shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年9月21日

○お接待の心

 我が家の入口付近の道上に小さな祠があり、石の仏さんが祀ってあります。俗世からすっかり忘れられたような存在ですが、近所のお年寄りを中心に散歩の途中で立ち寄って祈りを捧げる人もいて、結構お参りがあるのです。30数年前にこの地を買い求め移り住んでから、路傍の雨風に晒されていたお地蔵さんのために祠を建て、わが家でお祭りをしてあげるようになりました。毎月21日を定めて幟を立て、茶菓線香を手向けるだけの簡単なことなのですが、妻はこの日をお接待の日と定めお赤飯を炊いて、お接待と称しせっせと近所や親類に配るのです。配る範囲はその時によってまちまちですが、15年前に民生児童委員になってからは、自分の持ち場の独居老人の家に配るようになり、毎月21日は朝から大忙しです。前日小豆を水にかし、もち米を加えたお米で赤飯を炊き上げるのです。今朝も炊き上がった赤飯の匂いが台所一面に立ち込め何ともいえない爽やかな朝です。炊き上がった赤飯は丸い桶に入れて冷まし透明のパックに入れて各家庭へ配るのです。

(透明のパックに詰められたお接待用のお赤飯)

 配る役目は及ばずながら私が務めます。一軒一軒主に独居老人の家を訪ねます。「おはようございます。お体の具合は如何ですか」と挨拶し、「今日はお大師様の日でお赤飯を炊きました。お接待ですのでお昼にでも食べてください」といいながら手渡しするのです。これといった用事もなく日々を過ごす老人にとって私の来訪は心待ちの様子で、ある老人などは手を合わせて「ありがたやありがたや」というのです。

 妻は今季限りで長年務めた民生児童委員を辞める事になりました。1期のつもりがついつい頼まれて5期の長きになり、女性部長という要職も2度務め、もう充分と判断したのです。既に後任の方も決まっていて、後2ヶ月余りの残任期間を一生懸命務めているようです。私は区長という仕事を既に終え、妻が民生児童委員を終えるのでやっと肩の荷が降りた格好です。区長や民生児童委員というボランティア活動にも似た仕事は、傍目に見えるほど楽な仕事ではありません。学ばなければならないし、耳や目や口を利用して活動をしなければなりません。それにも増して大切なのは社会弱者に対する優しい心を持たなければならないのです。

 夫婦揃って優しい心を学べたことは役をしてしか出来なかった大きな副産物なのです。さっき200メートルほど離れた所に住むおばあちゃんが、不自由な足を引きずりながら手押し車の助けを借りながらお大師さんにお参りにやって来ました。そしてわが家に立ち寄られ「いつも心に掛けてもらってありがとう。今朝のお赤飯は美味しかった。これは少しばかりの御礼です」お菓子をいただきました。断ることも出来ずいただいてお地蔵様に供えさせていただきました。

(わが家の入口付近の道上にあるお地蔵様)

 90歳になる親父は庭木の手入れをする手を休めて、お地蔵さんに通じる細い道沿いに今朝も縁日を示す手づくりの幟を何本か立てました。この仕事もやがて近い将来私の手に委ねられることでしょう。

 30年余り続いているお接待は振り返れば気の遠くなるような回数です。21日が来ると何のためらいもなく、まるで無意識のようにせっせとお赤飯を炊いてお接待する妻の姿が、今朝は少しばかり輝いて見えました。

  節介を 承知で配る お接待 今朝も単車に 赤飯積んで」

  「お彼岸が 来たよと咲きし 彼岸花 縁日幟 少しはためき」

  「お地蔵に 祈る老婆の 髪白く 背中かがめて 念仏唱え」

  「間もなくに 親父の仕事 受け継ぎぬ やれるかどうか 少し不安が」 

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