人間牧場

〇絶不調今年の蜜蜂飼育

 5月も中旬となったというのに、今年はわが家裏も人間牧場も、どういう訳か蜜蜂の飛来がなく、ただ今絶不調といったところです。蜜蜂を飼育し始めて7年目になりますが、こんなことは初めてで、分蜂の時期もそろそろ終わりに近づきつつあるので、早々と焦燥感よりも諦めの気持ちになりつつあります。

巣箱の前にキンリョウヘンを置いてはいるが・・・・
巣箱の前にキンリョウヘンを置いてはいるが・・・・

 今年もいつもの年と同じように、4月の初旬に巣箱の掃除をして蜜蝋を塗って準備を進め、4月中旬には西予市野村町に住む蜜蜂の師匠井上さんがキンリョウヘンの切り花を持参してくれましたが、切り花にもまったく蜜蜂が寄りつかず、はてさて何が原因か分らぬままなのです。最近は蜜蜂飼育がブームのようで、近所の人は勿論のこと、見ず知らずの人が辺りかまわず巣箱を設置して、蜜蜂の奪い合いがあるからかも?とも思ったりします。

 人間牧場で冬越しした1箱は4月の天地を揺るがすようなやまぜの大風で吹飛ばされ、折角の巣が中から飛び出て、蜂は出入りしているものの余り期待は出来ません。唯一家の裏に4月6日に1箱分蜂入居しているだけで、見回る気にもなれない落胆ぶりです。今年は従兄弟の協力を得て蜜蜂巣箱のキッドも開発し、また冬の間に「みつばち高校生」という本を読んで感動してスキルが最高にアップした中で、7年目にして味わう絶不調を、どう乗り切って来年につなげるのか、いよいよ正念場といったところです。

  「蜜蜂に 嫌われ今年 絶不調 焦燥感より 諦め似たり」

  「養蜂も ここら辺では 激戦区 まるで選挙の ようだと思う」

  「愛情が 足りなかったと 反省し 一から出直し 心に誓う」

  「何でだろう まるで漫才 首ひねる 出るはため息 家族気遣う」  

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人間牧場

〇お恥ずかしいことで・・・・

 先月の4月17日、松前町神崎の晴光院という曹洞宗のお寺さんから、牡丹会の案内をいただき、妻と二人で出かけました。その顛末を4月20日の私のブログに書いて紹介していました。その後住職の奥さんから達筆なお礼のおハガキを貰い、また5月5日には住職さんから当日牡丹会とともに開いた句会の作品をまとめた、2枚のパンフが送られてきました。

晴光院さんから送れてきた風の便り
晴光院さんから送れてきた風の便り

 その末尾に何と何と、私が毎日のブログ記事末尾に書いている「笑売啖呵」4首が紹介されていて、「インターネットで若松さんの名前を入れて検索します。shin-1さんの日記4月20日に牡丹会の様子が写真入で書かれています。」と囲み記事まで添えられていました。皆さんの深い洞察の句に比べればまさに笑売、穴があったら入りたい心境でした。

 私の笑売啖呵4首の中に、「一輪山 寺号の如く 牡丹咲く 境内見事 ほのかな香り」というのを作っていますが、何年か前晴光院というお寺から講演を頼まれ、檀家の人にお話をしたことがご縁で始まった交流交遊ですが、毎年案内を受けて何年もお邪魔していると、顔見知りの人も沢山増え、気軽に言葉を交わすようになりました。願わくば来年も出かけたいと思っています。

  「お寺から 礼状添えて 送られし 句会の結果 私の歌まで」

  「お寺から 講演頼まれ それ以来 まるで親類 気軽に出かけ」

  「恥ずかしや 駄作の歌が 載っている 妻に見せつつ 読んで聞かせる」

  「さわやかな 風の便りが 届きたる 目に焼きついた 写真を添えて」

 

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人間牧場

〇新聞特集16面

 先日友人から「息子さんが載っていましたよ」と、新聞のスクラップ記事を添付したメールが届きました。いつもの事ながら親友の松本さんが早々とfacebookで紹介してくれていたので、私も掲載紙を読んでいましたが、「えひめ小学生新聞」という見開き2面を使った紙面には、別子銅山、長浜赤橋、松山地方気象台という県内の名だたる古い施設とともに、旧伊予農業銀行郡中支店が紹介されていました。

 

5月5日の愛媛新聞特集16面
5月5日の愛媛新聞特集16面

 2枚の組写真をよく見ると、息子が小学生に施設の説明をしているようでした。私は若い頃から旧双海町のまちづくりに関わって来ましたが、息子は旧伊予市のまちづくりに関わっているようで、郡中まち元気推進協議会の活動で、旧伊予農業銀行郡中支店跡を利用して、「郡中まちサロン来良夢」を立ち上げ、映画上映会やコンサートに利用しているようで、よく分りませんが仕事の合間を縫って活動をしています。

 息子も親としてはまだ子どもだと思っているのに、いつの間にか42歳の厄年を過ぎて、親の血を引いているからでしょうか、私と共通したまちづくり仲間にも大事にされて、それなりに修行をしています。最近はそれらの活動に使う小道具類の置き場がないため、わが家の倉庫に仮置きして、私の不便を囲っていますが、私も若い頃21世紀えひめニューフロンティアグループの小道具類を持って帰り、親父と同じようなやり取りをした経験を思い出しました。まあ流行り病のようなものなので、少し目をつぶって見守ってやろうと思っています。

  「子どもの日 新聞特集 わが息子 写真の隅に 写ってました」

  「親が親 カエルの子どもは カエルだと みんなに言われ 納得しきり」

  「親友が メールに添えて 新聞の 切り抜き添付 送ってくれた」

  「小道具を 持って帰って わが倉庫 不便を囲う 仕方ないかも」

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人間牧場

〇隣のおじさん

 一昨日の朝、2本のブログを書き上げ、いつものようにウォーキングに出かけました。上灘保育所から引き返し、家の横を通りすがり、何げなく隣のおじさんの家の玄関先を見ました。「おやっ」と目をやると、何やら玄関先のガラス戸の下の方が割れていました。不思議に思いよ~く見ると、割れたガラス戸の向うに、隣のおじさんが転げていました。これは大変と思って、その隣向うの息子さんの家のチャイムを鳴らして、ことの仔細を伝えました。

 息子さん夫婦は驚いた様子で対応していましたが、幾ら身近な知り人とはいえ、深入りすることも出来ないと思い、息子さん夫婦にその処理を委ねてウォーキングを続けました。双海中学や山の上のいつものコースを歩いての帰りに様子を見ましたが、おじさんは既に別の部屋に移されていました。息子さんの奥さんの話によると、幸い転げはしたものの、少し頭にかすり傷をした程度で、大事には至らなかったようで、まずは一安心といったところでした。

 隣のおじさんとは元気な頃から色々な話をする間柄でしたが、90歳になったこのごろは戸外に出ることも余りなくなり、出会いの数は極端に減って、「お父さんは元気だろうか?」と、息子さんに聞く有様です。息子さんとも時々おじさんのことで立ち話をしますが、内容はもっぱら亡くなった親父が存命中の介護についてのアドバイスです。親の介護というさけて通れない難問題に直面し、戸惑っているというのが正直な気持ちのようでした。

 最近は高齢化社会を反映して「歳をとれば介護施設へ預ける」といった風潮が強く、また息子さんたちと同居という家庭も少なくなってきました。息子家族と同居しているわが家も、昨年のこのごろまでは親父の介護で夫婦があたふたしていましたが、何とか96歳まで自宅で介護をしてあの世に見送ることができました。私たちが更に高齢になれば、。どうなるのでしょうか。少なからず心配が先に立つ今日この頃です。

  「ウォーキング 途中隣の おじさんが 転げガラス戸 割れた向うに」

  「大事には いたらなかって ほっとした わが家の去年 今頃似てる」

  「若い頃 趣味が一緒で あれこれと お世話になった 隣のおじさん」

  「歳とると 足腰弱く なりにけり 自分の健康 自分で守る」

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人間牧場

〇サツマイモの芋づる植え

 家庭菜園で野菜を作るようになってから、毎朝のウォーキングでの目の動きがどことなく違ってきたように思います。というのも私の住んでいいる場所は少し街がかってはいますが、田舎らしくあちこちに家庭菜園があって、季節のそれぞれにそれぞれの野菜がほぼ毎年同じように作られています。多分それぞれの人は私より早く季節をよみ、はるかに高い技術で作物を作っているので、「ああタマネギを植えた」「大根の種を播いた」などと察知し、自分の農作業に役立てているのです。

植え終わったバイオのサツマイモつる
植え終わったバイオのサツマイモつる

 最近は私も少し賢くなって、Writing Calendarの予定表の片隅に農事メモを書き込んで、明くる年の参考にしていますが、それよりはるかにしのぐのは、やはりウォーキングの途中で目に映る光景なのです。一昨日の朝も散歩をしていると、隣のおじさんが畑に畝を立て黒いビニールマルチを被せて、サツマイモを植えていました。「ああもうそんな時期か」と思いながら、昨日の朝早くも小雨がぱらつき始める中、朝飯前に畑に出て雑草を片付け、急いで耕運機で中耕をしました。

 先日自分のタブレットに内蔵してもらった、「坂の上のクラウド」という気象予報システムを見ると、雨は午前8時頃から降り始める予想なので、急いで畝を立て、黒いビニールマルチをかけ、四隅に土を被せましたが、間一髪で作業が終ると雨がかなり激しく降り出しました。さてサツマイモの苗はどうするか?と思いましたが、雨が降るし急いでしなければならない用事もないので、松前町の園芸店に出かけてサツマイモの苗を買いました。普通の鳴門金時は50本で1780円、バイオ鳴門金時は200円アップの1980円でした。

 「普通とバイオとどこが違うのか」と店員さんに尋ねましたが、「いい芋が沢山つく」との言葉を信じて50本1980円の芋づるを買って帰りました。昼頃雨が一端止んだので長靴に履き替えて畑に入り、妻に用意してもらったカミソリでマルチを切り、一列25本2列を、あっという間に植え終わりました。毎年のことですが植え終わるとマルチの地温が上がり、植えた芋づるが蒸れて息絶え絶えとなり何本か枯れるので、今年は植え終わってから半日たっぷり雨が降って湿ったので、多分活着率はいいものと思われます。

 今朝畑に覗きに行きましたが、さすがバイオの苗だけあって、しゃんとしていました。わが家ではサツマイモを保存するため、倉庫の地下に芋坪を掘り、芋を囲う手づくりの箱に籾殻を入れて保存したお陰で、殆ど腐ることもなく今月までサツマイモを食べることができるようになりました。ゆえにジャガイモを収穫した跡地に、もう少し芋のつるを買い求めて植え、増殖したいと思っています。 

  「芋植えた 隣のおじさん 私より 早い作業を 見習い早速」

  「タブレット 予報は雨と その通り 小雨降りだし 急いで中耕」

  「マルチ掛け 雨止む寸暇 畑出る これで活着 ホッと一息」

  「サツマイモ 今では自給 出来だした これで何とか 今年も備蓄」 

 

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人間牧場

〇震災地で空き巣泥棒

 九州熊本・大分で起こった地震から3週間が過ぎました。1000回を越えるという異常なほどの余震に悩まされながら、被災した人たちは懸命に生き、懸命に復旧復興の歩みを始めています。数日前ネット情報で空き巣被害が発生しているというニュースを見聞きしました。火事場泥棒ともとれるこの悪質な窃盗略奪行為は、阪神淡路大震災や東日本大震災の時にも多少あったようですが、日本社会にも少し変化の兆しが見え始めたような気がして心が傷みます。

 日本では阪神淡路大震災が起こったときも新潟中越地震が起こったときも、災害に乗じた略奪は殆ど起きなかったことが、世界の人々から驚きをもって賞賛されました。同じようなことがインドネシアの地震についても起こりました。それは美しいアジアの風土の力が、人々に「悲しみを抱きしめて生きる」力を与えていたのでした。思い起こせば2005年8月にアメリカ合衆国をハリケーン「カトリーナ」が襲い、大きな被害が出ましたが、テレビで放映された映像には、被災者の多くが大声で泣き叫び、自らの権利を主張したり、各地で略奪や車をひっくり返し、放火するなどの混乱が横行していました。

 日本と海を挟んだアメリカでは何故このような、人々のまったく違った行動が生まれたのでしょう。ある学者によるとそれは食文化の違いに起因するようだと述べています。現代の文明は自然の生態系を壊し、小麦を作ってパンを食べ、ミルクを飲んでヒツジやヤギを飼い、肉を食べる人たちによって作られました。ある意味略奪の文化だといいます。私たち日本人は縄文時代以来主食に米を食べ、蛋白源として魚を食べて独自の文化を作ってきました。これが悲しみを抱きしめて生きる人間性を育てたようです。ある人は宗教の違いだともいいますが、同じイスラム教徒なのに、激しく闘い泣き叫ぶイラクの人々と、悲しみを静かにこらえるインドネシアの被災者とは際立った違いがあるのも、食文化の違いで説明が出来るようです。

 今日本の食生活は大きく変化し、米や魚、味噌汁といった日本食が激減し、パンと肉にその座を奪われようとしています。だとしたら震災のドサクサに人の悲しみ等関係なく略奪や泥棒が横行し始めた、社会現象も説明がつくようです。まあこれは仮説であって一概には言えませんが、世界一安全で思いやりの国だと思っていた日本の社会も、次の世代にはどうなるか、心が傷みます。九州熊本・大分震災から3週間、よく降る雨の中で避難生活を続けなければならない人たちのことを思うと胸が痛みます。

  「震災で 被災した街 泥棒が 信じられない 出来事起こる」

  「米・魚 食べてる私 日本人 悲しみ堪え 被災を思う」

  「泣き叫び 略奪横行 ハリケーン 被災はしても 日本整然」

  「今日も雨 余震に脅え 避難所で 三週間も これから先も」

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人間牧場

〇12年後の自分

 今朝ウォーキングの途中で、ある初老の顔見知りの人に会いました。久しぶりに出会ったので、「おはようございます。お元気そうで何よりですね」と声をかけると、「それがご覧のとおり、余り元気じゃないのよ。歳を取るって嫌じゃなあ」と、力のない悲観的言葉が返ってきました。「失礼ですがお幾つになられました?」と尋ねると、「83歳」だそうで、足腰が弱って手押し車の世話になっているようでした。運転免許証も3年前既に返納しているので遠出もできないし、田舎では買い物もできず不自由極まりないと寂しそうに話されました。

 「いよいよわしも赤子に戻りつつある」という言葉を納得しながら聞きました。その人の話によると人間という動物は、生まれてから1歳までは自分の足で立つことができず、足2本、腕2本で四つんばいになって動きます。やがて1歳の誕生日前後から直立して歩くようになりますが、歳を取ると2本の足で歩くことが困難になり、両手に杖か乳母車のようなものがないと歩くことができにくくなるようで、杖も乳母車も手の延長だそうで、人間が先祖返りする様子がよく分るというのです。なるほどなるほどと、立ち話に納得しきりでした。

 自分が前期高齢者の仲間入りをしたから余計そう思うのかも知れませんが、私たちの身の回りには急速に進む高齢化社会を反映して、お年寄りの姿がやたらと目に付くようになりました。勿論90歳を越えてもなおかくしゃくとしている元気な人もいますが、若い頃の働き過ぎが原因と思われる足腰の不調を訴える人も多く、またまだ若いと思える人が認知症になったりしているケースも目立ち、他人事ではななく明日はわが身としみじみ思うのです。健康寿命は人それぞれで、私と余り歳が違わない人でも、ディサービスに出かけている人もいます。もしも私が今朝あった知人と同じような運命を辿るとしたら、あと12年で四足動物になるのかも・・・。悲しいけれどこれが現実です。

  「元気かい それが元気じゃ ないと言う 手押し車の お世話になって」

  「同年代 認知が進み ディサービス 早くも介護 悲しい現実」

  「人間は 最初と最後 四つんばい なるのだそうだ 納得しました」

  「12年 経ったら私も あのように 手押し車に つかまり歩く」

 

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人間牧場

〇第六感と科学

 私の携帯電話は未だに時代遅れと思えるガラケイです。時代遅れというより私の暮らしにスマートフォンは左程必要でないのです。年金暮らしの私には必要でないものは買わない、持たないを判断しないと、暮らしのクオリティが高まらないのですから当然といえば当然です。しかし年中講演などで旅をしている私にとって、持ち歩けるタブレットパソコンは必要かも知れないと勝手に思い込み、大学に勤めるパソコンに詳しい娘婿の力を借りて、タブレットを手に入れ、一応最低限の使い方ができるようにしてもらいましたが、私の暮らしにとってタブレット端末は、今やなくてはならない重要な道具となったのです。

DSCN3406 私のタブレットには、落伍ネタの自著本「夕日徒然草・地の書・水の書・火の書・風の書・空の書・心の書」という6冊の短編が電子辞書として集録されていて、本を持ち歩かなくても、タブレットで用が足せるのですから、電車や船などで移動途中でも画面にアップして、落伍の練習修業が出来るのです。今回はそのタブレットに気象予報システム「坂の上のクラウド」を、親友清水さん・冨田さんの協力を得て、入力することになりました。僅か1時間ばかりの作業で、シーサイド公園と人間牧場の1時間毎の天気予報が3日先までリアルタイムで配信利用できるのです。はてさてその使い道は?と尋ねられると、正直なところ使いこなせるまでにはまだ少し時間がかかりそうです。

 私の元へは沢山の知人友人が集って来ます。またこの年になってもまだ天気を相手の野外活動もやっています。中には「あなたが自慢している夕日を見に行きたいがいつがいい~」ともよく聞かれます。今までは「あなたが来た時が一番いい」などとはぐらかせていましたが、これからは「ちょっと待って下さい」とタブレットを用意して、気象クラウドで配信される天気予報システムを使って対応することもやれるようになってきました。「道具は使ってこそ意味がある」ので、私はこの気象システムを「夕日のお天気おじさん」とでも名前をつけて、大いに使ってみようと思っています。毎月の利用料は新聞の購読料と同じく3千円弱なので、気象で一喜一憂する第六感的暇があったら、まず気象を科学に替えてみましょう。

  「新聞の 購読料で お天気を 科学できれば 安いものかも」

  「下駄飛ばし 明日の天気を 予想した 昔は今じゃ 通用しない」

  「明日夕日 見れるかどうか 予測する これは画期的 お天気おじさん」

  「世の中は だんだん便利に なって行く 順応しないと ダウィン指摘」

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人間牧場

〇自然治癒力と呼吸法

 自分では元気だと、過信過ぎるほど自分の体は健康だと思っていました。それでも「健康は自分が自分に贈る最高のプレゼント」だと思い、60歳で退職してからずっと、歩くことが健康の第一歩だと自分に言い聞かせ、1日1万歩を目標に毎日歩いています。さしたる証拠も即効性もありませんが、歩くことが身体にいいらしく、以前は時々ぎっくり腰になったり、風邪を引いたりしていましたが、それも殆どなくなり、まあそれなりに日々を過ごしています。

 先日思わぬ下痢を伴った風邪を引いてしまいました。どうやら農作業の後汗をかいたまま過ごしたことが原因のようでしたが、38,5度の熱には勝てず、やむなく診療所の先生の診断を仰ぎました。先生は注射の嫌いな私のことを覚えていて、インフルエンザでもなかったため注射も打たず、熱冷まし程度のお薬を処方してもらい、まあ何とか短期間で乗り切ることができましたが、本来人間が持っている自然治癒力という力は、大したものだと思い知らされました。

 診療所から帰る途中立ち寄ったコンビニで、「自然治癒力」という本を552円で買いました。コタツで暖を取りながら一気に読んでしまいましたが、中々ためになる本でした。病院の先生の著したこの本には、心=心の持ち方次第で難病も完治する、食=ふだんの食事こそ自然治癒力を高める最高の特効薬、気=呼吸法ひとつでストレスに負けない身体をつくるとの三つの三原則が、自然治癒力には必要だそうです。心のあり様も食の大事さも納得しましたが、気=呼吸法は少し勉強してみようと思っています。

 本の第4章「呼吸法ひとつでストレスに負けない体がつくれる」という見出しに興味が惹かれました。生物はみな自然の中で生まれ、自然の秩序に呼応しながら生体活動を行っています。人間も例外ではないものの、今や人間と自然との接点はごく小さくなりつつあります。呼吸は人間が自然と結びつく貴重な接点であるならば、もう少し呼吸を含めた気の存在に気付くべきかも知れません。吸い込むことに重きを置く西洋式呼吸法に比べ、東洋式の気孔に重点を置いて気の存在を意識してみようと思いました。

  「人間の 自然治癒力 凄いもの あらため思う 病治りて」

  「三原則 呼んだ本には 書いている 呼吸の仕方 今まで無意識」

  「吸うよりも 吐くを意識し 呼吸する これが中々 奥が深くて」 

  「友だちは 毎朝仏壇 拝む時 心静かに 呼吸整え」 

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人間牧場

〇焼肉パーティー

 ゴールデンウィーク前半の3日間は絶好の好天に恵まれ、県内の各地は安近短の人たちが繰り出し、どこも賑やかだと新聞やテレビで報じていますが、わが家はやって来た外孫2人を含めた4人の孫が主役でどこへも行かず、息子が屋外中庭に張ってくれたテントの下で、少し遅い昼食を兼ねた焼肉パーティをしました。焼肉の余り好きでない私のために妻は、お寿司と刺身を用意してくれ、この上ないおご馳走となりました。

DSCN3391 長女、長男夫婦、次男夫婦、私たち夫婦に孫4人の総勢11人の食材は、妻が買い出しに出かけ、帰宅後女性陣が調理をして、炭火をおこして肉類野菜類を焼きましたが、食べながら日本人の食生活も随分変ったものだと実感しました。米と野菜と魚を主食にして暮らしてきた私たち世代とは違い、子どもや孫たちの好きなのは骨のある魚より肉で、リクエストを聞けばいつも肉を選びます。唯一魚を選ぶ時は回転寿司ですが、回転寿司に行っても、日ごろ馴染みの薄い赤味マグロや鮭などの冷凍魚が主流のようで、私たちと好みが違うようです。

 私は主に鶏肉を白菜系のような葉っぱに包んで食べましたが、「肉を敬遠すると長生きしない」などと注意され、注文もしないのに私のお皿に牛肉や豚肉などを置かれてしまう有様です。結果的には鶏肉以外では牛肉と豚肉をそれぞれ一切れずつとウィンナーを二切れいただきましたが、少し胃にもたれるような夜でした。今朝は焼肉の油のせいでしょうか?、顔がどこかツルツルしているような感じがしています。それでも昨日は焼いたカボチャやピーマン、焼き豆腐などの好物を思う存分食べたいい一日でした。

  「何にする 孫たち一斉 焼肉と 答えわが妻 買出し出かけ」

  「屋外の 中庭テント 息子張る 焼肉パーティー 賑やかでした」

  「私には 焼肉よりも 寿司刺身 性に合ってる 箸はそちらへ」

  「焼肉も 食べなきゃ駄目と わが皿に 肉が運ばれ 仕方なく食う」

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