shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年9月4日

○小さな家

 今年の夏は私にとっても確かに暑く感じられる夏でした。夏が過ぎ九月の声を聞いても相変わらず日中は30度を越える真夏日です。今年の夏から気象庁は真夏日でも特に35度を越えた日を猛暑日と呼ぶようにしたのですが、その効果?とも受け取れるような暑さなのです。

 わが家の池の鯉が死んでから、池の鯉を処分し、池を馬立てる計画を変更してタンク形式の地下室を作りましたが、このところの暑さで池だった場所にコンクリートの広場が出来て、その照り返しの太陽に焼かれた熱風が、もろに親父の隠居家に流れ込んで、これまた親父にとっては初めて経験するような暑さだとぼやいて過ごしていましたが、これを何とか解消しようとその敷地に小さな涼み台風の東屋を作る事になりました。先週の休みの日にホームセンターへ親父をトラックに乗せて連れて行き、材料となる木材を買って帰りました。田舎のお店で買うと高い建材もホームセンターではかなり安く、親父がポケットマネーを出すのですが、思ったより結構安く、嬉しそうでした。

 私はあれから相変わらず日本全国飛び回っていましたが、昨日帰ってみるとちゃんと木組みが出来ていて、暇な時間を見て二人で建て前をしました。建て前といっても半日で仕上げる程の小さな家ですが、器用な親父にとってはかなりの労作で、親子がああでもないこうでもないと喧嘩をしながら今朝も朝早くから作業をしました。

 90歳の親父を屋根に登らせることは危険だからと、屋根の上の仕事は主に私が担当しましたが、私が電話をしている間に、スイスイと屋根の上に上がり、まるで息子の私がかすんで見えるほどでした。

 私の親父はとにかく器用です。私がこの三十年使っている自宅横の私設公民館煙会所も、海の資料館海舟館も全て親父の作品なのです。ある意味私が今日こうして大きな顔が出来るのも親父のお陰なのです。私がアイディアを出し親父が技術と金を出す、まあそんな二人三脚をこれまでずっとやって来ました。今回の東屋も二人の意見がうまく絡んでの仕事です。私はこの東屋をウッドデッキ風にしたいと思っています。親父にはまだ内緒だし、設計士の息子にもまだ話していません。でも私が新聞折込のチラシ裏に書いた略図を親父に見せているので、多分そうなるだろうと思っています。

 今日はこれから大事な会議が西予市の中央公民館であるので出かけて行きますが、帰った頃には親父の仕事も随分はかどっていることでしょう。

 ここまで書いて西予市へ11時30分にマイカーで出かけ、17時30分に家へ帰ってみると、まるでアリのような

90歳の親父の仕事でもちゃんと片付いて、完成間近なのにはいやはや驚きました。材料の不足も調達して凄いとしか言いようがありません。明日は近所の板金屋さんに屋根をトタンで葺いてもらうと張り切っていました。

 また一つわが家に親父の足跡が残ります。私も積極的に関わって、親父の爪の垢でも煎じて飲まないといけません。それにしても親父は何軒家を建てたら気が済むのでしょう。日曜大工といいながら玄人はだしの家が、わが家の周りには数え切れないほど建ちました。その一つ一つに親父の思い出が詰まっているようです。

  「また家を 建てると張り切る 親父見て 何時まで生きる 予定でしょうか」

  「俺などは 親父の種と 違うかも 不器用腕を さすりながらも」

  「危ないと 屋根に上った 俺に言う 三十年下 大丈夫だと」

  「小さくも 日曜大工で 家が建つ 夏が終わるに 涼み台とは」

 

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