shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年9月21日

○夕日寄席をやるか

 人間牧場の中心施設水平線の家に高知県魚梁瀬杉の切り株を利用して親父が作ってくれた台座があります。普通はテーブルにして使っているのですが、昨年6月広島県過疎を逆手に取る会のメンバーと共同で開催した逆手塾の折、沢山の参加者に何か工夫をととっさに思いついたのがこの台座に座布団を敷いて話をすることでした。この話が大受けで、その後水平線の家での研修会の度にこの台座の上に上がって話をするようになりました。これを見たえひめ地域政策研究センターの清水研究員が「あの台座の上で落語をやったら面白いかも知れない」と提案し、面白そうなので「よしやろう」と二人で菱かにその時期を狙っていました。南海放送のもぎたてテレビで人間牧場が紹介された折、ディレクターの三瀬さんにその話をしたら、落語用に使って欲しいと日本手拭と扇子をいただき、いよいよその夢は膨らんできました。

 来月国土交通省四国運輸局企画観光部観光地域振興課が主導して、わが町で観光カリスマ塾が開かれる予定になり、観光カリスマ百選の末席を汚す私がその講師役を務めるのですが、その折をとらえて夕日寄席の初舞台を考え少し準備を進めようということになり、清水研究員と松本研究員を巻き込んで準備が始まりました。

 そんな夢を持つと人間は何か心に希望がわいてくるもので、あれもしたいこれもしたいと考え行動するものです。落語には小道具が必要です。早速演目をお客に知らせる「めくり」なるものを考え、一昨日松山へ行ったついでに西村ジョイに立ち寄り、ヒノキの角材を買って帰り、私の図案化しためくり図を親父に見せ、作るよう依頼をしました。器用な親父のことなので一もニもなく引き受けてくれ、何とたった2日で昨日完成してしまいました。見透かしたように昨日清水さんが南予への出張の帰りにわが家へ立ち寄り、これを見て驚いた様子でした。

(親父の作ったヒノキのめくり、この台に演目を貼って捲るのです)

 昨晩清水さんと他愛のない夢を語りました。清水さんには清水さんの秘策があるようでまだマル秘ですがどうやら音の世界も考えているようで、これはまだマル秘の話なので公表は市内で起きます。清水さんが絡むと必ず経済の話になります。この寄席をどう運営するか、「500円のワンコインで運営しよう」と二人の話が既にまとまっていて、そのため参加者に提供する話のネタ本を売る事にしました。これも善は急げとばかりに昨日の早朝3時に起きて色々考え、とりあえずイメージを膨らませるためその原稿を2~3書いてみました。落語となると笑いですから中々難しいものです。文章の中に必ず笑いを入れる事を基本にしながらも、田舎のほおって置けない話も同情話として載せたいと思っています。

 私はこれもとっさの思いつきですが、台座の年輪が150年を数えているので、「150の小話」としようと馬鹿な話の大風呂敷にしてしまいました。しかしいきなり150もの原稿を書くことは出来ませんから、とりあえず30話を11月16日の初演までに間に合うようすることで清水さんと折り合いをつけました。それにしても馬鹿げた事を考えたものだと自分ながら自分の考えと行動を笑っているのです。

 私の芸名は二転三転の末「夕日亭大根心」と決めました。水平線の家の高座が「夕日亭」、芸名が「大根心」です。夕日を地域資源にして来た私を客観的に見て清水研究員が考えました。芸名の「大根心」ですが、これは私の古いペンネームなのです。教育委員会で公民館主事をしていた若い頃、町の広報を10年間担当し月2回、合計240号の広報を作りましたが、その折「こちら編集局」というコラムに「大根心」というペンネームで書いているのです。大根は葉っぱだけでは駄目で、本当の値打ちは土の中に埋まった白肌の大根、つまり心なんだと訴えるため、このペンネームをつけて書いたのです。当時は私の事を町民は=だいこんしん=さんと愛称で呼んでくれていました。ちなみにこのコラムは42歳の厄年を記念して「町に吹く風」というタイトルで一冊の本にまとめられ出版しているのです。

 小林旭の「昔の名前で出ています」ではありませんが、「大根心」という古くて新しい名前の復活です。面白くなりそうです。ワクワク・ドキドキします。

  「夕日寄席 奇妙な事を 考える ワクワクドキドキ 夢は広がる」

  「切り株の 上に座って 落語する 落伍しないで やれればいいが」

  「そういえば 昔の名前が あったっけ 大根心とは いい名じゃないか」

  「はや既に 動き出したる 夕日亭 小道具せっせ 親父巻き込み」 


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