○遺訓
「人の一生は重き荷をおいて遠き道を行くが如し、不自由を常と思えば不足なし・・・」は余りにも有名な徳川家康の言葉です。人々の中にはは心のより所となるような様々な言葉に自分の人生をダブらせて生きている人が以外と多いようです。中には遺訓をわざわざ表装して掛け軸にしたり掲額にして日々の戒めにしています。先日友人の家に招かれ客間に通されましたら床の間に立派なこの掛け軸があり、その話に花が咲きました。何でも彼は狸といわれる徳川家康は余り好きではなかったのだそうですが、この言葉を知ってから徳川家康に興味が湧き、「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」の織田信長や、「鳴かぬなら鳴かしてみよう」の豊臣秀吉より、「鳴かぬなら鳴くまで待とう」の徳川家康が断然好きになり、友人の書家に頼んで一服の掛け軸を作ったのだそうです。それ以来何かにつけてこの遺訓は彼を励まし、いい今日があるのもこの遺訓のお陰だと胸を張っていました。
「ところで若松さん、あなたの生き方は面白いのですが、歴史上の人物の生き方に例えると誰で、どんな言葉が浮かぶでしょうか」と突然彼から振られました。私はとっさに「歴史上の人物には色々興味を引かれて本も読みましたが、どうも表と裏があって表裏一体の人は少ないようで・・・・」とお茶を濁してその場を逃れました。日本が近代国家に生まれ変わる江戸から明治に移り変わる明治維新というほんの一瞬の短い時代を駆け抜けた坂本龍馬も高杉晋作も吉田松陰も勝海舟も、西郷隆盛もみんな好きですし、その遺訓は今読んでも瑞々しく感じます。ドラマチックに生きたこれらの人の全てを取り込んで生きてみたいと思うのですが、中々現実には当てはまり難いのです。強いていえば私の生き方を導いてくれたのは群像遺訓とでも申せましょうか、その場その時に応じた遺訓を参考にして生きてきたのです。
ある人は「己を愛せよ」と説きます。しかし一方で西郷隆盛は遺訓の中で「己を愛するのは善からぬことの第一なり。修行のできぬも、事の成らぬも、過ちを改むることのできぬも、功に伐り驕慢の生ずるも、みな自らを愛するがためならば、決して己を愛せぬものなり」と述べているのです。誰でも自分ほど可愛いい者はいないはずですが、人の上に立つ人となると話は別です。自らを厳しく戒めて行かねばならないことは当然のことなのです。
最近日銀の福井総裁が村上ファンドに1千万円投資した話が世間の話題となっています。日銀総裁の手腕は最近の経済安定をもたらした影の功労者かも知れません。しかし金利が限りなくゼロに近い現代にあって1千万円が2千万円になっていた事実は庶民の暮らしとはけたがはずれ、呆れてものが言えないようです。その事実を指摘されても責任を認めず居座る姿は、西郷隆盛の遺訓に反するもので、「己を愛する」遺訓そのままに生きているようです。日本銀行の長い歴史に汚点を残そうとしている総裁を人々は偉いと認めることはできないはずなのです。
「遺訓軸 床の間飾る 友の家 わが家床の間 はてはて何が」
「総裁と いわれるお方 金儲け 一儲けしたはず 人儲けせず」
「俺だって 金は欲しいが それ程に しなくて生きて ゆけるのですから」
「ある人は 自分を愛せと 言うけれど 愛し過ぎては 愛せぬ同じ」