような方法はないものかと浅はかな知恵で思うのは私一人ではないと思うのです。もしそんなことが可能ならばノーベル賞ものでしょうね。

 台風で思い出すのは私が18歳の時、愛媛県立宇和島水産高校の練習船愛媛丸で南太平洋へマグロを追って帰る途中の出来事でした。冬としては珍しい980ミリバールの低気圧の洗礼を受けマグロを腹いっぱい抱えていた愛媛丸は何日もその時化に翻弄され、伊豆半島沖の海で木の葉のようになすすべもなく漂い続けました。船を風上に立てるのがやっとという1時間1ノットの速さの向こうに日本があるそのジレンマは、「ひょっとしたらこの船は沈没するかも知れない」という恐怖に変わり若干18歳の若者たちに死さえも覚悟させたのでした。幸いなことに荒れ狂う数日間の暗闇の生活の果て、水平線の彼方に富士山の姿を見た時の感動は今も忘れることが出来ません。人は必ず一度は死ぬのですが生きていることの実感は中々つかめるものではありません。生きていてもつまらないからと悲観して死を選ぶ若者に言いたいのです。日本では戦争で生きたいのに死ななければならない人を数多く死なせました。私たちのように死ぬかもしれないと思いながら死ななかった人間は、生きるということがどんなに素晴らしいことなのかよく分るのです。死ぬかもしれないと思った時に頭の中に思い出したのは「ふるさと・両親や兄弟といった家族・友人」でした。何気なく傍にあるものの価値は普通は中々その意味すら分らないものなのですが、無くして初めてその存在に気付くのです。

 台風は時には裏山を壊したり水害に会ったりの悪さもしますが、私にとっては生きることや自分の周りにある大切な宝物を発見することが出来た恩人かも知れないのです。恩人は手厚く迎えたいのですが、招かざる客なので出来れば来ないに越したことはありません。でも台風が来たら備えを万全にしてその心を受け止めながらじっと通り過ぎるのを待つのです。

 台風は私たちの町から遠ざかりつつありますが、一方で近づきつつある地域もあります。東北や北海道では稔りを迎えたリンゴの実がたわわになって収穫を待っています。気が気ではないと思いますが、どうか海の上を早く去ってくれることを祈ります。

  「台風を 壊す発明 ノーベル賞 俺の浅知恵 それは出来ぬな」

  「何事も 無かったように 行く台風 リンゴ農家の 苦悩ありあり」

  「気がつけば 台風一過の 高い空 目にも鮮やか 飛行機雲が」

  「台風が 来る度思う 愛媛丸 死んだつもりで その後を生きた」

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