○取材対応の一日
私の作ったシナリオに沿って簡単な打ち合わせを行い撮影はスタートしました。撮影といってもスタッフもいない、出演者の私とカメラマン一人というものです。潮風ふれあいの館へ7時半過ぎにカメラマンを迎えに行き、わが家の私設公民館煙会所で、囲炉裏を囲んで一人語りです。今回のストーリーは、①名も知れぬ小さな町が”ふるさとの誇り”を育むために住民が総出で”学び”を核にプロジェクトを起動したこと。②それが世間に知られるようになり町への誇りが生まれ、新たな展開に進化成長したこと。③何処にでもある夕日を糸口にそれを物語化することで、人々の暮らしにリンクさせたこと。④夕日によるまちづくりは煙会所から人間牧場に貫かれた人づくりシステムがあったからこそ成果を挙げたことなどを内容としています。
その内容の入り口は私設公民館煙会所、出口は人間牧場なのですが、その物語のプロセスの随所に煙会所重要な役割を果たしてきました。まちづくりのスタートとなった町を語れない悔しさや、悲観的話しか出てこない現実も、また大いに夢を語ったり実践作戦を練った場所も全てが煙会所だったのです。もし煙会所を作っていなかったら、夕日によるまちづくりの物語もこうは上手く行かなかっただろうと思いながら、非日常性が少し薄らいで今は煙会所から人間牧場へ学びの拠点が移りつつあることを思うのです。
私の作ったシナリオでは1、3、4、6、7の取材は煙会所ですが、間に2と5の下灘駅が入っています。でも移動する時間がないため、つぎはぎという違和感を感じながら一気に8時から3時間の集録を行いました。
10時から翠小学校を訪ねました。休日でしたが和田校長先生にお願いして取材をさせてもらいました。エコ改修の終わった2階の長い廊下で収録した後、エコデッキでビオトープや田植えが終わったばかりの早苗を見ながら急設えのオープンカフェで3人が束の間の時間を楽しみました。
その後シーサイド公園と下灘駅、それに人間牧場でそれぞれ思いを語り、2時30分にやっと集録を終わり、追加取材をするというカメラマンの澤畠さんとお別れしました。
前日のかなり激しい雨や霧、それにマイナス的天気予報で一時はどうなることやらと思いましたが、天気は徐々に回復し人間牧場の取材頃には天気も回復して、雨に会うこともなく終りました。
「二十年 歩んだことを 半日で 訪ね反芻 思い新たに」
「下灘の 駅に行く度 思い出す あの日あの時 あんな出来事」
「あの頃は 若げのいたり 突き進む 今となっては 遅い反省」
「後戻り 出来ないゆえに その時を 適機と捕らえ 一生懸命」