shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年4月11日

○年金が離婚を加速する

 最近テレビの話題の中で俄然多くなったのは、離婚してもお互い年金を分け合うことのできる法律ができたため、離婚が増えるのではないかという危惧です。特に団塊の世代といわれる世代にとって、家庭や妻をも顧みず会社人間として働きに働いてやっと定年を向かえ、さてこれからという幸せが一瞬のうちに崩れようとしているのですから気が気ではありません。夫の言い分の「私が働いてきたから今日の幸せがある」というセリフは最もだし、妻の言い分「私が我慢して子育てや家事をやってきたからあなたは働けた」というセリフも最もです。しかし夫は外、妻は内というかつての役割分担のようなものが崩れ、妻も外で働く時代になったりすると、夫の「私が働いてきたから今日に幸せがある」というセリフは余りにも身勝手過ぎると思う妻の言い分は当然と思うのです。

 私のような古い考えの日本の男性は、亭主関白こそ最高の美徳と考えて妻が夫の言いなりになることに一種の憧れを持って生きてきました。しかし時代が変ったと思うのは娘夫婦や息子夫婦の家庭の姿です。両方の家庭とも共稼ぎをしていますが、家事全般、子育て全般を二人が二分の一づつという考えが浸透して、夫だから妻だからという気負いがまったくなく役割をこなしているのです。あそこまでよくやるなあと思いつつ見ていますが、時々わが妻が「お父さんも見習ったら」といわれると、「俺にはそこまで」と身を引く自分に気付くのです。

 妻に離婚を決意させる原因はこれまでの延長線上にこれからを考えるからです。これまでのように亭主関白で「誰のお陰で暮らせるのか」という高飛車な夫と上下関係の夫婦で一生終わるかもしれないと思うと、自分の人生は一体何だったのか、これからもそんな人のために毎日三度三度の食事を作らなければならない自分は惨め、もう沢山と思うのは当たり前のことでしょう。それでも我慢してきたのは離婚したら食べてゆけないというあきらめでした。しかし世の中は向かい風が追い風に変って妻にも約半分の年金が出るようになったのです。形勢逆転とはこのことをいうのでしょう。守りから離婚の三行半を突きつける攻撃の妻に変身したのです。多分この朗報を一日千秋の思いで待っていた人は沢山あると思うのです。

 要はこれまでではなくこれからです。亭主関白であり過ぎた自分を反省し、どう夫婦が夫婦らしく向かい合って生きれるか世の中の男どもは真剣に反省すべきです。そして生き方そのものを悔い改めなければなりません。60歳の定年を迎えたこれからの人生はまさに仕上げです。人生80年代なら20年も二人で暮らさなければなりません。お互いが今の健康を保持できる保証もないのですから助け合って生きて行かねばなりません。これまでは二分の一の割り算分担、これからは1+1=2の足し算合作をしなければならないのです。

 離婚の数字も最近は減少傾向にありましたが、年金分割で再び増加傾向に転じようとしています。年間離婚数は5万件とも言われていますが、日本のどこかで1日137組も離婚し、1時間に5.7組も離婚している計算になります。せめて私たち夫婦だけはお互いが死ぬまで5万件の中にカウントされないような人生を歩みたいものです。

  「お父さん 年金半分 知っている 唐突話す 妻の算段」

  「離婚など 他所の話と 思いきや あちらこちらに 形跡あらわ」

  「鬼(夫)は外 福(妻)は内なる 考えは 昔のことにて 今は通じず」

  「いい妻が 突如変身 三行半 どないしようか 飯も炊けない」


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