人間牧場

〇人間牧場の行く末(その2)

 50代の若い頃、私は人間牧場を造りたいと思い始め、あらん限りの知恵と苦労して貯めた1千万円の資金を使って、瀬戸内海を一望できる山の上に念願の人間牧場を造りました。そのことについては16年余り経った今でも後悔はしていませんし、むしろ退職後始まったわが後半人生を大いに豊かなものにしてくれています。

倒木の片付け作業を手伝う息子
人間牧場の将来を憂う息子
人間牧場から見えた雨過天晴の昨日の瀬戸内海の眺望

 昨日倒木の片づけを手伝ってくれた同居の息子と作業をしながら、人間牧場の今後の在り方について色々な話をしました。息子も人間牧場を造った当時は乗り気で、設計の仕事をしているので息子は私の想いを聞きながら、無償で人間牧場の設計をしてくれました。その後もそれほどの比重ではないにしても折に触れ、人間牧場の運営や利用について二人三脚のような形で、つかず離れず手伝ってくれています。

 しかし、私の年齢が後期高齢者となった今、これまでのように人間牧場の世話ができにくくなっている現状を考えれば、たとえ私から息子に人間牧場の管理や権利を全て譲っても、息子も「仕事との両立は難しい」というのです。私が車に乗れるであろうこれから10年間は、まだ何とか管理運営ができますが、それ以後は「どうする?」と問われれば、「そこまでは考えていなかった!!」というのが正直なところです。

 私はその事を見越して少し資金を蓄え、その資金を使って自分ができなくなるであろう草刈り作業などを、外注する運営方法を考えています。今は港の見える丘にクヌギの森を作るためそちらの草刈りや下刈りにかなりの労量をかけ、息子も手伝ってくれていますが、あと5年もすればクヌギの森の木が大きく成長して手間が省けるとも腹積もりをしています。はてさて人間牧場を造って16年、また厄介な問題を抱えようとしています。

「唐突に 息子私に 突き付けた 今後どうする 自信がないと」

「夢実現 したかに見える 牧場も 新たな火種 将来構想」

「形ある 物は壊れる 世の常と 分かっちゃいるが 中々分からず」

「なるように なるかも知れぬ ならぬかも 知れない将来 少し不安だ」

 

 

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