shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年4月25日

○花の色

 この季節になると春の花が姿を消して、初夏の花に衣替えをしているようです。わが家の庭もツツジが満開近くになって連日近所の人が花見にやって来ます。花見客の殆どは豪華に咲いた約100メートルのツツジの生垣に目を奪われるのですが、私は庭の隅にひっそりと咲く2つのツツジが大好きです。

  その一つは赤い霧島ツツジです。私が鉢植えしていて枯らしそうになったのを親父が路地に植え替え、何とか余命を保っているのです。太かった元株は完全に枯れて往時を偲ぶことは出来ませんが、それでもあでやかな真赤な花が今年も咲きました。このツツジは友人から貰ったものです。その友人は事業に失敗し日々の暮しにも事欠く有様でした。私の元へ金の無心に訪ねて来たのですが、私もそんなに手持ちの金がなく、お心任せのような形で3万円を渡しました。私は私の妻と結婚する時妻の母から「お金を貸すときは返らないと思って貸すように」とか、「金の貸し借りは結果的には人間関係を壊してしまう」など、商家として幾度も判かずきで難儀をした経験を聞かされていましたので、その程度にしたのでした。彼は急場しのぎの3万円の御礼にと丹精込めて育ていた霧島ツツジの鉢植えを私にくれて去って行きました。結果的に彼から3万円のお金は返らなかったのですが、この花が咲く度に彼のことを思い出すのです。家族にこの話をすると「縁起でもない」とたしなめられるので、今まで話していませんでしたが、まあ亡くなった妻の母が言うように「金を貸すときは返らないと思え」はどうやら当たっていたようだし、もしあの時情にほだされて彼の言いなりのそれ相応のお金を貸していたら二人の間柄は壊れていただろうと思うのです。

 もう一つの花は川ツツジです。別名岸ツツジとも言われていますが、大きな川のほとりに咲く薄紫の上品な色合いがとても綺麗で気に入った色なのです。この花にも色々な思い出があります。私は若い頃200鉢に余って盆栽を育てていました。家の周りにはその痕跡を示すように盆栽棚や盆栽の鉢がありますが、役場生活の特に後期二十年はまちづくりにうつつを抜かし盆栽に水をやる暇すらないほどの忙しさだったのです。教育委員会在任中の若い頃も忙しかったのですが、それでも趣味を広げて盆栽の世話だけはしていました。その頃南予津島町から山を越えて宿毛市に抜ける松田川沿線に川ツツジがあるというので、地元の人の了解案内を得て採集しに行ったのでした。その時は3株も持って帰り大切に育てていましたが、これも枯死寸前となり親父の手によって路地に植えられ余命を全うしているのです。

 花は思い出があると実にいとおしく、自分だけしか知らない物語であっても、花にまつわる様々な出来事が甦ってきます。赤い霧島ツツジが咲く度に事業に失敗し社会の雑踏に消えていった友人を思い出します。多分何処かの町の片隅でひっそりと生きているのでしょうが、貸したお金なんかどうでもよいから、せめてこの花の咲く頃に愛でにきて欲しいと願っています。また松田川のほとりには今もこんな綺麗な川ツツジが咲いている頃だろうと尋ねて行きたい気分になるのです。

 水仙や菜の花、芙蓉、アジサイ、桜など、まちづくりで沢山の花とかかわり、多くの花を咲かせてきました。わが家にも自分で育て植えた花がいっぱい咲いています。花は植えることも大事ですが、花を愛でながら楽しむことも大事です。花の色を見ながらしみじみ思いました。

  「あの花や この花見ても 思いだす 過ぎ越し時と 去りし人々」

  「借金の 方に置き去り 霧島が 今年も咲いた 花見を利子に」

  「まあ綺麗 知らざる妻の 独り言 花は言わぬが 俺は知ってる」

  「霧島は 小さき花を 寄せ集め 大輪如く あでやか咲きて」

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