shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年4月29日

○小さな小屋の横に小さな小屋完成

 人間牧場の小さな小屋の横に更に小さな小屋が完成しました。今年の春、人間牧場に物置小屋が欲しくなり、息子と図って作戦を開始しました。畳3畳敷きの小さな小屋ですが急峻な地形でこれといった場所もなく苦心しましたが、水平線の家とツリーハウスの中間地点にコンクリートで造成して場所を確保しました。元々の発想は大洲の亀本さんから貰った耕耘機が半年以上も経った今もシートを被せて野ざらし状態なので何とかしたいと思っていましたし、人間牧場も道具類が増えて置き場に困っていたので思いついたのです。ところが小さな小屋が出来てしまうと、倉庫にしておくのは何となく勿体ないような気がして、思い切ってその横におだれをつけて耕運機や薪用の倉庫を作ろうと計画は大きくなり、予算の都合でそんなに資金がないことから、何かと器用な親父に相談し、手伝ってくれるよう頼んだのです。木材は義兄からトラックを借りて西村ジョイまで特売品を買いに行き、コンクリート工事は仕方がないので地元の土木業者に頼みました。親父は90歳になるのに何かと元気で早速仕事に取り掛かり、3日ほどで資材や道具類を調達し、土木工事の遅れを「まだかまだか」とせかすのです。一昨日コンクリートの練り込みも終り、昨日はいよいよ建て前です。人間牧場も最初は自分の力でと軽い気持ちで始めた計画でしたが、結局は設計士の息子の指図に従って地元の大工さんに頼んだものですから、自分で汗をかいたのは小さな小屋の横の小さな小屋のみとなりました。


 昨日は私の弟も手伝いにやって来て、3人で工事をしました。何せ耳が遠く足もよたよたの親父ですが気分はだけは昔のまま元気で、もどかしい限りです。柱を立てて屋根に長さ1間の波型スレートを乗せるのは重いため一苦労で、よくぞ弟が助っ人に来てくれたものと二人で感謝しました。私たちの仕事は行き当たりばったりで、釘がないため買いに町まで下り、柱がゆがんでも一向構わず仕事をしました。焼き杉材親類の製材所で買い求めたものも不足がちで、結局は4時過ぎに一日目の仕事を断念しました。

 二日目の今日は朝ご飯もそこそこに親父と二人、義兄から借りたトラックで人間牧場へ7時半に到着して仕事に掛りました。昨日やり残した外壁張りなどを順調よくこなしていましたが、途中耕運機が入るかどうか耕耘機の巾を計ってびっくり仰天、いり口が狭いということが判明しました。それから折角閑静に近づいた入り口付近の柱を切って移動させとんでもない工事となってしまいました。

 このことで親子の関係が少し険悪になりそうになりましたが、そこは親子、しっかりと手助けしながら昼食を抜いた作業で午後2時頃無事完成したのです。今はヤッホーといった充実感でいっぱいだし、親父に感謝しています。


 

 親父はこれまでその腕前の器用さから家の中でも倉庫を建てたり倉庫を改造して海の資料館海舟館や煙会所などを自作してきました。90歳という年齢から考えるとこれが最後の建て前だと思われます。その意味を込めて「俺は写真は嫌だ」と渋るけど座った写真と立った写真2枚を撮ってやりました。もし私だけだったらこんな立派な仕事は出来ていないし、改めて親の偉大さに感心するのです。私も62歳、もう少し早く親父に弟子入りして技術を教えてもらっていたらとつくづく後悔するのですが、今からでは遅すぎるようです。

 この家の扉は親父がこれから作るのだそうです。耕耘機が入り道具類が入るのもそんなに遠くないことでしょう。

 空っぽになった小さな小屋は人間牧場の諸活動に使うつもりです。乞うご期待。

  「九十の 親父に使われ 小屋建てる 幾つになっても 甲斐性ないこと」

  「目も遠く 足もよろよろ しているが 頭はさえて 親父元気だ」

  「写真など 撮るなといって 背伸びする 大分縮んだ 親父の背丈」

  「大工より 技術は上と 大工褒め 親父の顔が 満面笑みに」  


[ この記事をシェアする ]