人間牧場

〇海の資料館「海舟館」に展示している戦争遺物

 時ならぬ夏の大雨と、新型コロナ感染者の増加で、今年のお盆は身動きが取れない状態となっています。それでも息子と若嫁は仕事を休むことができず松山の職場へ出かけねばならず、妻もパートで勤めている近所の歯科医院へ仕事に出かけました。留守番はサンデー毎日の私と、夏休み中の中2と小6の孫2人です。孫たちは夏休みの宿題もあってそれぞれ適当に過ごしていますが、私は予定していた台風による人間牧場の倒木片付けもできず、今日は家の横の海の資料館「海舟館」の片付けでもしようかと、思いついています。

 

終戦記念日が近づくと、戦争の遺物を展示している「海舟館」には、それらを見たいと何人かの人が訪れます。昨日も西村京太郎のサスペンス「愛の伊予灘ものがたり・紫電改が飛んだ日」がらみの話がきっかけで、海舟館に展示している海から引き揚げた紫電改の機銃を見たいと、ある人から電話連絡がありました。私はまだその本を読んでいないので分かりませんが、取り寄せて読んでみたいと思っています。

 海の資料館「海舟館」には酸素魚雷のエンジンとプロペラ、紫電改の機銃、大砲の薬きょうなど、戦争に使われた武器が戦後網にかかって海底から引き揚げられ、その度に親父は何日もかかって錆や付着したカキを取り除き、塩抜きをして油を染み込ませた布で磨いて展示をしているのです。太平洋戦争では親父は2度大陸に出生し様々な体験をしていましたが、生存中は戦争のことを余り語ろうとしませんでした。7年前に亡くなり今となっては聞くこともできませんが、親父が遺してくれたこれらの戦争遺物を不戦の誓いとして、しっかりと受け継ぐの私の役目かも知れません。戦後76年目の終戦記念日が間もなくやって来ます。私は奇遇にも只今その年数と同じ76歳なのです。

「自宅横 海の資料館 海舟館 戦争遺物 魚雷に機銃」

「記念日が 近づくころに 人が来る 76年 経った今でも」

「大雨と コロナ身動き 取れぬゆえ 資料館でも 掃除しようか」

「この私 76歳 なりました 偶然ですが 戦後の年数」 

 

[ この記事をシェアする ]