shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年9月15日

○元役場職員からの電話

 私には尊敬する元役場職員がいます。多分35年間の役場職員生活の中でこれ程影響を受けた人は後にも先にもないと自分の半生を振り返るのです。その人はあえて実名をあげるなら役場の元総務課長で中嶋さんといいます。中嶋さんに始めて出会ったのは青年団頃でまだ私が漁師をしていました。当時中嶋さんは教育委員会で社会教育主事をしていましたが、双海町の自治公民館活動の基を築いた方で、学校の先生でありながら青年学級の指導をしていた福井先生や武智先生とともに、私たち青年の指導にも熱心で、田舎にありながら中嶋理論と言わしめるほど全県下にその名前は轟いていたようです。私の青年団活動への傾注は中嶋さんの紹介で、国立阿蘇青年の家で開かれた全国青年学級生研究集会へ派遣してもらったことがきっかけだったように思うので、いわば恩人の一人です。その後NHK青年の主張の県代表になった折も双海町の成人式で発表を依頼されたり、病気で転職して役場に就職したときも様々なアドバイスを受けたものでした。役場での上司と部下の関係は殆どといっていいくらいないのですが、何故か目標にしたり気になる存在として私の星であり続けたのです。わが家には何かの縁で中嶋さんから貰った山取り庭木の黒松が親父の手で大事に育てられています。この木を見るにつけ中嶋さんのことを思い出しています。

 歴史に詳しく郷土史に精通していて史談会の会長を務める元役場職員中嶋さんとは、今は史談会の会合で二月に一回程度会うのですが、一昨日の夕方私の留守中に電話がかかってきたと妻が高知から帰宅した折メモと口頭で伝えてくれました。早朝電話するとの約束どおり朝7時に電話がかかってきました。何事かと思いきや、シーサイド公園から唐崎に至る国道沿線の整備についての私観についての話でした。散歩をして見た周辺整備への感想は私と同感だったものですから延々20分も話し込んでしまいました。この周辺整備は私の強い要望もあって愛媛県伊予土木事務所が特段の配慮をしてくれた場所です。前例になると他の所へも波及要望が出るからと恐れながら当時の担当者は熱心に1キロにも及ぶ歩道整備事業を推進してくれました。

 魚の陶板を埋め込んだ石張りの歩道、階段式ドハの整備と芙蓉の花の植栽、黒松並木の植栽、東屋の建築、モニュメントの設置、常夜灯の設置、橋の欄干整備、帯ガードレールからパイプガードレールへの変更などなど、数え切れないほどの整備です。多分相当の金額になぅたのだろうと思うのですが、私たちの言い分をしっかりと受け止めて工事を完成してくれました。

 この沿線には長い石段と扇垂木で有名な三島神社があるし、遠望は町のシンボル的存在の本尊山や瀬戸内の島々が景観をなしているのです。人々は忙しくこの界隈を車で通り過ぎ、ゆったりとくつろいで談笑するのはツーリングを楽しむ人たちだけで、地元の人もその価値を知らないと中嶋さんは残念がっていました。でも中嶋さん一人でも、いや中嶋さんにこの価値に気付いてもらっただけで十分だと内心一人喜んだ次第です。

 中嶋さんは「価値が分る男」なのです。価値の分らない人に幾ら景観の価値を話しても「それがどしたん」で終わります。これこそ「猫に小判」で何の価値もないのです。私も精進して景観が分るような人間に成長したいものです。中嶋さんお電話ありがとうございました。

  「景観が 分る感性 持ちし人 少ないながら 出会い嬉しく」

  「景観を 愛でる心の ゆとり持ち 生きて行きたい 残し人生」

  「影響を 受けたであろう 人の声 響きあいつつ 長々電話」

  「早速に カメラ片手で 訪ね来し 歩いて足と目 確かめつつも」

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