shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年9月17日

○三人になった家族

 多い時には9人もいた私の家族も祖母が亡くなり、7年前に母が亡くなり、4人の子どもは全て独立、長女が結婚し一抜け、長男も結婚してニ抜け、三男が警察官として赴任して三抜け、最後まで残っていた次男も看護士として四抜けして次第に減って、今では私たち夫婦と90歳になる親父の3人が肩を寄り添うように暮らしています。

子どもが生まれたら早く立てば歩めと、保・小・中・高・大学に入学したら早く卒業をと、学校を出たら就職をと、そして就職したら結婚をと、次々に先の事を考えがむしゃらに働きながら子育てに追われたものです。その甲斐あって子ども全てが学業を終り社会に巣立ち長女と長男は結婚して遅まきながら3人の孫にも恵まれました。月並みかも知れませんが家庭に残された妻も親父もそれなりに元気で日々自分で出来る幸せと人にしてあげる幸せをかみ締めながら束の間の幸せな日々を暮らしています。

 若い頃から仕事一点張りだった私もリタイアして自由人になったのを期に、幸せな家族とは何かを考えるようになりました。そしておおよそ5つの事を考えるようになりました。

 ①自分らしい生き方を大切に生きる

 90歳になる親父は大正生まれの古い人間ですから、自分の生き方をちゃんと持っています。それは私たち夫婦と生きた世界が違うものですから若い頃は随分衝突しました。でも自分が親になって子どもと立ち向かうこの頃になると親父の生き方が随分理解できるようになって来ました。自分らしさを大事にする親父は私たちの今と将来のため、つまり家族のために迷惑をかけず役に立つ事を一生懸命してくれるのです。妻も同じで今は夫婦喧嘩のネタもないためお互いがお互いの生き方を理解しあいながら、それぞれ自分らしさを満喫しているようです。

 ②一緒に過ごす時間を増やす

 親父と過ごす時間が増え、妻と過ごす時間が少しだけ増えました。妻はパートをこなしながら民生委員などのsy回活動をやっているため、自由人の親父と私とは時間的なサイクルがかなり違います。それでも親父と私、妻と私の一緒に過ごす時間は格段に増えました。親父と二人で造った人間牧場の倉庫や自宅の東屋工事は親父と私の合作で完成しました。妻も暇を見て私の出張に同行したりして束の間の休息を楽しんでいます。食事もテレビも同じだし、どうしてこんな身近なことが出来なかったのか不思議なくらいです。

 ③コミュニケーションをしっかりとる

 家族であり同一敷地内や々家に住みながら忙しいと時は出会うことや言葉を掛け合うことすら少なくなっている時が往々にしてあります。そんな時は自分のことは理解しているものと勘違いしているものですが、家族といっても全く別々の考えや行動をする動物の集合体ですから、余程お互いが努力しないとコミュニケーションが上手く行きません。身の回りや日常の話題を共通の話題にしながら笑顔で話し合うことが大切だと思います。

 ④つまずきをその場で解決する

 冷静になって振り返ると何でもない言い争いが家族の深い溝を作ることが往々にしてあります。もめごとに家族以外の人が入るとこれまたややこしくなるものです。つまずきはその場で解決することが一番です。その時はお互いが非を認めて詫びることです。嘘や秘密などの心のわだかまりは禁物です。

 ⑤感謝を伝え合う

 「おはよう」「おやすみ」「ありがとう」何でもない言葉の掛け合いは身近なゆえに疎かになりがちです。特に「ありがとう」は何遍言っても言われても気持ちのいいものです。誕生日にささやかな感謝の心を表すのも一つの方法だし、仏壇に祈りを捧げるのも感謝の姿です。「ありがとう」という感謝の言葉が家族の深い信頼を生む秘訣のようです。

 長男に赤ちゃんが誕生して、何年か後には長男家族がわが家へ帰って来る予定です。そうすれば又新しい家族の人間関係が生まれます。こうして家族は増えたり減ったりしながら歴史を積み重ねてゆくのです。

  「いつの間に 家族少なく 三人と なって寂しく 日々を過ごしぬ」

  「御免ねと 言えばその場が 済むものを 夫婦喧嘩は 犬も食わぬわ」

  「ありがとう 何遍聞いても いい言葉 これから先も 心掛けたい」

  「六十億 いるというのに この家族 思えば不思議 だから大事に」