shin-1さんの日記

〇西田和子さんからの嬉しい便り

大洲市田処に住む西田和子さんから手紙が届きました。「資料在中」と書かれた封書を開けてみると中から「柳沢公民館だより」と写真、歌詞、それに達筆なお便りが出てきました。「公民館だより」の中ほどには「すばらしかった若松進一さん講演会」という見出しで恥ずかしくも私が10月23日に活性化センターで行った講演の概要が写真二枚とともに紹介されていました。

若松進一ブログ

 10月23日(木)午後7時30分より活性化センターで若松進一さんの講演会がありました。100名近くのみなさまに来ていただきました。田処小学校の児童も全員最前列でお話を聞き、ユーモアがありテンポのよいお話に、子どもも大人も引き込まれ、あっという間の1時間半でした。「田舎暮らしを楽しむ10ヶ条」と題したお話は、田舎出のマイナスだと思っていることがらも見方を変えればすてきなことだったんだと気づかされ、元気をいっぱいもらいました。若松さんのすばらしいハーモニカ演奏も聞かせていただき、何事もできないとあきらめないでチャレンジするやる気が大切と思いました。来てくださったみなさまもとてもいい話だったと笑顔で帰っておられました。この講演会を企画してくださった大杉塾のみなさま、おせわになりました。ありがとうございました。


 僅か11行の分かりやすい文章でまとめていましたが、私のような人間の話にも熱心に耳を傾けていただき恐縮しています。西田和子さんの手紙によると、今日は一昨日「田処ふれいあい会」を開いた様子をお知らせいたします。ちょうどクリスマス会ということにしておりましたので、手料理を手づくりで、ボランティアも多く参加してにぎやかな一日でございました。レクレーション、先生の講演を聞いている人たちが多くおられ、講演のすばらしさを話し合い、、先生が最後にハーモニカで演奏された「あゝ上野駅」は涙が出たことなど、また集団就職列車で同じ思いをしたことなど話はつきませんでした。

 そこでみんなそれぞれの気持ちで歌ったことを先生にもお知らせをしようということで、しゃしんもどうふういたしました。講演会当日料理ボランティアに参加された方もみんな参加しております。先生の講演から広がった輪でもあり、これからも生かしていきたいと思っています。


 手紙を読みながら、「先生」って誰?、「えっ、俺のこと」と驚きながら読みましたが、思わずジーンとしてきました。妻に読んで聞かせると、当日は同行して車がパンクした思い出があるだけに感動して聞いていました。そして封筒の中から出てきた送られし「あゝ上野駅」を歌って欲しいとリクエストがありました。そして二人で恥も外聞もなく大きな声で歌いました。そして心の中で「西田和子さん、そして田処や柳沢の皆さん、何時までもお元気で」と言葉をかけました。


      「ああ上野駅」

  どこかに故郷の 香りをのせて

  入る列車の なつかしさ

  上野は俺らの 心の駅だ

  くじけちゃならない 人生は

  あの日ここから 始まった

  「父ちゃん 僕がいなくなったんで

   母ちゃんの畑仕事も大変だろうなあ、

   今度の休みには必ず帰るから、そのときには 

   父ちゃんの肩も母ちゃんの肩も、

   もういやだっていうまでたたいてやるぞ、

   それまで元気で待っててくれよな」

  「封筒を 開けた瞬間 懐かしく かすかな匂い ふる里感じ」

  「歌詞カード 見ながら夫婦 歌い出す 同じ世代に 生きた証か」

  「上野駅 昭和は遠く なったけど 忘れぬ記憶 忘れず歌う」

  「上野駅 知ってる俺は 期限切れ でも忘れない あの日あの時」

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shin-1さんの日記

〇大所高所から小所低所まで長~い一日でした

 昨日は高松駅近くにある高松サンポート合同庁舎という立派な会場で、で第3回地域活性化推進連絡会議があり出かけました。政府の地域活性化統合事務局が主催する会議ですが、地域活性化担当大臣から「地域活性化伝道師」という大そうなお墨付きを頂いている、高知大学の坂本さん、徳島上勝町いろどりの横石さん(横石さんは都合で欠席)、それに私の3人が、国の出先機関や県の名だたる人たちに交じって意見を述べました。

 野党から言わせると政府は地域のために何もしないと言っていますが、地方の元気再生事業には全国で1186件もの応募があって、複合性・先導性・モデル性・持続性・波及相乗効果・主体的な取り組み・計画性のある取組を選定評価基準にして120件が選ばれました。四国からも63件の応募があり、7件の事業が採択されたましたが、昨日はその進捗状況の発表が担当部局からありました。パワーポイントを使って分かり易く説明を受け、私たちが意見を述べるのです。私と坂本先生が主に意見を述べましたが、この7件の事業は継続の希望を持っていて、来年度への期待が持てそうな気配を感じました。

 それにしても高松は四国でありながら、特急いしづちでも松山から2時間半もかかって遠いなあという感じがします。昨日は偶然県庁の企画情報部篠崎局長さん、担当の島津さんと往復の列車が一緒になりました。行きはそれぞれ会議に臨む腹づもりもあるからと、お話を遠慮していましたが、昼食をご一緒したり、帰りは色々な話をしました。篠崎局長さんには随分前からお世話になっていて積もる話をしました。また担当の島津さんは双海t町出身とうこともあって話が弾み、お陰で帰りの列車は時間の長さを感じることもなく、あっという間に松山へ着きました。前回、岡山経由鳥取への旅で駅前駐車場が無料で使える裏ワザを知ったので、昨日はキスケ駐車場に車を止め、の窓口で証明してもらい24時間無料駐車券を発行してもらっていたので大助かりでした。


 昨日は夕方7時から11月にわが町で開かれた地域づくり団体交流研修全国大会第15分科会の反省会があって、招かれていたので帰宅後直ぐに久保公民館へ出かけて行きました。少し遅れたため既に会議は終わったところでしたが、その後の懇親会の冒頭、全体の実行委員長を務めていたこともあって、促されるままお礼のあいさつをさせてもらいました。私は双海の分科会はシーサイド公園での落伍ライブと潮風ふれあい公園での討論会助言、それに交流会しか参加できませんでしたが、地元の人は1年をかけてプログラムの企画運営をしてくれたのです。その関係者たるや50人を超える大掛かりな支援体制でした。昨晩もそのほとんどの人が集まって、これからの地域の在り方を大いに飲んで大いに食べて、大いに語り合いました。私は9時半にお暇しましたが、地域づくりの底時からとはこんな所にあるのだと思いました。

 地域は様々な問題を抱えた生き物です。ほおっておいたら劣化したり時には死に絶えてます。自分の町を愛し自分の町に思いを寄せて生きれば、様々な問題は何とか解決するものです。ひょっとしたら劣化したかも知れない双海町はこの人たちの力で輝きを増しています。これからもそのことを忘れずいい町を作って行きたいものです。昨日は大所高所と小所低所まで様々な人間模様を垣間見た一日でした。


  「雲の上 雲の下なる 集会を 朝から夜まで 長い一日」

  「それぞれの 立場を変えて それぞれに それぞれ仕事 それぞれこなす」

  「いい町は 好きになること まず大事 さすればおのが やること見える」

  「昨日過去 時の流れに 消えて行く 今をしっかり 生きて行かねば」 

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