shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年6月21日

○四万十川のふるさとへ・奥屋内(20-2)

 四万十川のふるさと旧西土佐村へ行くようになってはや二十年が過ぎました。最初は軽いつもりの出会いだった当時の若者たちも20年という歴史の重みでしょうか、そこここの職場で重要な役割をこなしながらむらづくりに励んでいます。二十年の時の流れは人々の暮らしにも大きな変化が見られ、予想だにもしなかった平成の大合併によって西土佐村という自治体はなくなり、総合支所という体裁のいい繕いで行政が行われています。また四万十川の流れにもこれまた大きな変化が現れて、昨年と一昨年の台風で端々の川や山林は目を覆いたくなるような散々な荒れようです。多分行政の支所化に伴ってこうした災害の復旧は完全には出来ないのではないかと思って寂しく感じるのです。でも西土佐村に住む人たとの暮らしは穏やかで相変わらずの心の優しさで私を出迎えてくれるのです。

 少し早めの村入りだったので、今まで訪ねたいと思いいつつ訪ねていなかった江川崎の駅に行きました。鉄道から車社会への変化の波をもろに受けて駅周辺は散閑としていました。行政が作ったであろう「列車に乗って予土線を守ろう」という看板が空々しくもむなしく目に映りました。江川崎の次の駅が「はげ」だそうで、思わずバラエティ番組に使えそうだと一人にやりしたのです。列車の線路も引込み線や対向線は使われなくなってすっかり赤茶けて錆びつき一層寂しさを増幅させていました。

 この風景は私の好きな風景だったので思わずカメラを向けました。線路の向こうに長い鉄橋が見えました。何処か懐かしい少年の頃の思い出のひとコマです。駅舎に入り列車の時刻表を調べましたが、まだ列車の通過には時間があるので残念ながらマッチ箱のような一両立ての列車が鉄橋の上を通る写真は撮らず終いで駅を後にしました。

 中脇さんと役場で落ち合い、夕食のために川沿いの大好きなポイントにある岩木食堂へ出かけました。日替わり定食を頼んで話し込みながら直ぐ下を流れる四万十川を見ました。4日前に訪ねたときは夜来の雨で増水して濁流が音を立てて流れていましたが、水はすっかり澄み渡り元の静けさや美しさを取り戻していました。

 四万十川には沢山の橋が架けられていますが名物の沈下橋以外にも好きな橋が沢山あります。その一押しは岩木食堂の前の赤い橋で、少しペンキが剥げて赤錆が目立つようになりましたが西土佐のシンボルのような感じさえするのです。

 西土佐村から中村へ向かうため、あるいは村内散策の途中で何度この橋を渡ったでしょうか。やはりこの赤橋も私にとっては思い出橋の一つなのです。この日は梅雨の晴れ間の一日で今年一番の暑さらしく、食事をいただきながらテレビを見ていると江川崎では32.2度を記録して、全国3番目の暑さだと報じられていました。いよいよ四万十川にも夏本番が近づいてきました。

 中脇さんの運転する公用車に乗り込み一路黒尊川の上流にある今日の目的地奥屋内地区へ、4日前に訪ねた玖木地区の写真を雨のため撮っていなかったので補助取材をかねて道の途中だったこともあり散策しました。雨の暗がりで見えなかった玖木の姿にも侘しさと趣が感じられました。

 途中玖木の区長さんに偶然会って「今晩の集会にも行くから」と私に言うものですから、話の内容を変えねばと思いました。奥屋内は今度で2度目の再訪です。何故か建設会社の社長さん宅で飲んだことやと社協ヘルパーの節男君のことが思い出されました。彼はどうしているのやら・・・・。

 奥屋内で一番の気がかりは小学校の休校風景でした。学校をなくしたら地域が潰れるという危機感から止む無く休校という選択肢を選んだそうですが、朽ち果て破れたカーテンを窓越しに見ながら心が痛みました。学校の運動場も体育館も地域のコミュニティ活動で使っているからすごく手入れが出来ているのですが、そこここに人の入らない空気のよどみが施設の劣化を早めているようにさえ感じられました。子どもがいなくなり住民が高齢化する。この現実が奥屋内の地域にも静かに深くしのびよって、地域がなくなるのではという将来の不安にかられて寂しく感じられました。

 研修会には沢山の人が休校の小学校体育館に集まり、文字通り車座の話をしました。この日の話は①社会の変化の10年、②同じ高知に生きてる川村一成さんの百章としての生き方を中心に1時間半話しました。

会場の雰囲気もよく、講演が終わってから「名刺をいただけませんか」「今度人間牧場を訪ねます」「また今日のような話をしに来て下さい」と嬉しい反応がありました。是非そうしたいと思いました。

 帰り際、ここへ来る途中立ち寄った農家レストランで桧のわっぱを2個3千円で買った話をしたところ、その製作者が2合のご飯が入るわっぱをわざわざ自宅に帰って持参しプレゼントしてくれました。嬉しい出会いです。早速お便りを出すべく中脇さんに住所をメールしていただくように依頼し、暗闇の中を沈下橋を渡って岐路に着きました。片道125キロ、往復250キロは帰宅12時、少々きついがほのぼのです。

  「何年か ぶりに訪ねし 奥屋内 学校休校 カーテン破れて」

  「四万十の 流れゆるやか 変わらずも 人の暮らしは おいおい細りに」

  「このままで 朽ち果てるより もう一度 夢を形に 楽し

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shin-1さんの日記」への1件のフィードバック

  1. 中脇裕美

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    こんにちは。
    一昨日もありがとうございました。
    お疲れさまでした。
    ほんと「頼む方も頼むほうでした。」でも、わたくし、「公務上」機会を得て若松さんのバトルを聞き、これは私たちが聞いて秘密にしておくものではないぞ、ああ、あのおばちゃん、おんちゃんたちに聞かしたら喜ぶぞー。遠く双海まで飛び火させてしまいました。
     お体だけは大事にしてください。
    中山利夫さんの住所をお知らせします。
     四万十市西土佐奥屋内官有無番地
     〒787-1326
    です。
     次回7月3日よろしくお願いします。

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