shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年9月8日

○○長~い一日と回り道からの学び

 昨日と今日の二日間、ある採用試験の面接試験官を頼まれてその仕事をこなし帰って来ました。講演などは1時間半から長くても3時間までですが、採用試験は次から次と受験生が20分間隔で絶え間なく押し寄せ、受験生が違う人間とは言いながら同じ質問も出来ず、ずっと緊張の連続で「あー疲れた」というのが率直な感想で、昨日は久しぶりにブログを書く気力も使い果たしてしまいました。

 受験会場ではまず最初受験生に設問を渡して朗読させ、その設問を自分流に解説して行くのですが、その解説に対する試験官の質問に対して答えるという形式は、受験生にとって見ればアドリブなのですから、緊張と同時に地金が出て、ついつい答えられなくなる人もいるほどです。先日私の息子も相次いでこのような面接試験を受験したのかと思うと、本当に他人事ではなく、採点も細かくチェックしたことは勿論ですが、セールスポイントに記入している自分の得意な部分を見つけては、答えられ易いように誘導してやることも大切とついつい親心を出してしまいました。

 最近は入試では内部の人の評価だけでなく、私のような部外の第三者的な人に客観的に選んでもらうことを採用している所が随分増えてきました。内間だと温情やしがらみに縛られることが多く、よりよき人材が得れないためです。結果的に会社が生き残ってゆくためにこの選択は賢明な方法だと思うのです。採点票のチェックポイントに面接で探り当てた情報を書き込んでゆく作業も真剣です。結果的には試験官数人の点数を合計し、その平均点で更に公平さや客観性を増減して候補者を絞り込んでゆくのでしょうが、面接されることの殆ど無かった私にとって今回の面接試験官の仕事は、まるで自分が面接されるような初々しい気持ちになれてとてもいい経験だったと思うのです。

 面接に参加した若者の中には大学を卒業する見込みの初々しい人もいれば、別の仕事をしながら何度か挑戦している人や、もう年齢的に後がないと不退転の決意で望んでいる人など様々な人間模様があります。特に長い回り道をしてここまで来た人の中には回り道が故に、自分では気付いていない多くのことを学んでいる人に何人も出会いました。初々しさも大事ですが、転職や挫折といった回り道は相手の目線に立ったり本質が意外と見えているのです。私は自分の経験からそんな生きた学習をしている人がどちらかというと好きな人情派で、客観的でないと言われるかもしれませんがほんの少しだけ加点をしました。

 課長や教育長という小さいながらも職場の管理職を経験した私から言わせれば、回り道は大きな財産です。私だって最初からいきなり役場に入ったわけではありません。水産学校を出て7年間自分の家の漁船で漁師をしました。過労による病気が転職のきっかけでしたが外から見ていた役場と中へ入った役場は見る目がまったく逆なのです。結果的には住民目線という自治体職員が得てして忘れがちな視点を35年間も持ち続けられたり、謙虚さと冒険心を武器に給料に見合った仕事を随分やらせてもらいました。

 何日かすると一次試験の合格通知で喜んだ喜びを天国とするなら、不合格という地獄を味わう人もいれば、二重の悦びが重なって天国を味わう人もいるでしょう。でも天国を味わう人はもう一度原点に帰って自分を見つめなおし新たな気持ちで再出発することを願います。残念ながら地獄を味わう人はリベンジを誓い、再び回り道でしか味わえない人生の教訓を学んで再度挑戦することを願っています。

 日本の各地で行われている学科や実技を経て希望に燃えて面接試験に臨む多くの若者がいます。せめて霧の中で権力者が金や権力で一部の人を採用する卑劣な行為だけはしないで下さい。むしろ回り道をさせる方が本人のためなのですから・・・・。

  「好景気 引き合い多く あちこちを 数打ちゃ当たる 人はいらない」

  「回り道 苦心の跡が ありありと 不退転だと 必死に語る」

  「ああ俺の 息子もこんな 場に臨み 合格通知 貰ってきたのか」

  「秋風が 開けた窓から そっと入り 廊下で待ちし 受験生撫で」

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