shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年9月25日

○この親にしてこの子あり

 4人の子どもを育ててみて子育ては難しいとしみじみ思います。私たちが少年時代の子どもを育てたのは昭和40年代後半から昭和の終りころまでです。勿論青年になって社会人になるつい最近までを入れると平成の殆どを子どもと向かい合ったり背を向けながら育ててきたのです。

 私の基本はしっかりしていて、小学校までは母親の抱きかかえる愛情教育、中学校からは父親の突き放す理性教育と、夫婦がそれぞれ分担を決めていました。勿論子育ては母親と父親が相互補完していましたので手を抜くことはありませんでした。

 家庭教育の基本は「この親にしてこの子あり」といわれるような親になろうと努力することです。私のような生まれながらの凡人は、親としての素養を持って子どもを生んだ訳ではないので、子どもの成長に合わせていい親になろうと努力や学習を怠らないことでした。子どもの反抗期や問題が起こっても決して目をそむけず、子どもたちに正面から向かい合って育ててきました。多分子どもたちが曲がりなりにも平凡ながら反社会的や後ろ指を差されるるような人間にならなかったのは、親のそんな生き方を肌で感じてくれたからだと思うのです。

 私たちが子育てした時代と今とは時間的にそんなに経っていないのに、子供をめぐる時代背景が大きく変わってきました。子どもの数が絶対的に減り学校も家庭も子どもどうしの人間関係が難しくなってきていますし、安全だった学校さえ門を閉ざさなければならない社会環境になっています。そのことが逆に子どもの自立を阻害することにもなって、今の子どもや親は可哀想だと思わざるを得ない雰囲気なのです。

 つい最近、「この親にしてこの子あり」という言葉の裏腹な「こんな親だからこんな子になる」という親や子どもを随分見かけるようになりました。先日ブログで書いた運動会の記事の中で紹介した、校門の外でたむろしながらタバコを吸う母親や、昼食の時間に弁当屋で買った弁当を食べる親子にもそんな雰囲気を予感させるのです。「母親が三人寄れば学校や教師の悪口」といわれるように、今の母親は学校や教師の悪口を子どもの前だろうが何処でもいい放題いいます。「あの先生は宿題を出さないから駄目だ」とか、「つい最近の学校は何を考えているのか分らない」とかくらいならまだしも、「今の学校はお金の使い方も指導できない」と、子どもの金銭教育の基本が家庭にあることを棚に上げてののしるのです。「あんたの家庭では人を褒めず、人の悪口しか子どもの前で言わないの?」と聞き返したくなるような言葉が、否応なしに子どもの耳に飛び込んでいるのです。

 教師や役所に勤める公務員も政治家も、こんなに悪い事をするのかといわんばかりにマスコミは連日のように報道し、そのことが社会のイライラ感を誘発しています。我慢を知らずに育った若いお母さんにとって子育てはストレスの最たるもので、子どもが学校でちょっと注意をされると逆切れし、風評被害をばら撒くどころか、教育委員会へ「あの先生変えて下さい」と平気で直訴する有様です。

 「こんな親だったらこんな子になる」という逆の方向から子育てを考えるショック療法が必要かも知れないと、10ヶ条を考えてみました。この10ヵ条は次のPTA講演会で試してみようと思っていますので、今日のところは伏せて置く事にしました。

  「この親を 見れば子どもの 顔浮かぶ いい親ならねば 子どもに被害」

  「不登校 色々原因 あり過ぎる まず親教師 そこから改革」

  「子とともに 学んで成長 する親に なるよう努力 みんなでしよう」

  「千円を 儲けるために 子を犠牲 千円以上の 落し物する」 



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