shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年4月18日

○二つの記事

 今朝の新聞に印象深い市長を巡る2つの記事が載っていました。一つは選挙運動中に銃弾で撃たれた長崎市長の話しです。長崎市は広島市と同じ世界に類のない被爆都市です。被爆以後50年は草木も生えないといわれながら、自然の持つ偉大な治癒力と市民の努力によって大きな復興を遂げてきましたが、戦後60年を越えた今もなおその後遺症に苦しむ多くの人たちがいることを国民の殆どは忘れてしまっているのです。平和の像に象徴される平和を求める都市だからこそ平和であって欲しいと誰もが思うのですが、人間のエゴが見え隠れしたりイデオロギー論争に巻き込まれたりして、長崎も広島も平和とは程遠いイメージがあります。本島等市長が銃弾で撃たれ重傷を負った記憶を甦らせるような事件が昨日の夕方起きました。選挙運動の最中の出来事であったため、折りしも統一地方選挙真っ只中の日本列島に衝撃が走ったのは当然のことかも知れません。テレビで映し出される伊藤一長市長の横たわる生々しい現場の映像は平和な国日本とは思えぬ臨場感でした。

 いつの頃だったか社会党委員長の浅沼稲次郎さんが日比谷公会堂の壇上で選挙演説中に刃物で刺された事件が、テレビで映し出されてことを思い出しました。最近では民主党の石井紘基衆議院議員が自宅前で刺殺されました。政治は理想を掲げて論陣を張ります。体制批判や右か左かどちらかに偏った話をしないと大衆受けしないのも事実です。でも言論の自由が保障されている現代にあってこんな暴力で口封じをすることは断じて許し難いことなのです。心肺停止という記事が嘘であるよう心から回復を祈ります。

 もう一つ、「長崎市長撃たれ重体」という記事のような一面トップ記事ではありませんが、三面記事の隅に「地震後もゴルフ・登庁せず懇親会」という見出しで三重伊賀市長の記事が載っていました。三重県中部で15日に発生した震度5の強い地震で被害が出ていたし、その知らせを受け対策本部設置を指示したにもかかわらず市議らとゴルフを続け、登庁もせずにその後の懇親会にも出席していたというのです。ゴルフが先か地震への対応が先かは子どもでも分る話です。今は登庁すべきだったと反省している」そうですが、どこまで本気でいるのか疑問です。「頭を下げればそれでいい」というその場逃れでは済まされない大きな出来事のように思うのです。日本列島は地震大国といわれるように頻繁に地震が起こります。その度に多くの被害があり尊い人命が失われています。自主防災組織を作れとその必要性を説き、行政はトップダウンの形で迫ってきますが、自主防災組織を作っても、肝心の行政のトップがこんな醜態では機能しないばかりか、嘘つき行政といわれ、住民と行政の間に不信感が生まれると、まったく機能しなくなってしまうのです。

 私の母校である愛媛県立宇和島水産高校の練習船えひめ丸がハワイ沖でアメリカの原子力潜水艦に衝突し沈没、尊い9人の命が奪われた時も、時の内閣総理大臣だった森さんは報告を受けていたにもかかわらずゴルフを止めず、そのことが国会で問題になって辞任に追い込まれました。

 甘い誘惑は地位や名誉、お金だけではありません。しばしの悦楽のためにゴルフや酒、女に講じて身の破滅を迎えた政治家や知識人は指折りしただけでも五万といます。自戒も大切ですが、ゴルフには市議会議員も一緒にいたというから驚きです。「周りは常にイエスマン」、これが政治や行政の実態のようです。何故そこで市長を対策本部へ急ぐよう戒めなかったのか、このことも問題です。

 今日本列島は統一地方選挙の真っ只中、舌戦論戦の最中ですが、せめて舌戦も二枚舌にはならぬよう願いたいものです。

  「ゴルフ止め 対策本部に 出向くべき 頭下げたら 薄くなってた」

  「子どもでも 分る対応 何故やらぬ お前の言うこと 信じはせぬぞ」

  「イエスマン 従えゴルフ いい気分 しっぺ返しが 待っているのに」

  「銃弾に 倒れし市長 気遣うが ゴルフ市長は 誰も見向きも」


[ この記事をシェアする ]