shin-1さんの日記

〇夫婦二人だけの静かな生活

 専門学校に家から通っていた次男が看護師になって家を出てから2年近くが経ちました。それ以来隠居に暮らす親父と3人となったわが家です。子どもが4人いたり、祖母や母が存命中は8人の大家族だったのにいつの間にか子どもたちも巣立って、巣の中は親鳥だけとなりました。静かといえば静かなのですが、夫婦だけの会話はどこか単調で、少し言い争いでもしようものならテレビを介したり食事を介したりくらいしか会話が続かないのです。

日ごろは外で講演や会議が沢山あって、人と話すことの多い私ですが、町内の話題にはとんと疎くなってきました。妻は近所の歯医者さんにパートで勤めているため、患者さんから教えてもらう町内の話題が豊富で、時には「うそー、本当?」と驚くような話題を持ち込んでくるのです。しかしこうした妻が持ち込む地元の話題も、妻が仕事を辞めれば入らなくなるし、私だって今は全国を飛び歩いているからいいようなものの、そのうち完全にリタイアすると二人だけの暮らしはどこか寂しく、どこか不安なのです。

 先日、愛媛大学農学部へ授業の打ち合わせで行った折、少し時間があったので知人の奥村さん宅へ立ち寄りました。奥村さんは県庁の管財課長から県公連の事務局長になった方です。県公連の事務局が県庁本館の一階にあったころ、初めて奥村さんに出会いました。それ以来県公連を退職するまで様々な活動をご一緒し、退職後も野趣味のある奥村さんの家にお邪魔して趣味の世界を共有したものでした。ウバメガシの生垣に囲まれた家は見覚えのある家とはいいながら、交通量も多く近くのスーパーへ車を止めさせてもらい歩いて行きましたが、横断するのに四苦八苦でした。玄関先でチャイムを鳴らしましたが、人の気配はするのに中々出てきません。これも年寄りの家の特徴と思いつつ立っていると、やっと中からご夫婦が出てきました。聞けば奥村さんは94歳、奥さんは91歳とか、それでも矍鑠として私の面談にも昔と同じ会話が弾みました。奥村さんは時ならぬ私の訪問を大層喜んでいただきました。奥マラさんの家の玄関には天井に無数のひょうたんが吊り下げられ、民具がそこら辺いっぱいに置いてありました。その中から自分が作った昔で言うチャイムの代わりでしょうか、榎の切り株で造ったという鯉をあしらった拍子木をいただきました。


 「この歳になると人恋しい気持ちになる」と偽らざる心を吐露されました。私のことは新聞やテレビで時折見かけるので、その度に夫婦の会話が弾んで、頼もしく思うのだとも付け加えられ、いつもながらの心の援助に頭が下がる思いでお暇をしました。その姿を見ながら夫婦は一緒に長生きをしなければならないと思いました。そして奥さんと同じ大正7年生まれの親父のことを思いました。親父はもう連れ添いをなくしているので一人暮らしです。多分一人暮らしの寂しさがあるのだろうとも思いました。

 私たち夫婦も、近々同居したいという息子夫婦の申し出を快く受けて、三世代同居の家を目指す予定ですが、妻は結婚以来忙しくも賑やかだったので、少しの間夫婦だけの静かな暮らしがしたいといっていますが、もうそろそろ賑やかさが恋しくなる頃です。家族とはやはりわいわいガヤガヤすることの方が楽しいことに気づいています。一昨晩息子夫婦が孫を連れてきただけで家じゅうがパッと明るくなりました。家族とはそういうものなのです。


  「夫婦だけ 気がつきゃ 会話単調で 単語並べて 一日終わる」

  「あのような 夫婦でいたい 垣間見た はてさて俺ら なれるだろうか?」

  「犬猫を 飼って会話の 家増えた 家族少なく やむにやまれず」

  「もし俺が 一人になったら どうしよう とてもじゃないが 生きて行けぬわ」

 

 

 

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shin-1さんの日記

〇月光とイルミネーション

 世の中は不景気風が吹き荒れているようで、それをマスコミが騒ぎたてるものだから、今年の冬は余計に寒さを感じます。それもそのはず大企業では生き残るためにまず派遣社員の首切りが始まっています。私の親類でも大学院を出て長年派遣社員として都会で働いていた息子さんが派遣打ち切りに合いそうで、こちらへ帰ってくるかも知れないとお母さんから聞かされました。日本国内に派遣社員が始まった頃は、優秀な人材を集めて大企業に頭脳を送り込むといった風潮でしたが、いつの間にか企業の都合に合わせる、つまり景気の良い時には労働力として利用して、景気が悪くなればポイと捨てれるといった、まるで企業の道具のような雰囲気なのです。この問題は景気の良いかなり前から指摘を受けその改善に乗り出していましたが、せっかく作った法律も後追い的な感じが否めず、アメリカから始まった世界的な金融恐慌のあおりで、アメリカがくしゃみをすれば日本が風邪をひくどころの騒ぎではなくなり、肺炎になって死にかけようとさえしているのです。

 私たちには分かりませんが、エコノミストの話によると為替レートで円が1円円高になると数億円の赤字が出る会社もあるのだそうです。特に自動車産業のように海外に依存している自動車産業は1年前の好景気が嘘のような深刻さです。こうした会社は為替レートを100円程度に見込んでいたようですが、90円を割り込んで80円台に突入しました。世界にはセレブというにふさわしいお金持ちが沢山いて、原油が儲かると思えば原油に投資し、為替が儲かると思えば為替に投資し、先物取引でひと儲けしようとたくらんでいるのです。原油も為替も大豆や金もこうした市場原理が働いて社会の経済が成り立っているのですから、これらとは全く無関係な私たち庶民には腹立たしい思いがするし、国家や政治さえもこの流れを止めることができないのです。


 日本では総理が二人も途中で投げ出し、今回の総理も世論調査だと支持率急落のようです。総理の人気投票ともとれる世論調査そのものもある種疑問があります。今の総理が全ていいとは思いませんが、もっと国民が一丸となってよい国を作るために盛りたてるような方法はないものかと思ったりするのです。多分野党が政権を取っても同じような結果になるような気がしてならないのです。巷ではもう水面下で選挙戦が行われていて、選挙の自伝運動と思われるほどのポスターがやたらと貼られ町を美しくするはずの政治が町を汚くして美観を損ねているのです。

 このところ外を歩くと冬の月の明かりが綺麗です。見上げた空にぽっかりと浮かんで光る月光は何とも言えない神秘的なもので神々しささえ感じるのです。あの月は自分で光らず太陽の光を受けて輝くのですが、満月になったり三日月になったりしながら、潮の満ち引きなど地球に影響を及ぼしているのですから不思議な話です。人間も魚もこうした知られざる宇宙の神秘に生かされながら生きているのです。先日鳥取県鳥取市佐治町という山間の小さな天文台で、人間が月に第一歩を記した足跡の写真を見ましたが、それほど進んだように見える科学の世界でも、ニュートンが林檎の落ちるのを見て引力を発見した時代からそんなに進歩しているようには思えないのです。

 昨晩シーサイド公園のイルミネーションを見に行きました。元々は親友の山から桧の木を切り出しイベントホールに飾るくらいの簡単なものでしたが、今は私が始めた頃とは想像もつかないように立派に飾っていて、夜だというのに若いカップルが沢山集まっていました。友人たちが始めた長浜町豊茂のイルミネーションも昨日テレビで紹介されていて、日本中がイルミネーションの光で輝いているのです。古いしきたりや風習は廃れ、正月よりクリスマスを楽しむ国民が増えてきました。「門松もしめ縄もせずに寝正月」なんて川柳もどこか侘しい感じがします。でも思い切って厚着をし、イルミネーションで飾った月光の道を妻と二人誰はばかることもなく腕を組んで歩くのも悪くはないと、しみじみ思いました。私たちはまだ若いのですから?・・・・。


  「正月を 前に契約 打ち切られ さぞ寒かろう 今年の冬は」

  「暗闇に 乗じて夫婦 腕を組み それでもどこか 人目気になる」

  「年金で 暮らす俺達 公務員 だって毎月 給料出るもの」

  「門松も しめ縄もせず 寝正月 これでいい年 なるはずもなし」


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