shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年9月9日

○まるで舞台のような東屋

 私設公民館煙会所横の池にコンクリート工事で蓋をして1ヶ月余りが過ぎました。コンクリートの照り返しが強くて親父の隠居が蒸し暑いというので、親父と二人で日曜大工のような簡易作業で東屋を建てたのですが、屋根終いだけはどうしても素人で出来ないので、近所の板金屋さんにカラートタンで屋根を葺いてもらいました。その作業が終わるとこれが中々風流なようなので、親父と相談して思い切ってウッドデッキ風にしようと話がまとまり、今朝はトラックでホームセンターへ出かけウッドデッキ用の木材を25本買い求めてきました。両面カンナ仕上げの立派なものですが4メートル一本800円弱で〆て1万6千円の出費となりました。私は今日が締め切りの原稿書きがあるので帰ってから書斎にこもって原稿を書きました。時折釘を打つ音やドリルの音が外から聞こえ、親父の作業がはかどっているような雰囲気でした。

 昼食を挟んで2時過ぎに原稿書きがやっと終り、メールで送り終えたので外に出て親父の手伝いをしました。ウゥドデッキの板を打つ親父の作業は約半分くらいの仕上がりです。この分だと夕方までに片が付くかもしれないと少し夢中になってやりました。


 夕方5時半近くになり、畑の水やり作業があるとのことでひとまず今日の作業を終えましたが、ウッドデッキを張った東屋は私設公民館煙会所を挟んだ向こうにある夕観所とはまた違った趣きがあって、これは楽しい遊びに使えそうです。

 私の夢は本を読みながらの昼寝で、人間牧場もそういった意味を込めて作ったので、書斎に置いていた背もたれ椅子は人間牧場へ持って行って昼寝三昧といった所ですが残念かな今の所そんな暇はないようです。今回の東屋にも揺り椅子のようなものが欲しいなあと思っています。

 ところで私の家にはどれ程の家があるのでしょう。親父の趣味なので大きな声ではいえませんが、敷地内のあちこちに倉庫を含めると大小無数の家が建っているのです。家は必要の論理で造るものです。倉庫が狭ければ広くするか別棟を建てるかです。また人間の数が増えれば改造したり建て増ししたりするのです。ところが家というものは人間が少なくなっても狭くしたり家を小さくしたりすることが出来ないのです。最大9人もいた大家族も祖母と母が亡くなり、4人の子どもたちも今の所それぞれ家を出て別の世界で暮らしているのです。空き部屋が目立つけれども、それぞれ子供が使っていた部屋はまだそのままの状態なのです。

 10日ほど前長男夫婦に子どもが生まれました。長男はこの際わが家に帰りたいというのですが、子どもが大きくなる少しの間は親子水入らずの暮しもいいのではないかと思っています。まだ親父の介護は必要でなく食事の世話程度なのですが、間もなく親父の介護も妻の力に委ねなければなりません。束の間の気がねのない暮しも妻にさせなければならにと思っています。嫁いでからこれまで、祖母や母の晩年を看取ったことを思うとそれくらいの気配りも今の私には必要だと思うのです。

 まるで舞台のような東屋が出来て、またわが家に新しい名所が出来ました。これからは他所の人に楽しんでもらうことも大切ですが、わが家の家族でも楽しみに使いたいものです。

  「また一つ わが家に遊ぶ 場が出来て さて何しようか あれやこれそれ」

  「地下室を 供え東屋 完成す 白木のデッキ 寝転ぶことも」

  「九十の 親父元気で 指図する 若い俺など 足元及ばず」

  「少しだけ 縮んだ感じの 親の背に 湿布張りつつ 無言の感謝」