shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年6月17日

○親父の仕事

 昨日は梅雨の晴れ間なので88歳の親父は脚立を取り出して、庭木の剪定をしていました。高い木の上の作業は危険だからと再三言っているのですが、「わしがやらねば誰がやる」と言って聞かず、手入れは全て親父の仕事となっているのです。庭には親父が50年にわたって育てた大小様々な木々が無数に植えてあり、そべての選定作業をするのは容易なことではありません。松一本でも親父の手仕事で3日もかかる木もあるのです。「親子はよく似ている」と妻が呆れるように親父は私と同じで何でもやりだすと夢中になる癖があります。「体にこたえるからボチボチするように」と今朝も妻が注意をしていたようですが、昨日は脚立から足を滑らしたらしく、夜帰ってみると、近所の診療所の先生が往診に来たというのです。私は夜10ごろの帰宅だったので親父の隠居へ見舞いに行きました。安定剤の効果かぐっすり寝込んでいたのでそっと引き払いました。今朝6時前に隠居へ行ってみると寝床で起きていましたが、楽になったというのです。今朝は日課の腰へのシップ張りもしないというので、妻がおかゆを炊いて差し入れしたのに「内臓が悪い訳でもないのでパンを食べる」とパン2枚をペロリ平らげ、妻や私をホッとさせました。妻が「お父さん、じいちゃんは私の言うことは聞きませんから、あなたが余り無理をしないように、一日に1本の庭木手入れぐらいにするよう言ってください」と釘を刺されました。

 それにしても88歳と言いながらあのパワーは一体何処から生まれてくるのでしょう。別に肉を食うでもなく質素な食事に明け暮れ、毎日アリが仕事をするようにやっています。向こうの短さを知ってか知らずでか、何かにつけて新しいものに挑戦もしています。明日は父の日です。私にとって親父はかけがえのない父ですから、少し話をしたりしたいと思っています。

 3日前、奈良に住む私の弟から親父宛の宅配便が届きました。弟が酒を一本父の日のプレゼントとして送ってくれたのです。親父にとって5人の子どもの中でこの弟だけが県外に住んでいるので気になるらしく、よく話題にします。高校を卒業すると直ぐに京阪神の建設会社に就職し40数年が経ちました。お目出度やお悔やみにしか顔を合わさない息子の身を案じる姿は歳とともに増幅するようです。昨年には親父の88歳米寿の祝いに駆けつけ親父を喜ばせました。「今度息子が帰るのはおらの葬式の時かも」と笑って話す姿が何ともいじらしいのです」

 家族は流れる川の水の如くいつの間にか思い思いの場所に流れて行きます。気がつけばわが家だってもう間もなく妻と私と親父の3人だけになる予定です。せめて同じ屋根の下で暮らす間くらいはしっかりと支えあい、助け合って生きてゆきたいものです。

 また梅雨の雨が戻ってきました。今朝は雨が降り出しました。さっき隠居へ行ったら「今日は何処へ行くのか」と親父が尋ねました。「今日は宇和島でシンポジウムがあるので出掛けて夜は遅い」と言ったら納得顔でした。これまで親父の存在は空気みたいなものでしたが、少し親父のことが気にかかる今日この頃です。

  「庭木から 落ちた親父の 言い分は 足場が悪いと 自分責めずに」

  「庭眺め あの木の剪定 そのうちに 俺がするのか これはたまらん」

  「植えずとも 生える草あり 屋根の上 土植え野菜は 何故に育たぬ」

  「一生(いちなり)りの キュウリ食ったら 長生きが 出来ると親父 初生り食った」   

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