shin-1さんの日記

○飲み会なのか打ち合わせ会なのか?

 体調を崩し酒を飲まなくなって10年近くになりました。ゆえにそのことを知ってか師走の時期の忘年会と称する飲み会は随分減りました。ゆえに忘れたい嫌なことを忘れることができずにいますが、まあポジティブでプラス思考の私は嫌なことも、思い出したくないこともそんなに多くはないので、適当な数だと思っているのです。

 目下のところ私が最近最も気心が知れて心休まるグループの一つに、年輪塾の運営に携わる4~5人のメンバーがいます。塾長の私と塾頭の清水さん、大番頭米湊さん、小番頭の松本さん、塾生の浜田さん、豊田さんは殆どいつも他愛のない話を月一回のペースでやっているのです。妻が「打ち合わせ打ち合わせとよく打ち合わせがあるのね」と呆れるほどに打ち合わせをするのです。集まって打ち合わせと称し打ち合わせをするのですが、打ち合わせはいつもほどほど、「まあ続きは飲みながら」と続いて行くのです。よくよく考えてみると、打ち合わせで話した内容よりも、「まあ飲みながら」で話した内容の方がはるかにいい話をしているのですから、これぞ打ち合わせなのです。

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 昨日は例によって午後6時半から市駅前のふじという居酒屋で打ち合わせ会をやりました。議題は19日に迫った人間牧場かまど小屋の完成を祝った小さなイベントの日程と役割分担、それに年輪塾の運営についてです。打ち合わせなど20分で終わり、例によって「まあ続きは飲みながら」と相成りました。気心の知れた飲み会ほど楽しいものはありません。話していることは他愛のないことが殆どですが、それでも明日のことは分らないからみんな夢を語るのです。夢は時に大ボラ、大風呂敷も沢山ありますが言った夢を形にする、これぞジョン万次郎が言った「ロマンとは夢を形にする行動力である」なのです。昨日は大番頭の米湊さんも塾生の豊田さんも仕事の都合と称してずる休みしてしまいました。気になるのか話の途中携帯へ電話が入り、いない人の悪口を魚に大中ぐらい盛り上がった夜でした。


 塾頭を務める清水さんはJA農協出身です。年輪塾は宮本常一シリーズを終え、来年から二宮尊徳シリーズを始めますが、このシリーズのキーマンとして活躍を期待しています。清水さんは常々「理念なき経済は悪であり、経済なき理念は寝言である」と二宮尊徳の言葉を引用して話していますが、私と清水さんの接着剤となったのはこの言葉だったと思っていて、二宮尊徳の語り部の一人だと信じています。浜田さんからは読書の重要性を随分教わり、読書によって少しだけ進化しつつある自分を発見するのです。松本さんは私の部下だったころから比べると心身ともに進化して、出向先のえひめ地域政策研究センターにいることもあって、私以上に国内の地域づくり世情に詳しくなっています。「人は人によりて人となる」といわれますが、まさに私の周りには知的人間が数多くうごめいて、私に知識と知恵を授けてくれているのです。呑む人たちと呑まない私には多少のギャップを感じますが、ジョッキでウーロン茶を傾けた私も呑んだような気持ちになり居酒屋の暖簾を背にしました。

 自宅に戻り「今日はどうだった」と聞く妻に、「今日も楽しかったよ」と報告しました。


  「喉鳴らし 美味しそうなる 友を見て 舌をなめずり 昔私も」

  「呑みながら いつものように 馬鹿話 だからいいのだ 時間限定」

  「こんなもの 食べたか写真 見ながらも 既に消化の お腹を擦る」

  「俺だけが 普段着姿 自由人 今日が一番 若い胸張る」

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shin-1さんの日記

○二人の安藤さん

 2~3日前外出先から帰ってみると、机の上にその日届いた郵便物が机の上に置いていました。いつものことながら会社を経営している訳でもない一私人にしては多い量の郵便物です。妻が勝手口の壁に取り付けられている郵便受け箱から取りこんでくれて、私の部屋に運んでくれるいつものパターンに感謝しながら、その一つ一つに目を通しました。時節柄少なくなったものの喪中にハガキも沢山届いていました。郵便物の中に日本郵政、つまり郵便局のエクスパック500の封筒がありました。この封筒だと中に入るだけ詰め込んでも500円で届けてくれるので私も時々便利重宝に使っているのです。

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 誰からだろうと宛名書きを見て急に嬉しくなりました。八幡浜市保内町商工会の安藤加代子さんからです。保内町商工会といえば先月依頼があって講演会に招かれたばかりなので、てっきり当日の写真でも送ってくれたのかな?と思いました。封を丁寧にはがし中を開けて見るとクリスマスプレゼントのような紙袋が手紙を添えられ出てきました。手紙を読む前、「おっ、クリスマスプレゼントだ~」と、歳甲斐もなく若い女性からのプレゼントについつい嬉しくなりました。添えた手紙を「最近陶芸を始めた」「来年の絵馬を作った」「よかったら飾って」と走り読みして中を開けてみると、手のひらサイズのかわいらしい絵馬が出てきました。「中々いい出来」と感心しながら手にとりまざまざと見ました。

 安藤さんとは昨年11月に行われた地域づくり団体交流全国大会の実行委員会のメンバーとして、委員会に必ず同席するなど、かなりの頻度で出会っていました。南予人らしくゆったりとした奥ゆかしくも笑顔を絶やさない素敵な方で、好感のもてる女性なのです。先月保内町商工会がゆめみ館で開いた講演会の折も、事前・事後メールをいただいたし、当日も親身になってお世話してくれました。商工会長さんが蒲鉾屋の若松さんという私と同姓、事務局長の河野さんとは退職記念のカナダ旅行でご一緒などなどがより一層深い親近感を覚え、安藤さんは私の記憶の中にいつもいる人なのです。

 私の友人に安藤多恵子さんがいます。20年も前、私が主宰するボランティア活動で無人島へ連れて行った当時は小学生でした。その後高校生になってリーダーとして参加し、また憧れの美容師になってからも何かにつけて助言を求められて、安藤加代子さん同様記憶の中にいる人です。

 性も名前も歳恰好もよく似た二人の安藤という姓の女性は私にとっては宝ものなのですが、安藤加代子さんから送られてきた絵馬はクリスマスプレゼントというよりは、間近に迫った新しい年への贈り物といった感じですが、絵馬そのものも書いている来年の干支「寅」の絵も立派でした。私は早速その絵馬を台所の隅にある神棚に飾り二礼二拍手一拝しました。まだ来年の準備など出来ていませんが、来年も何かいいことがありそうな予感がしました。絵馬を飾り終え書斎に帰りメールを開けると環境省から三重県での講演依頼メールが入っていました。1月13日と期日が指定されているため、とっさに前後の予定を思い出し「ひょっとしたらダブっているかも知れない?」と思いきや、予定表を見ると前後は予定が入ってるのにどんぴしゃり、まるで絵に描いたように予定が埋まったのです。これも安藤さんの絵馬のお陰だと内心嬉しくなり、ささやかながらブログ登場となったのです。いい人はいい幸せを運んでくれる、安藤さんはコウノトリ(河野さんと掛け合わせる)かも知れませんね。


  「年末に 来年絵馬が 郵便で 神棚備え 早速いいこと」

  「安藤と いえば二人を 思い出す 中予南予に それぞれ生きる」

  「いい友人 沢山ありて 幸せを 感じつ記憶 巻き戻しつつ」

  「何よりも 心配りが 嬉しくて この日一日 ウキウキ過ごす」 

  「 

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shin-1さんの日記

○薪割りは楽しい

 今日は午前中人間牧場へ薪割りに出かけました。今日はまずまずの天気で心配された寒気の影響もなく穏やかな天気に恵まれ、人間牧場からの遠望もすこぶる良くて、広島、山口の島々がまるで箱庭のように見え、周りの山の景色も晩秋から初冬へと変わる時期で、クヌギの葉っぱが鮮やかな紅葉を見せていました。この風景も北西の季節風が吹くともう見納めだと思うと名残惜しく、いつまでも見ていたいような気持なのですが、3日前に調達した薪用のクヌギの木を生木の間に割らねば割りにくくなるので、性根を据えてかかろうと思っていて、風景どころではないのです。

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(薪に割るまでのクヌギの木)

 

 親父にお願いしていたマサカリのくさびも打ちこんでいて準備万端整い、枕木を置いていざ始めました。伐採してからそれほど時間が経っていないので面白いように割れました。かまどに入れるには大き過ぎると入らないし、小さ過ぎると火持ちがしないので丁度よいほどに割らなければならないのです。その丁度が難しくて、何度もかまどに入れて計ってみたりして割り進みました。

 私が子どもの頃わが家では、かまども風呂も全て薪だったものですから、冬になるとお百姓さんから分けてもらった薪用のクヌギが車で自宅庭まで運ばれてくると、ウマと称する木でできた道具の上に乗せて鋸で小切りし、家族総出で一年分の薪を作ったものでした。この作業は主に冬の作業だったので寒い冬ながらこの作業が始まるとしっかり汗をかいたものです。漁に出たり畑仕事が忙しい父母は作業の手順を教えるだけで、薪割りや薪積みなどはもっぱら兄弟5人の子どもの仕事として位置づけられていました。

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(瀬戸内海をバックに格好いいところを見せようと自作自演し薪割りをしている私)

 遊びたいさなかの子ども心ゆえ、薪割りはしんどいばかりで余り嬉しい思い出はありませんが、それでもこの歳になってかまどを造り薪を必要とするようになると、人の手を借りることもなく薪割りができるのですから、芸ほどではないにしても、昔取った杵柄とはよく言ったものです。

 薪割りは油断をすると打ちこんだマサカリの力で薪がとんでもない方向に飛んでかなり危険なので、周りに人の気配を感じると止めなけれなりません。今日も薪の破片が足に飛んできて、涙が出るほどの傷みを覚えました。プロ野球選手がバッターボックスで自打球を足に当てて怪我をするのと同じだと思いつつ注意をして割りましたが、いくら注意しても飛んで来るものは飛んで来るので、仕方がないと諦めて我慢しながら作業を進めました。9時から始めて午後1時まで約4時間の作業で全ての薪を割りました。後は風に晒して乾燥させ年末までに収納する予定ですが、かまどの下の収納スペースへ二段に積み、残りはさてどうしようかと迷っているところです。

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(出来上がった割り木薪)

 「そうだ写真を撮ろう」と思いつき持参していたデジカメを取り出して自作自演の写真をタイマーで撮影しました。三脚を用意していなかったので石垣に割った薪を並べその上にカメラを置いてタイマーをセット、急いでマサカリを振り上げましたが、目線がカメラの方を向いていていい写真にはなりませんでしたが、まあ何とか雰囲気だけは表現できたようです。

 薪の確保も大体要領が分ってきたので、出来ればもうひと踏ん張りして宮栄公民館長さんとの約束も果たし、この冬に薪をもう少し確保しておきたいと思っています。仲間や友人から「薪を作るのであれば手伝うよ」と言ってくれる人も何人かいますが、草刈りと同じように案外口ばかり、うどん屋のはがまもいいとこなので余り当てにしないようにしています。人間牧場は「自分が自分の力で」をモットーにしているので、コツコツ楽しみながら働きたいと思っています。


  「子どもごろ 習い覚えた 薪割りで 師走半日 いい汗流す」

  「さあおいで 準備万端戸 整った 冬将軍の 寒さへっちゃら」

  「心地よい 薪割り音が 木霊する 忘れかけてた 少年の頃」

  「薪割りも 今では死語と なりにけり あなた説明 出来ますかしら」

 

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shin-1さんの日記

○久しぶりの県庁

 退職をして5年近くが経ちました。小さな田舎の役場に勤めていたころの私は暇さえあれば県庁に出かけ、様々な部課に顔を見せていました。県庁に顔の広かったと思われる私はそれぞれの部課でそれぞれの人と面識を持ち、国⇒県(本庁⇒出先地方局)⇒市町村という上下関係の要にあった県を介して幾つもの仕事をこなしてきました。晩年は国⇒市町村という県を通り越して国と直接仕事ができる時代になって、幾分県の役割は薄らぎましたが、それでも財政的にぜい弱な小さな町は、それぞれの時代に県の力を借りながら見果てぬ夢を実現してきたのです。


 退職後も県庁には知人友人が沢山いて、加えてえひめ地域づくり研究会議の代表運営委員をやっていたこともあり、全国大会の実行委員長や、沢山の委員に就任していたため県庁へはしょっちゅう顔を出していました。しかし今年の春代表運営委員を辞したのを機にどこか県庁の敷居が高くなって次第に遠のいて、最近は11月の初めに県庁へ出かけて以来1ヶ月余り顔を覗かせていなかったのです。

 昨日は私が委員に名を連ねている愛媛海区漁業調整委員会があり、いつものことながら長年通ったえひめ地域政策研究センターへ顔を出しました。久しぶりに森川所長さんと込み入った長話をして会議出席の時間がきたのでお暇をする時、森川所長さんから、市町振興課長さんが変わられてから顔を出していなの、市町振興課へ顔を出すよう勧められました。そういえばご愛顧いただいた前任の北村課長さんが古巣の東京へ帰ってから出かけていないことに気がつき、委員会終了後県庁へ行きました。

 東京から来られている市町振興課長さんは、運よく在席していて宮内補佐とご一緒に面談することができました。第一印象は若くて好感のもてる課長さんでした。取りとめもない無位無官な私の四方山話にも耳を傾けていただき感謝して市町振興課を出ました。

 久しぶりと言いながら、階段や廊下やロビーで三座真菜懐かしい人に会い立ち話をしたり、部課へ呼び込まれました。生涯学習課と県民活動推進課へは来年早々に会議や集会や予定されているため少し長めのあいさつをしましたが、後はあいさつ程度で10課も回り、あいにく午後6時からの忘年会に遅れるところでした。


 夜の会には農林水産部長さんや水産局長さん、水産課長さん以下課員の皆さん、号業関係団体長も参加されていて、これまた昔話に花を咲かせながら楽しいひと時を過ごしました。昨日は水産関係の忘年会らしく高級魚真ハタづくしのフルコースに舌鼓を打ちましたが、長年まちづくりの世界で生きてきたため、殆どの人が私の顔と名前を覚えていていただき、嬉しさと照れの交錯する中で旧交を温めました。

 年齢的にも役職的にも仕事の邪魔をするような行動は慎むべきだと思って、最近足が遠のいていた県庁でしたが、やはり訪ねて行く価値はあるなと勇気を与えてくれた一日でした。


  「久しぶり 県庁歩く 目の前で お元気ですか 声をかけられ」

  「何となく 敷居の高い 県庁も 考えひとつ 身近存在」

  「指折って この日出会った 人の数 数えて見るが 指では足らぬ」

  「一日で 五十枚もの 名刺消え あいにく恥を かくとこでした」 


 

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○ささやかなわが家のボーナス日近づく

 このころになるとボーナスの話がよく出てきます。35年間役場に勤務して夏と冬のボーナスを少ないながら貰っていたわが家にしてみれば、4年半前にリタイアしてからボーナスという言葉には縁がなくなって、ボーナスの話を聞く度に昔を懐かしく思い出すのです。よくしたものでボーナスが出るころは銀行員も郵便局員もすっかり顔なじみになっていたのに、足元を見られてかすっかり顔を見せなくなって、銀行や郵便局の窓口へ行っても顔見知りもいなくて戸惑うばかりです。年金受取窓口争奪戦も昔話となって、金融機関へ顔を出す機会も指で数えるほどになってしまいました。

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(間もなく開封されるわが家のボーナス貯金箱)

 新聞によると今年の官公庁のボーナスは、不況の影響で民間ベースに合わせるため前年比を5~6パーセント下回るのだそうです。役所に勤める友人に会えば「旧龍やボーナスが減った」と嘆いていますが、「ボーナスが出るだけ幸せに思え」とまるで他人事のように言いながら、ボーナスの出ない悔しさを噛みしめているのです。

 ボーナスが出なくなった時、私たち夫婦はせめて年一階でもボーナスが出るようにしようとある作戦を考えつきました。貯金箱貯蓄です。毎年年末になると缶詰風の貯金箱を百円ショップで2個買ってきます。一個でよさそうなものなのですが、一個はわが書斎に、もう一個は居間に置きます。そして講師料などをいただくとその端数小銭を入れて行くのです。時には大判振る舞いでお札まで小さく折って入れるのです。小銭ゆえ重さの割に金額はそんなに多くありませんが、それでも年金が出た月などにも入れるので結構増えて、年末が近くなると妻は貯金場kを空けるのが楽しみだと言っています。

 今ではすっかりわが家の恒例行事となった22日の貯金箱を開ける日が近づいてきました。本当は23日を2(ふた)3(み)の日としているため23日に開けたいのですが、前日22日の夜にいい夢を見て23日を迎えたいという妻の意見でそうしているのです。

 私が昔貯蓄推進員(金融広報アドバイザーとして今も続いている)という仕事に携わっていた関係で、わが家には時々やって来る孫のために一つ一つ貯金箱を用意しています。来ると孫たちは「おばあちゃん、貯金箱にお金を入れて」と持って来ます。そんない多くは入っていませんが、それでも1円や10円を入れてやると孫たちは大喜びでガラガラいわせながら遊び道具に使っているのです。

 先日一年生の孫朋樹が台所に置いてある調理用台計りを目敏く見つけ、貯金箱の重さを計り比べているのです。孫朋樹の貯金箱は千円札も入っているため余り重さは多くないため、小さなお金を入れてくれとせがみました。一年生なので大きなお金と小さなお金の値打を教えてやろうと、千円札と10円玉20枚の重さを目の前で計り比べて見せたら驚いていたようです。これもおじいちゃんならではの金銭教育なのです。

 間もなくささやかなわが家のボーナス日です。さて今年は幾ら入っているでしょうか。貧乏人のささやかなボーナスをどうか笑わないでください。


  「わが家では 貯金箱にて ボーナスを ささやかながら 夢を蓄え」

  「千円の お札と十円 玉重さ 計りで測る 孫は偉いな」

  「いかほども 入っていない 貯金箱 それでも夢は 夢ですからね」

  「年金は 年に六度の 給料日 ボーナスなきとて 不足は言えぬ」

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shin-1さんの日記

○私も加わったつくね芋料理

 「男子厨房に入るべからず」なんて言葉は私たちの年代は知っていても、若い人にとってはもう死語に近い言葉です。もしもこんな言葉を言ったりすると現代では遅れている人と軽蔑されたり、時には離婚騒動にもなりかねないのです。そんな石頭の私は未だに厨房は妻の仕事と決め、料理はおろか殆ど何にも出来ないのです。妻からは時々、「私が死んだらどうするの」と料理に手を出すよう誘われますが、「お前が死んだら考える」と反論し、朝食時などは相変わらず食卓で新聞を広げながらご飯を食べるグウタラ亭主なのです。

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 そんな私でもリタイアした最近では、たまに親類の漁師さんからお魚を貰うと、田舎ゆえ家の外に設えた流し台に立って魚の下ごしらえをしたり、敷地内の家庭菜園から野菜を収穫して来て洗ったりするのです。時には妻から「まあ珍しい、雨でも降らなければいいが」と皮肉を言われるものの、最後は「やればできるのね」とか「お陰で助かるわ」なんて言葉が返ってくるとついつい悪い気はしないのです。でも一度その気になって料理や台所仕事をやると、いつもやらなければならなくなるような恐怖感が先に立ち、今は何年か前に海外派遣の団長として訪ねたニュージランドでの影響で、自分の食べた物を流し台に片づけるくらいのことしかやっていないのです。

 昨日の夕方一緒に外出先から帰った妻が夕食の準備をしていて、台所から「ちょっと来て手伝って」と呼ばれました。書斎でメールの返信をしていましたが台所へ行ってみると、すり鉢につくね芋がすり下ろされてスリコギまで用意されているのです。「この仕事はあなたでないとできない」と持ち上げられたものですから、手を洗い腕をまくってすり始めました。確かにこの仕事は力仕事で2~3分もすれば腕がだってくるのです。それでもしっかりとすり、途中酢を入れたり少しの砂糖や醤油、それに削り節を入れて味を調えながらすって行くのです。ものの10分もすると美味しいとろろが出来上がりました。

 とろろは普通だし汁でのべるようですが、わが家は酢で味を調えます。やがて食卓の真ん中にとろろがすり鉢毎置かれ食事が始まりました。妻はこのとろろが大好物で、温かいご飯の上にかけて食べるのです。私はとろろは好きでもご飯の上に乗せて食べるのが嫌いで、皿によそって味付け海苔に来るので食べます。これが飛び切り美味しくてついつい食べ過ぎるのです。先日長野県南牧村から立派な長いもが今年も送られてきました。私はどちらかというとさっぱりした長芋の方が好きですが、妻はつくね芋のような粘り気がいいようです。夫婦ながら同じ食べ物でもこうも嗜好が違うのかと時々思いますが、生まれも育ちも違うので仕方がないことです。


 鍋ものはあまり好きでない私ですがこれから冬になると根菜類が美味しい季節になります。温かいものを食べると身も心も温かくなります。好きとか嫌いとかは料理に加わって初めて言える権利なのでしょうが、私にはまだそんなことを言える立場ではありませんが、将来の自立のために少しずつ料理にも口を出さず手を出して行きたいものだと、昨日の夜しみじみ思いました。

  「厨房に 入るべからず 俺古い 今の世の中 それこそ離婚」

  「手を出すと 料理が美味い 実感す お陰でつくね 余計に食べる」

  「長芋派 妻はつくね派 お互いが 五十歩百歩の 他愛を論ず」

  「結婚し 四十年に なるという 未だに好み 合わぬままにて」

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○シーサイド公園のライトアップ

 昨日の愛媛新聞朝刊地方版にふたみシーサイド公園のクリスマスイルミネーションライトアップ点灯式の模様が掲載されました。

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 「恋人の聖地・聖夜の輝き」と書かれた記事の中にその模様が詳しく書かれていましたが、今年はLEDで恋人岬のモニュメントを照らす始めての試みだったようで、点灯式には私の友人清水和繁さんの娘清水美千子さんがソプラノ歌手として大いに盛り上げてくれたようです。ご案内をいただきながらあいにく私は東京第一ホテルでの調停協会講演会とバッティングしてしまい行くことができませんでした。

 このプログラムはシーサイド公園が小番頭の松本さんの協力を得てプログラム化し運営したものですが、昨晩家族で身に行こうと急に思いつき午後8時過ぎに出かけました。これまでと多少趣が変わっていて、LEDの強力な照射で恋人岬のモニュメントが七色に変化する姿はやはり文明の利器の力だと感心しました。眠気の始まった孫たちも驚いた様子で見いていましたが、新聞で知ったのか次々と多くの人が見学に訪れていました。夜間ゆえシーサイド公園の儲けにはつながりませんが、それでも皆さんいい思い出ができたようで、手持ちの携帯やデジカメで盛んにシャッターを押していました。

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 私が現職の時始めたサンセットロマンチッククリスマスも早くも20年近くになりました。始めたころ田舎ではイルミネーションがまだ珍しかったので随分話題になりました。今では個人でもイルミネーションを飾る時代になりすっかりお馴染なっていますが、イルミネーションの数の大小や豪華さでは他に負けますが、海の近くの場所や、話題性は今も変わらず輝いているようです。

 飾りつけには費用と労力、それに適度な美的感覚が必要で、これから先どのようにそれらを継続して行くのか、多少心配はありますが、みんなで育てて行きたいものです。


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  「闇照らす イルミネーション 見上げつつ 今の幸せ 感じながらも」

  「ああでない こうでもないと 議論しつ イルミネーション つけた昔が」

  「ライト照る 恋人岬は 花道と 見紛うほどに 七色変化」

  「新聞の 効果絶大 次々と ひっきりなしに 見学者来る」



 

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○お座りが出来るようになりました

 昨日は久しぶりの土曜休日だったので、娘と長男夫婦が孫を連れて遊びに来ました。4人それぞれに成長の跡が垣間見えて嬉しい限りです。特に寝返りが出来るようになったと喜んでいた4番目の孫奏心が、2~3日前から今度はお座りができるようになりました。奏心の誕生日は5月19日でしたから、半年ぶりの成長の大きな節目なのです。仰向けに寝かせると器用に寝返りをし、後ずさりのハイハイをした後、まるで起き上がりだるまさんのように両足と両手を使って器用に座るのです。珍しい初めての光景に家族みんなが大笑いし大きな拍手を送りました。

 孫奏心は余り抱いたことがないので、抱っこをしてやりましたが、何し10キロもある巨漢なので体力の弱った私には腰に負担がかかるほどズシリとくるような重さなのです。奏心は母乳も満ち足りてまるまると太っています。最初の子どもに比べ二番目の子どもは余り注目されず育つのでこうなるのか、穏やかでいつもニコニコと笑って愛嬌をふりまいていました。

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 ところが娘の次男尚樹と息子の長男希心は二人とも同級生なので、何かにつけて対抗意識が芽生え、寄ると触るとしょっちゅう喧嘩をするのです。原因はおもちゃの争奪なのですがまあ激しいこと、時には取っ組み合いの喧嘩で、どちらかが泣いて周りが仲裁に入り一件落着です、これも自我の目覚めでしょうか、まあうるさくて蜂の巣をつついたような賑やかさです。

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 娘の長男朋樹は小学校一年生になっているので、遊びの質が違って、テレビゲームや買ってもらった辞書を引いたり、創作遊びに余念がなく、これも子どもの成長過程なのでしょうか。兄を持つ尚樹は兄の影響で言葉も動作も成長著しい感じがします。


 昨日はわが家が忙しいため、晩ご飯を食べて泊まらず帰ることになりましたが、看護士をしている次男も帰って賑やかな夕食会となりました。土曜日は妻が仕事のため妻は仕事が終わると急いで買い出しに行き、焼肉パーティとなりました。私は殆ど肉を食べないので、前日の水炊き鍋といい、この二日間不満な食事を強いられましたが、若い者の食事は口に遭わない分私が歳をとったということでしょうか。

 車で帰るため、孫たち4人全員を私と妻で風呂に入らせました。「だれと風呂に入る?」と尋ねると「おじいちゃんとおばあちゃん」と答えるオームのような孫たちを頭と体を洗ってやり、湯船につかって数を数えるのです。座ることができ出したメタボリックな奏心などは、余程気持ちが良かったのか湯船につかりながら居眠りを始めていました。

 「また来るね」と元気な言葉を残して孫たちは帰って行きました。間もなくクリスマスやお正月など孫たちにとっては楽しい行事が目白押しです。記憶に残らない記憶をしつつこうしてスクスク育って行くことでしょう。


  「二三日 前から座る 術覚え 奇妙な動作 みんなで拍手」

  「二人だけ 静かな暮らし 突然に 蜂の巣つつく わが家騒然」

  「草食の 俺にゃ肉食 ブーイング 我慢の料理 二日も続き」

  「進化する 孫の重さが 腰に来る 退化のわが身 これが限界」



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○薪を作るためのヌギの伐採

 人間牧場のかまどを使ったイベントを一週間後に控えた今日の午前中、役場に勤める井上さんにお願いしてクヌギの木を分けてもらい、薪にするためのクヌギの木の伐採に出かけました。前もって井上さんに同行していただいて井上さん所有のクヌギ林を下見していましたが、細い道をかなり山奥まで行かなければならないため、幾つもの枝分かれの道があって、一回の案内では心もとない心境でした。しかも昨日までの雨で濡れ落ち葉がかなり道に落ちて、スリップ事故を起こさないようにしなければならないのです。幸い私のトラックは4輪駆動なのでかなりきつい勾配やぬかるみは何ともないのです。

 チェンソーなど伐採に必要な小道具を積み込み、昨晩から泊りに来ていた孫の朋樹を連れて出かけました。朋樹はクヌギ林と聞いてカブトムシやクワガタがいるもの勘違いしていたようで、虫籠を持参していましたが、今の時期は虫たちも冬眠時期なので少しがっかりしていました。

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(道が傍までついているクヌギ林)
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(クヌギ林に分け入り作業開始です)
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(切り倒されたクヌギの木)
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(作業の様子は朋樹がカメラ撮影してくれました)

 クヌギの木は10年生くらいではないかと思われるような少し小ぶりの木を3本選び、下草を刈り払って分け入り、チェンソーで切り倒しました。今年は冬になっても温暖なため未だに枯れ葉が枝についていて、倒れる方向に戸惑いましたが、まあ何とか思った方向に倒れひと安心でした。

 本来なら少し長めに切って運び出すのですが、体力のこともあって面倒でも割り木にする長さに小切りして車に積み込みました。小学一年生ながら朋樹も役に立つもので、枝切りした小さいものは殆ど朋樹が運び積んでくれました。3本の木といいながら生の木なので重量的には相当重く、周りの小枝を片づけ1時間ほどでクヌギ林を後にしました。4WDでエンジンブレーキを効かせて山道を引き返し、ついでに人間牧場まで運びました。

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(車の中で孫が一人で撮った朋樹の自画像)
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(車の窓越しに撮ってくれた私のスナップ)

 人間牧場で切った木を下ろし、倉庫からマサカリを取り出し試し割りをしてみました。生の木なので面白いように割れるのです。乾くと木が固くなるので木が乾かない年末までに割りたいと思っていますが、かなりの量なので、私一人では難しいかもしれません。薪を作るクヌギは最初公民館長の宮栄さんに依頼していましたが、かまどのイベントが急に入ってきたため、急ごしらえで今日の作業となりました。

 私が子どもの頃は、冬になると一年中使う薪を自分の家で作るため、子どもも大切な労働六として働きました。その頃チェンソーなどないため、ウマと称する台の上に載せて切れの悪い鋸で引き、マサカリで割るのです。そしてその薪を軒先へ積み上げて作業を終わるのですが、かまどや風呂に使う薪の量たるや相当なもので、遊びたい盛りの子どもにとっては嫌な仕事の一つでした。

 そのかまども五右衛門風呂も姿を消し、今はスイッチ一つでご飯が炊けて風呂のお湯が出るのですから便利な世の中になったものです。何はともあれクヌギは確保しました。さあ明日から暇があれば薪割りです。


  「久方に 子どもの頃と 同じよう かまどの薪を 割らねばならぬ」

  「チェンソー 音立てクヌギ 切り倒す まるで木こりに なった雰囲気」

  「ぬかるんだ 未舗装道を 突き進む 四輪駆動が ものいう世界」

  「今日だけは 孫の力を 借りました 写真撮影 こっちを向いて」 

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shin-1さんの日記

○ドラマ効果とワクチン効果にはご用心

 四国では今ちょっとしたテレビのドラマ効果に沸いています。徳島の朝ドラ「うえるかめ」、高知の大河ドラマ「龍馬伝」、愛媛のスペシャルドラマ「坂の上の雲」という3つのドラマが同時に進行しているのです。高速道路割引千円の効果もあって、橋を渡ってやって来る観光客は例年を大幅に上回っていますが、これまでの公共交通機関や大型観光バスを利用する旅行パターンとは違って、最近は少人数がマイカーでやって来るため、交通渋滞や駐車場不足が問題となって、地元の人たちにとっては思わぬ混雑に巻き込まれて、日常生活の不便を強いられているようです。

 ふと、かつて20年前の瀬戸大橋開通や10年前のしまなみ海道開通に沸いたことを思い出しましたが、世紀の一大プロジェクトといわれた大橋や海道効果さえ僅か一年でブームが去ったことを思うと、テレビの効果など聞き流し情報ですから、既に朝ドラなどのブームはピークを過ぎているのではないかと思われるのです。

 ブームとは流行です。新型インフルエンザが流行していますが、観光的ブームも風邪の症状とよく似ているような気がするのです。インフルエンザにかからないための予防策としてタミフルなどのワクチンが開発され、希望すればかからないために接種できるのですが、冬季に入りインフルエンザの流行の時期を迎えると希望者が多くワクチンが不足気味で、本当に必要な子どなどに回らず、飲み薬などは大人用のカプセルを取り出して子ども用に改良して対処しているのだそうです。

 インフルエンザワクチンは副作用もあるらしく、成人病を持った人には致死さえも覚悟しなければならない危険が付きまとい、既に死亡例も報告されているようです。病院や行政機関は手洗いとうがい、それにマスクを予防のために奨励していますが、新聞の風邪情報によると学校や学級閉鎖は枚挙にいとまがなく、学校を一日休むと年間授業時間の確保が難しく、窮屈で厳しい学校運営を余儀なくされるのです。


 大河ドラマ効果を狙って特産品開発も活発で、司馬遼太郎の小説にあやかり、一朶の雲や坂の上の雲などといったまんじゅう、酒や焼酎まで出来て、ブームにあやかろうとする商魂のたくましさを見せていますが、むらおこし御三家と言われかつて昭和40年代に流行した、砂糖としょうゆで味付けしたまんじゅうや漬物、地酒、太鼓

とどこか似通っていますが、まんじゅうや漬物を食べながら地酒を飲んで太鼓を聞くと、みんな高血圧や糖尿病などの成人病になってしまう危険性すらあるのです。

 観光でも風邪でも大切なことはブームに惑わされることなく生きることです。一年の倒産件数が1万件、年間自殺者3万人を超える時代ですから、成功の一方でブームに乗り切れず倒産や自殺の悲哀もあるのです。風邪にかかりたいなんて馬鹿な人はいないでしょうが、せめて風邪にかかりにくい強い体をつくることなら出来るかも知れないのです。今年もあと残り少なくなってきましたが、元気で新しい年を迎えたいものです。

  「四国では ブーム再来 しているが 上手い話は 長く続かぬ」

  「もう既に 右肩下がり 気配する 経済効果 取らぬ狸か」

  「インフルに かからぬように ご用心 栄養休養 それに動養」

  「好きになる 嫌いになるも 早いなあ 長く続かぬ 国民愚か」

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