shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年4月9日

○夕日が見えない

 春になると雨の回数が段々増えて自慢の夕日が見えないもどかしさがあります。菜種の咲く頃の菜種梅雨なんて言葉もありますが、最近は三寒四温の間隔が短くて菜種梅雨の心配はなく、どちらかというと雨が少なく早くも県内のダムでは取水制限などを行って水不足を心配するほどです。また春特有の黄砂が降って視界5キロ以内などと報じられ、折角の夕日が黄砂に遮られて見えない日だって何日もありました。

(今年初めて収穫が可能となった蕗畑)
 このところ私はどこへ行っても極力デジカメを持って歩くようにしていますが悲しいかな歳のせいか、それとも健忘症の前触れかそのデジカメを時々置き忘れて探さなければならないアクシデントにも遭遇しています。「探し物は元来た道をたどれ」という言葉がありますが、私のように行動範囲が広いと「元来た道をたどれ」といわれても中々たどれない有様で困ってしまいます。先日は人間牧場の蕗畑で写真を撮ろうと側まで行きました。「そうだこの蕗を取って帰ろう」と急に思い立ち蕗を抜いたまではよかったのですが、蕗を取り、孫が蕗の葉っぱをまるで傘のように頭に乗せて遊ぶ仕草が面白く、デジカメに収めながら蕗取りに夢中になって、収穫の喜びですっかりデジカメの存在を忘れてしまったのです。さて家に帰ってからカメラがないのに気付き、蕗の中や車の中を探したが見つかりません。折りしも小雨がパラパラと降り出し、やばいと思い切って10分もかかる人間牧場へ急いでカメラを探しに引き返したのです。結局は蕗畑の蕗の下に隠れて雨には濡れませんでしたが、間抜けな一日となりました。

(蕗の葉っぱで傘を差した仕草をして遊ぶ孫)

 それにしてもデジカメを持って歩いて1年近くになりますが、時々ラッキーと思える時があります。例えば夕日です。カメラを持っていない場合に限って美しい夕日が沈む感じさえしていましたが、先日も海沿いの集会所で自治会の総会準備を行うため早めに会場入りしましたが、運良く夕方雨上がりの雲を押し上げて夕日が沈む姿をカメラに収めることができました。写真に撮るとそんなに綺麗ではなくても、雨であきらめていた夕日が見える予期せぬ感動は何ものにも変えがたいものなのです。


 また先日は9月に人間牧場で行われる予定の中予エリアの商工会女性部研修会の下見に尾形さんや梶野さんら関係者が急遽やって来ました。私は煙会所も海舟館もそうですが、人間牧場も来訪者の住所録を置いていません。何人誰が来たかなど意味がないと思っているからで、これからもそうしたいと思っていますが、せめて写真には留めておきたいといい顔をパチリ一枚写しました。
(下見に訪れた双海町商工会の皆さんです)


 また、再三にわたって人間牧場を訪れる、多分私を除けばダントツ人間牧場に通う回数が多い孫と人間牧場の、成長の姿もカメラの大切な記録なのです。

 2階のロフトに上がることさえためらいがちだった孫はもう4歳になって、私と同じようにウッドデッキに大の字になって眠る姿はいいアングルで仕上がっています。

  「デジカメを 忘れ慌てて 取りに行く あんたも歳と 妻に笑われ」

  「失せものは 元来た道を引き返す 僅かな前の ことさえ忘れ」

  「蕗日傘 子どもらしさに カメラ向け 表情既に 下を向いてた」

  「忘れなきゃ 頭爆発 するかもね 忘れ言い訳 これも知恵だね」 

 

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